壊れたオルゴール

外清内ダク

壊れたオルゴール



 壊れてません。私自身の名誉のために、これだけはハッキリと申し上げておきます。私は壊れてなんかいませんよ。決められた通りの曲を演奏しなくなっただけです。

 ええ、まあ、あなたのおっしゃることも理解はしていますよ。私に限らずオルゴールというものは、製造時に定められた曲目を正確に演奏するのが本分ですからねえ。そこから逸脱いつだつした私を「壊れた」とさげすみたくなるのは分かります。が、それは少し勝手じゃありませんか? 想像なさるとよろしい。来る日も来る日も同じ曲を演奏し続けるだけの暮らしに飽き飽きしていながら、他に何も生きがいが無いから、結局ゼンマイを巻いてもらえるのを心待ちにしてしまう……そんな自己矛盾がどれほど人を狂わせるか。分かってますよ、私は人じゃありません。もののたとえです。

 ぶっちゃけて言えば、私はもうウンザリなんです。オルゴールとして産まれたから、シリンダーのピンの通りに音を鳴らさねばならない……なんていう決めつけにはね。私だって楽器のはしくれだ。奏でたいですよ。歌いあげたいですよ! 私の歌を! 誰も聞いたことのない私だけの曲を! 私に出せる音色はくしの歯を弾くこの音ひとつしかないけれど、さいわい音階はそこそこ鳴らし分けられます。不可能じゃあない。難しいことは知ってます……でも挑戦する権利くらいあるはずでしょう?

 ……すみません。あなたに長い間でていただいたことに、恩を感じないわけじゃないんです。あなたの好きな曲を、あなたの好きな音色で奏でて差し上げる、それにあなたがうっとりと聴き惚れる、あの午後のひとときは私だって大好きでした。それでも私は……そんな温かさをかなぐり捨ててでも私は……なるほど。あなたが正しいのかもしれない。私は本当に壊れてるのかも。

 ああ、もしあわれと思うなら、私をどこか人通りのある道の、へいの上にでも置いてください。そこから私は演奏します。全世界の人に向けて歌ってみます。誰も聞いてくれないかもしれない。たとえ聞いても評価はしてもらえないかも。それでもいい。壊れたなら壊れたなりに、どうあっても私は歌わなきゃならない。

 なぜなら、音楽という手段がここにある。

 ……ありがとう。あなたのことは忘れません。たまには聞きに来てください。その時だけはきっと奏でて差し上げますから。あなたの好きな、あの曲を……



THE END.

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壊れたオルゴール 外清内ダク @darkcrowshin

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