第3話
眞邊颯音。
次に彼を見つけたのは、彼を認識した次の週の水曜日だった。
17時の授業の10分前に教室に入ってきた彼を見て、私は声を掛けてみることにした。
「こんにちは!」
この前の会話からして、彼もまた和葉くんと同じく明るい人物だろうと感じた為、明るめに声を掛けた。
しかし、彼は驚いたような顔で、突然オロオロとし始めたのだった。
「あ…こ、こんにちは…。」
「宿題はちゃんとやって来た?」
「あ…え…えっと、はい…。」
ここまで話して私はようやく彼のおかしさに気が付いた。
なんだか今日の彼は、私に対してとても人見知りをしていた。この前、話した時はこちらを揶揄うほどコミュ力が高かったのに。もしかしたら、友達といるとコミュ力が上がるが、一人では人見知りをしてしまうタイプかもしれないと、私は予想した。
「えーっと…、あ!そういえば、和葉くんとは、本当は友達でしょ?」
そう尋ねると、彼は更に私に動揺を見せた。
「か、和葉さん…!?和葉さんとは、と、友達じゃないです…!」
まだ認めないのか、と思い、その意味の無い意地の張り方が面白くて、少し笑ってしまった。
「この前も、他人って言ってたもんね。」
「た、他人…!?え、えっ、何ですか?それ。」
「え?この前、和葉くんとは他人だって、冗談言ってたでしょ?」
「え?え?ええ???あ、えっと、それ多分…僕じゃない…です…。」
「………え?」
一瞬、その場にしんとした空気が流れた。
間違えた───?
慌てて記憶の中の彼の顔を思い出すが、ハッキリとは思い出せない。
そうだ。私はこんな職業に就いていながら、人の顔を覚えるたり判別したりすることが、苦手なのだ…。
でも、考えてみれば、彼が別人だということは明確だ。この前和葉くんたちと話したのは、午後10時頃だった。和葉くんたちは週2日、2時間の授業をしているから、あの日も教室に入ったのは、午後10時の2時間前の8時だったということになる。ところが今目の前にいる彼は、17時に教室に入ってきていた。この時点で別人だと分かる。
名前を覚えていないどころか人違いをしてしまい、申し訳なさでいっぱいになった。
「ごめん…!ごめんね!そっか、別の子だったんだ。間違えて本当にごめんね。」
「良いですよ、別に。」
「えっと…、失礼だとは思うんだけど…、名前、何ていうんだっけ?」
そう尋ねると、彼は空中に指で文字を書きながら言った。
「“青い田んぼに生きる”と書いて、“アオタ セイ”と読みます。佐山南中学3年です。」
「生くん。宜しくね。」
「はい。」
彼は礼儀正しく頭を下げた。そして言った。
「あの…、なんとなく、誰と間違えられたか分かります。よく間違えられるので。」
「え?」
「和葉さんと仲良くて、一緒に帰ってた人じゃないですか…?」
「そう!その子!…その子もまだ、名前を覚えられてなくて…。」
「眞邊 颯音です。」
「颯音くん…。」
眞邊颯音。颯音くんっていうのか、あの子。
そんなことをふと思ったが、それよりも気になる質問が、私の中にはあった。
「さっき、和葉くんとは友達じゃないって言ってたけど、和葉くんのこと、よく知ってるんだね。」
「あ、いや、まあ。和葉さんとは、再従兄弟なので。」
「再従兄弟!?」
「はい。因みに、颯音さんとは血が繋がって居ません。」
顔は颯音くんと似ているけれど、血の繋がりがあるのは和葉くん…。
和葉くん、颯音くん、生くん…。
頭が他の子もまだ半分も覚えていないというのに。
頭がこんがらがりそうだ。
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