掌編第八回 あたしの自由でしょ(制限800字〜3000字)

*今回のお題は「自由」でした。本当はお題はなんでも「自由」と言う意味だったんです。


「もー、いい加減にしてよね。あたしが何をしようとあたしの自由でしょ」


 そう言いながら、セリーナはしっぽを逆立てる。その茶寅の猫耳を伏せて、俺のことをにらみつけている。セリーナの声は良く通る。冒険者ギルドでひと仕事終わらせて寛いでいた冒険者達の喧騒を通して響き渡る。

 近くにいた冒険者がエールのジョッキを置いて冷やかしてくる。


「よー、痴話喧嘩か。熱いねー」

「そんなんじゃねえよ。こっち見んな」


 セリーナを宥めながらとりあえずはカウンターをめざす。俺達は猫人族ふたり組の冒険者パーティ黒龍のあぎとだ。セリーナは相方で子供の頃からのつきあいになる。所謂いわゆる幼なじみと言うやつだ。俺達はクエストをこなして戻ってきたところだが、クエストでトラブったせいで口喧嘩中だ。


「お疲れさま、黒龍の顎のおふたり」

「討伐クエストの精算を頼む」


 俺は、討伐の証拠となるコボルトのしっぽをカウンターの上に積み上げる。


「アレックスの根性なし。もう少し頑張れば全滅できたのに、撤退するんだもん」

「しょうがないだろう、回復薬も切れていたし、セリーナのミスでこの有り様なんだから」


 俺は、傷だらけの腕を突き出して見せる。傷口は回復薬で治り始めているが、キジ虎柄の毛の間から肉が削れてボロボロになっているのが見え、見た目通りかなり痛い。ちょっとした連携のミスを突かれたセリーナを庇ってやられたのだ。


「それは謝るけど。それはそれ、これじゃあのドレスが買うのぎりぎりじゃない」

「まだ、そんな事言ってんのか。どうせどこかの男の歓心を買う為だろ。俺はそんな事に協力するのはまっぴらだ」

「ふん。どんな男と付き合ってもあたしの自由でしょ」

「おまえ、俺の分け前のこと考えてないだろう」


 ギルドの受付嬢がトレーをカウンターに置く。それには金貨が1枚と銀貨が10枚、銅貨が20枚ほど乗っていた。


「まあまあ、おふたりさん。それ以上は場所を変えて話し合ったほうが良いですよ」


 そうって視線を俺達の後ろに投げる。振り返ると野郎どもが聞き耳を立てていた。俺が睨むと皆視線をそらして素知らぬ振りをするのだった。

 そんな俺の隙を突きセリーナは猫人族の素早さスキルを発揮してトレーの金を取ると笑い声を立てながらギルドから飛び出していく。


「おい、俺の金」


 全力で追い掛けるが、腕の傷が痛むし足はセリーナの方が早い、見る間に引き離されて人ごみに姿が消える。まあ、いい。行き先は分かってる、あの店に行ったに決まってる。


 案の定、セリーナは目当ての店にいた。


「遅いからね。もう金は払ったから」

「なんだと、じゃあ、身体で払ってもらうからな」


 これを幸いに彼女と先に進むチャンスとばかり、妄想を口に出してみる。お約束通り俺は彼女のことが子供の頃から好きで、離れられないからパーティなんぞ組んで冒険している。冒険はふたりで行動する為の言い訳なんだ。

 彼女はバカにしたような顔になる。


「何言ってんの。根性無しが、チャンスは幾らでもあったのにちっとも手を出そうともしなかったのはそっちじゃない」


 痛いところを突かれた。彼女の言う通りチャンスは今までにも幾らでもあった。その度に、嫌われたらどうしようと手を出せなくなっていたのだ。今まで俺に気がある雰囲気になったことが無かったから臆病にもなる。

 うん? チャンスがあった?


「ちょっと待て、まさか。セリー俺が手を出すのを待っていた?」

「ばっかね。そんなはずないじゃない。言葉の綾よ」


 彼女はそっぽを向いて顔が俺から見えないようにする。だが、俺は見た、その耳の先っちょがプルプルしているのを。猫人族は恥ずかしかったりすると耳の先がプルプルするんだ。しかも、しっぽが不安そうに左右に揺れている。


「セリー! 俺は……」


 抱きつこうとした俺の鳩尾に剣の柄頭がヒットする。


「何を……」


 うずくまり絶句する俺を見下ろし彼女は吐き捨てるように宣言する。


「最低。あたしがこんな風になったのはアレックスの所為なのに、それを忘れて無かったようにするなんて」

「なんのことだ」

「覚えてないんだ。もうすぐ発情期だから、おかげで身体が疼いて仕方ないの」

「えっ。発情期って。猫人族は初めてを経験するまで発情することはないはず…… だれと経験したんだ!」


 俺は愕然とした。そんな、セリーナのお初を誰かに盗られていたなんて。座り込んで項垂れている。そんな俺を見下ろすセリーナが呆れた声で問い詰めてくる。


「ほら、やっぱり覚えていない。あたしとあんな事したのに」

「あんな事って、俺は何をしたんだ」


 いやな予感がする。毛玉が詰まった時のように胃がきゅっとする。


「半年ほど前、オークジェネラルを倒したことがあったっしょ。その時、すごく嬉しくてふたりともしこたま飲んでべろべろになったこと」

「あー、おう。あったあった。それでレベルがふたつも上がって、Dランクにも成れて嬉しくて俺は記憶が飛ぶまでしこたま飲んだんだ。それだけのはずだが。

 まさか」

「そうよ。あたしも嬉しくてアレックスの事昔から好きだって余計なことを口走ったのよ」

「余計なことって」

「あたしから言うつもりはなかったのに。それで盛り上がって、ふたりで初めてを経験したのにアレックスはすっかり忘れていて、どれだけがっかりしたか」


 地獄から天国とはこの事か、喜色満面でセリーナに確かめた。


「ほんとか俺のこと好きって」

「ええい、うるさい。おかげで、あたしは発情期の度によさげな男を見繕わなきゃいけ無くなったのよ。どうしてくれんの」

「悪かった。責任を取らせてくれ。これから宿屋に戻ってやり直そう。そして結婚しよう」


 セリーナに縋り付くと蹴り飛ばされた。


「今更、と言うかあたしはまだ仔供を作りたくない。自由でいたいの」

「そんな」

「発情期にアレックスと、猫人族同士でつるんだら仔供できるっしょ。結婚したら断れないし、それに他の種族なら孕む事はないから。今は冒険が楽しくて仕方がない。獣交さかりたいなら、あたし以外を探して」


 俺はセリーナが好きなんだ。他の女のことなんて考えられない。


「俺はセリーとしたいんだ」

「じゃあ、あたしの気が変わるまで待つ事ね。あたしだって別にアレックスが嫌いなわけじゃないよ。自由でいたいだけなんだから。これからも組むのはアレックスだけのつもりだし、一緒に冒険しよ」


 セリーナは、目の前で肌着になるとドレスを羽織り、俺に見えるよう一回転して見せる。


「せっかくだから、ドレスを羽織ったあたしを見せてあげる」


 抱きつきそうになる俺を片手で留めると、床に落ちた服を拾う。


「あたしはアレックスの事好きよ。でも、それはそれ。あたしはこれからこのドレス着て男を見繕いに行くんだ。邪魔しないでね!

 今度は人族がいいかな。人族は交尾に関して貪欲って聞いたから」


 セリーナは拾った服を押し付けてくると「よろしく」とのたまい、茫然とする俺を置いて店を出ていった。少し前から街に帰ってくるとしばらく連絡がつかなくなる事があったが、そういう事だったのか。



 彼女の気持ちは分かったものの、俺にとってはそれからは忍耐の日々だった。セリーナと一緒に冒険する事に苦痛もある。発情期が近づくとだんだん魅力がましてくるセリーナを何度も襲いかかりそうになってその度に深手を負わされた。

 発情期以外では平気で甘えてくるのは嬉しい。ただおれが触れようものなら殴り飛ばされる。それなのに、発情期の度に街に帰ってきて他種族の男を漁る。発情期が終わると俺の元に帰ってくる。

 ギルドでも憐れみの目で見られる。その為か頭の後ろにまあるく禿げができて拡がりつつある。

 セリーナとのパーティを解散すればいいのかも知れないが、それっきりになりそうで怖い。レベルと冒険者ランクばかりが上がっていく。


 いまや彼女の気が変わる事があるんだろうかと戦々恐々の日々だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

掌編集 灰色 洋鳥 @hirotori-haiiro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ