イケメンの条件

咲屋安希

第1話 『蒼月』番外編  イケメンの条件



 年の瀬も押し迫った十二月末。広い広い宗家屋敷の離れの一つで、若者たちが私的な飲み会を開いていた。


 十代後半から二十代前半の、総勢七人の若者たちはもちろん御乙神一族に連なる者達で、宗家の次男坊、御乙神織哉みこがみおりやを中心に気の置けない仲間たちが集まっていた。


 母屋の一室ではなく離れを使う事は、織哉が宗主の輝明に許可を取っているので構わないのだが、飲み会の目的は伝えていない。

 でも決して、女性を連れ込むとか人に言えない鑑賞会をするとか、そういうことではない。


「まあ元気出せよ。女の子なんて世の中にはいっぱいいるし。酒飲んで笑って忘れろ!笑え笑え!」


「そうだよ、一人くらいにフラれてもまた次があるって!女は一人じゃない!次いけ次!」


 どんちゃん♪とまではいかないが、みな笑顔でにぎやかしているのに、車座になったその中心の青年は、コップを片手に海より深くどんよりと落ち込んでいる。


 その落ち込み様は、周りがにぎやかしていないと次元の最下層、地獄にまで落ち込んでしまいそうだ。


「……いいんだよ。どうせオレは全然イケメンじゃないし、背も高くないし、武術も人並みだし、術師としてもぱっとしないし、度胸も無いし」


 少しにニキビができている顔をうつむけ、地底にまで落ち込みそうな暗さで妃杉きすぎ家の長男、妃杉孝晴きすぎたかはるは今すぐ死んでしまいそうな生気の無さで呟いた。


「とても織哉様にはかなわないから……」


 どよん、と擬音がしそうな落ち込み様で妃杉はうつむき沈んでしまった。


「……」


 くら~く沈んで浮上できそうにない妃杉の側から「どうにかしてよ」とばかりに青年たちが救いを求めて見やるのは、少し離れた場所で居心地悪そうにコップに口を付けている御乙神織哉だった。


 真面目で努力家で、周囲からは「ちょっとあいつ真面目過ぎて面白みに欠けるんだよね」とか言われてしまう妃杉は、幼馴染の分家の女性に子供の頃から思いを寄せていた。


 彼女になかなか想いを伝えられず、友人たちの後押しでようやく結婚前提のお付き合いを申し込んだのだが、返ってきた答えは「私、織哉様が好きなの。ごめんなさい」だった。


 思い続けた愛しい彼女の心は、逆立ちしても敵わない男に持っていかれていた。


 物心ついた頃から大好きだった女性にフラれ、失望のあまり寝込みそうになった妃杉を元気付けようと、今夜の飲み会は開かれたのだ。


 しかし、どうも場所が悪かったようだ。「貰い物の酒が余ってるからうちに来いよ」と御乙神織哉が太っ腹な所を見せたのは良いが、そこはよく考えたら恋敵の家である。


 愛しい彼女の心を奪った恋敵の顔を見ながら飲んだところで、妃杉が更に落ち込むのは当たり前だ。


 「オレは不細工だからしょうがないんだ。織哉様みたいにイケメンに生まれたかったよ。いっそ生まれ変われるように……」とかかなりメンタル的にヤバい事を口走り始めた妃杉を置いて、織哉は部屋を出て行った。


 「織哉様逃げたな」と内心恨めしく思いながら、残った五人は『真面目で本当にイイ奴』妃杉を懸命に励まし、盛り上げ、何とか笑わそうとする。


「なぁ孝晴、男は顔じゃないって、気にするな。やっぱり神刀の使い手ってのがどうにも敵わないポイントなんだよ。しょうがないんだよ。恨むなら織哉様を選んだ建速たけはや恨もうぜ(超罰当たり発言)」


「見てみろ、あの人顔は良いけどお前置いて逃げたぞ。

 織哉様、ちょっと性格はアレじゃないか。夜這いの女つまみ食いしたり、修行サボって輝明様に燃やされたり、あの恐ろしい飛竜様の恋人寝取ったり、その他余罪もろもろで結構とんでもないぞ。性格はお前の方がずっとイイ。それだけは間違いないぞ。自信持て」


「改めて羅列すると織哉様やらかしまくってるな……。あの人の嫁になる人って、どんな女性なんだろうな。想像がつかん」


「織哉様をぎょせる女なんてこの世にいないだろ。案外一生独身かもな」


 この時、日本のとある警察署でくしゃみをした女性警官がいたが、それはまた別のお話だ。


 一生懸命にぎやかしてくれる友人たちに囲まれ、妃杉はそれでも笑えずにいた。


 愚痴を言ってもしょうがない事だし、自分の顔やスペックが変わることもない。


 分かっているのだが、どうしても愚痴が口をついて出てしまう。織哉が悪い訳でもないのも分かっている。


 十分分かっているのだが、どうしても妬ましい気持ちが消えない。


 ああ弱い自分が恨めしい!と、妃杉は酒が注がれたコップを一気に煽る。


 けれど全然酔えた気がしない。笑う気にもならない。もう何日笑ってないだろうと思いながら、自分で一升瓶からコップに酒を注ごうとする。


 と、その時だった。部屋のふすまが開く。現れた人物は、出て行った織哉だろうとは思っていたけれど。


「孝晴、笑え!今年の笑い納めだ!」


 コップに注いだ酒が、止めるのを忘れてだばだばとたたみにあふれていく。

 

 襖の向こうから現れたのは、(色んな意味で)有名なHENTAI漫画で実写映画にもなった『〇態仮〇』の衣装を身に付けた、イケメンで能力高くて伝統ある御乙神一族のトップを担う神刀の使い手である、御乙神織哉二〇歳だった。


 よくもまぁこんなの作れたものだと、色んな意味で感心してしまう衣装を(多分a〇azo〇で購入)、その鍛え上げた肉体美にまとう織哉は、時間が止まった室内に入って来てびしぃっ!と、こちらも時の止まった妃杉を指さす。


「大丈夫だ孝晴!一度落ち込む所まで落ち込めば、後は浮上するだけ!来年は絶対良いことだらけの笑いが治まらん一年になる!この変〇仮〇が保証する!」


 だから元気出せっ!と、きっと漫画も映画も見たんだろうな~と思うポーズをピシッと決めて、発言と格好が美しい曲線で反比例グラフを作っている、一見ただの変態さんは妃杉を励ます。


 酒を畳に注ぎ続けて一升瓶がカラになった妃杉の周りは、硬直した丸太の様な若者たちが屍累々しかばねるいるいと転がっていた。


 人間、笑いが極限まで達すると体が硬直して呼吸困難になり、声すら出なくなる。


 〇態仮〇に笑いのツボを粉々になるまで押されまくった若者たちは、「いやアンタ〇態〇面じゃなくて神刀の使い手だろ」と内心でツッコミながら、もう丸太になって転がるしかなかった。変〇〇面に完敗で全敗である。


「お~れはちっともイケメンじゃな~いぜ~♪」と、次々ボディビルダーばりにポーズを決め、その後はクネクネとよく分からない踊りを披露する、警官に見つかれば職質すっ飛ばして一発でしょっ引かれるだろう猥褻物陳列罪わいせつぶつちんれつざい現行犯の犯人に、妃杉はぽつりとつぶやいた。 


「……何やってるんですか織哉様。イケメンが台無しですよ……」


 呆れ果てた表情が崩れ、笑いになる。次第に肩を揺らし始め、妃杉孝晴は笑いが大きくなっていく。


「ほんっとにもう……しょうもないことやらせたら一番なんだから……輝明様に見られたら殺されますよ……」


 腹を抱えて笑い始めた妃杉の前で、偽物の変〇仮〇は腰に手を当て胸を張る。


「お前が笑ってくれれば本望だ!この変〇〇面、輝明なんて怖くない!」


 一升瓶の酒を全てぶちまけ、部屋中に息も絶え絶えになった若者たちが転がり、仁王立ちのどこからどう見ても不審者の前で、妃杉孝晴は久々に大きな声を上げて笑った。


 ホントこの人イケメンだなぁと、大笑いしながら妃杉は思う。落ち込んだ仲間のためにここまで一肌脱いでくれる(ホントに脱いでるが)上司もなかなかいない。


 顔だけじゃないこの人は、悔しいが彼女が好きになるはずだと、妙に納得してしまう。


(敵わないなぁこの人には……)


 自分達の世代は良いリーダーがいてくれて良かった、きっと一族も安泰だと、生真面目な妃杉はこんな時までお堅いことを考えていた。


 しかし日本には『噂をすれば影』『鬼の名を呼ぶと鬼がやって来る』などの言い伝えがある。〇態〇面も、余計な事は言うべきではなかった。


 がらりと反対側の襖が開いて、名を呼ばれた御乙神一族宗主・御乙神輝明みこがみてるあき二十五歳がやって来てしまった。言い伝え、恐るべし。


 輝明としては、宗主として一族の若手たちと交友を深めようと、とてもとても真面目全開な理由で離れを訪れたのだ。


 「ずいぶん酒臭いな。皆飲み過ぎてないか」と、ちょっと心配になりながら襖を開けると、惚れ惚れするような手足が長く鍛えた体つきをした変態が、どうしょうもない動きをしながら(輝明的に踊りとは認められないどうしても)そこにいた。


 何だか自分の弟の声がしたような気もしたが、まさかそんなはずはない。


 こんな裸より破廉恥(輝明的表現)な格好をした変態が、頼りに思っているもう一人の神刀の使い手である訳がない。ありえない。絶対に無い。


 部屋が赤く明るくなった。何も恐れるものはないはずの変〇仮〇は固まった。


 抜刀された神刀・火雷からいは天井を燃やしそうな勢いで炎を上げていた。


 こんなに燃える火雷を見るのは、多分輝明すら初めてだっただろう。





 織哉に頼まれた軽食を作り終え、三奈みなはもう一人の遅番の家政婦さん、まさ江さんに声をかける。


「すみません、離れにいっしょに持って行ってもらっていいですか?」


「ああ、飲み会をするといっていたねぇ。おや、おしゃれなおつまみだね。三奈ちゃん勤め始めたばっかりなのに本当に料理が上手だ。よかったら後で私にも作り方教えて頂戴」


「私で良ければ!」


 白髪をきれいにまとめたまさ江さんとお盆を持って、さあ離れに向かおうと勝手口を開いた時だった。


 池の周遊道を、誰かがものすごい勢いで走って来る。その後ろは、なにやら闇夜が赤く明るい。


 「何?」と思って目を凝らした三奈は、みるみる近づいて来るソレを目視して、思わず叫んでしまった。


「きゃぁぁっっっ!」


「ひいいぃぃ輝明いぃぃッ正気に戻れぇぇっっ!」


 余裕で芸能界で食っていけそうな、上背があり手足が長く、顔も小さいスタイル抜群な人物が、裸より恥ずかしい姿でこちらに向かって来る。


 その後ろで、ごうごうと音がしそうなほど燃え盛って追いかけてきているのは、火雷を振りかざした宗主・輝明だった。


 闇の中、赤く燃え盛る日本刀を和服姿で振りかざし、鬼より怖い形相で追いかけてくるその姿は、怪奇名作『八〇〇村』のヤバい当主と重ならんばかりの姿だった。


「おおお弟に神刀向けてどうするんだよぉぉっ!」


 神がかり的な走力で三奈の前を走り抜けていく変態さんに、こちらも着物着用とは思えない走力で追いかけていく輝明は、地の底から聞こえてくるような低く恐ろしい声で逃げる変態に怒鳴り返す。


「貴様の様な変態を、弟に持った覚えは無い……!」


「何だよぉぉ輝明いぃっ!どこからどう見ても可愛い弟だろうがぁぁっ!」


「えええぃぃその格好で喋るなぁぁっ僕の名を呼ぶなぁぁっ!」


 広い池の周遊道の反対側に行ってしまった二人の声は、遠くともしっかり三奈達に届いている。


 今までの人生で見たこともないものすごい格好に、三奈は熟したトマトのように真っ赤になっている。


 しかし言葉もない三奈の横で、家政婦歴四〇年のまさ江さんは、まぁ涼しい顔だ。


「あの衣装で走り回ったら、……取れちゃうと思うんだけどねぇ」


 何が?と、想像がついていかない三奈の耳に、使用人の宿舎の方から女性の悲鳴が聞こえてくる。どうやらまさ江さんの予想通りとなったらしい。



 この宗家変態出没事件は、一時の断絶を置いて、残念ながら後々まで語り継がれることとなる。

 



  

「唯真センパ~イ。ほら、見てください、すごいの売ってますよ~」


 年末警戒の夜間勤務中、スマホの画面を見せてきた後輩の井ノ上に呼ばれ、佐藤唯真さとうゆま巡査は後輩の手元をのぞき込む。


 スマホの画面には、某通販サイトの商品画面が表示されていて、ある漫画の特徴的な衣装が映っていた。


「……リアルで着る人変態でしょ。いたら本部に即通報ね」


「捕まえないんですか?」


「仕事でも絶対に関わりたくない。高遠さん辺りにしばき倒してもらって根性入れ替えさせた方が本人のためでしょ」


「コレ普通の人が着たら大事故ですよね。スタイル抜群で鍛えた体のイケメン君なら見てもいいかな♪」


 イケメン大好きの後輩の言に、唯真は首を横に振って答える。


「私はどんな美男子でも絶対嫌。もし自分の夫がそんなの着たら、即離婚だわ」

 

  

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