壊れたオルゴール

藍条森也

壊れたオルゴール

 霧の立ち込める海域に美しくも不思議な音色の曲が流れている。

 その曲は一隻の幽霊船から流れていた。

 「へへへ、ついに見つけたぜ、海賊王マークスの幽霊船」

 目には眼帯。肩にはオウム。年配の海賊は幽霊船を見て舌なめずりした。

 「あの船に海賊王マークスのお宝が眠ってるんですね、船長!」

 船に乗ったばかりの見習いの少年が瞳をキラキラさせながら尋ねた。

 「おう、その通りだ。千年前、魔王を倒した勇者でありながら地位も、名誉も、王女との婚姻すら捨てて海賊王となった男、マークス。あの船にはそのマークスが生涯を懸けて守り抜いたお宝が眠っている。『壊れたオルゴール』がな」

 「この曲を奏でているのが『壊れたオルゴール』なんですね?」

 「そう言うこった。野郎ども、すぐにあの船に寄せろ!」

 そして、海賊たちは幽霊船に乗り込んだ。そこで見たものは――。

 ただ、ひたすらにハープを奏でつづけるひとりの美しい女性。


 それは千年の物語。

 かつて、魔王の侵略に遭った世界において、聖女は魔王を弱らせるために自らに呪いをかけ、魔封じの曲を奏でつづける存在となった。その魔封じの曲に守られ、マークスをはじめとする騎士たちは魔王を倒した。しかし――。

 聖女は元に戻ることはなかった。魔王亡き後もひたすらに魔封じの曲を奏でつづけるだけの存在だった。

 人々はそんな聖女を『壊れたオルゴール』と呼んだ。

 国は聖女をないものとした。王宮の地下深くにしまい込み、誰の目にもふれないようにした。一切の記録は抹消された。

 聖女は国中の誰からも忘れられた。

 ただひとりの例外がマークスだった。

 マークスはその忘恩の行いを認めることが出来なかった。だから、すべてを捨てて国を出た。聖女を盗み出し、海賊となった。

 世界中を旅し、『壊れたオルゴール』を人間に戻すために。

 その願いはついに叶わなかったけれど――。

 マークスの想いはいまもこうして朽ちた船を動かしている。

 魔封じの曲を奏でつづける聖女を乗せたまま。


 「……チッ。こういうことかよ」

 マークスの日誌を読み終えた船長はそう呟いた。

 「どうするの、船長? 持って帰るの?」

 「いいや、やめだ。こいつはおれのポケットにゃ大きすぎらあ」

 海賊たちが引きあげるなか、少年はただひとり、幽霊船に残った。

 少年は魔封じの曲を奏でつづける『壊れたオルゴール』の白い肌にふれた。

 「僕がきっと、あなたを人間に戻してみせる」


 そして、少年はふたりめの伝説となった。

               

                   完

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