寒暖

王生らてぃ

本文

 小さい頃から、かわいいね、きれいだね、と、言われながら育った。

 小さい子なら、ただ生きているだけで、親や親戚からかわいいねと言われるだろう。わたしもそうだった。人並みにかわいいと言われてきたし、ちやほやされるのはいい気分だった。

 だけど、成長してくると、それが単なるお世辞だったんだと分かる。

 鏡に映ったわたしの顔は、正直ぜんぜんかわいくない。毎日、顔を洗うのが憂鬱だった。特に目元が嫌いで、それを何とかごまかすために、視力も悪くないのに眼鏡をかけている。親に見られると馬鹿にされるから、家を出てからかけるようにしている。こういう面倒なことをしないといけないのも嫌だった。






「あ。水上さん、おはよう。今日も寒いね」



 駅のホームに立っていると、クラスメイトの沢瀉さんが、待ち構えていたように声をかけてきた。半ば強引に列に割り込んできて、当然のような顔でわたしの横に並び、腕を組んでくる。



「やめてよ」

「え~いいじゃん。水上さんの体、あたたかいんだもん。あたし低血圧でさ、冬は体温低くてつらいんだよね」

「だからって、わたしに寄りかからなくてもいいでしょ。くっつかないで」

「いいじゃん、友だち同士なんだし」



 沢瀉さんは、女の子らしくてかわいらしい。

 少し明るい、癖のある髪の毛も、大きな目も、赤い唇も、こういう大胆なところも――

 わたしなんかより、ずっと、かわいい。

 沢瀉さんと一緒に電車に乗ると、周囲の視線が痛い。かわいい沢瀉さんと、かわいくないわたしを、見比べられているような気がする。



「今日も混んでるね~」



 電車のドアが閉じ、ぎしぎしと軋みながら電車が走り出す。

 窓の外は曇り空。

 窓に移った沢瀉さんの、丸っこくてかわいらしい顔と、わたしの冴えない顔。



「今日の予報見た? 午後から雪、降るんだってさ。積もったら雪合戦しようね」

「しない……」

「雪って、降るだけでテンション上がるじゃん、なんでかな? 寒いし冷たいし滑るし、嫌なことばっかりなのにね~」

「あがらないよ」



 電車を降りても、沢瀉さんはわたしから離れようとしない。腕を組んだまま、くっついてふたりで歩くのは、ほんとうに気が重い。歩きにくいし、周囲の視線が痛い。



「いい加減離れて。歩きにくいから」

「え~。やだ」

「わたしみたいな根暗な大女と一緒にいたら、沢瀉さんも変な目で見られるよ」

「そんなのあたしは気にしないよ」

「わたしが気にするの。わたしの気持ちも考えてよ」



 そういうと、しぶしぶと言った感じで沢瀉さんはようやく腕を離した。

 でも、わたしの隣から離れようとはしない。



「なんでつきまとってくるの」

「つきまとうなんて人聞き悪いな、同じ学校で同じクラスじゃん。いっしょに行くくらい、別にいいでしょ。迷惑?」

「迷惑……だよ」

「ただいっしょに歩いてるだけなのに?」

「そうだよ」



 あなたと一緒にいると、ただでさえかわいくない自分のことを、ますます嫌いになってしまう。劣等感が冬の寒さと一緒にまとわりついてくるようだ。

 あなたは、かわいいからいいかもしれない。誰かに見られても恥ずかしくないんだろう。むしろわたしと一緒にいるから、それがより一層引き立つのだろう。

 あたたかいものに触れていると、寒さはより一層引き立つ。それと同じだ。今だって、さっきまで組んでいた右腕だけが、妙に冷える。



「そうなんだ。あたしは、水上さんと一緒にいるの、好きなんだけどな」



 沢瀉さんはさみしそうに目を伏せた。



「わたしみたいな、根暗な大女と一緒にいても、楽しいことなんてないでしょ」

「楽しいよ。水上さん、スタイルいいし。きれいだし」



 あなたが、そんなことを言うと――

 見下されているみたいで気分が悪い。

 とうとうわたしは沢瀉さんのことが嫌いになりそうだった。それきりずっと口を利かないまま教室に入って、お互いの席に着いた。



 教室では、誰もわたしに話しかけようとはしない。

 わたしも、誰にも話しかけたりはしない。他人と話すのは苦手だし、誰かに注目されたりするのも嫌いだ。



 ちらりと教室の反対側を見る。

 沢瀉さんの机の周りには、いつも人だかりがあり、笑い声が聞こえてくる。その中心にはいつも、まぶしい笑顔の沢瀉さんがいる。男子も女子も関係なく、人の輪で輝いている沢瀉さんは、きれいで、かわいらしくて、さぞかし多くの人に愛されているんだろうと思う。

 うらやましい――

 ような、そうでもないような。

 ひとりで落ち着く時間もなくて、大変そうだなあ、と思うこともある。






「水上さん、一緒に帰ろう」



 玄関で沢瀉さんが待ち構えていた。

 わたしは無視してその隣を通り過ぎたが、彼女は後からついてくる。

 まだ夕方なのに、外はすっかり暗くなっていて、星が見えるほどだった。寒さにあてられて眼鏡がくもってしまったので、ハンカチでそれをぬぐい取った。



「水上さん、眼鏡、ないほうがいいんじゃない?」



 沢瀉さんはいつの間にか、すいっとわたしの隣に滑り込んでいて、じっとわたしの顔を覗き込んでいた。慌てて眼鏡をかけなおし、早足で歩きだす。



「ぜったい眼鏡じゃないほうがいいよ、コンタクトとかどう? 実はあたしもコンタクトなんだよね、くもったりしないし、目も疲れないし、おススメだよ。あたしが使ってるの教えてあげようか?」

「……、」

「ねえ、今日の数学の課題、どこからどこまでだっけ? あたし居眠りしててさ、聞いてなかったんだよね。そうだ、もし時間あったらさ、このあと喫茶店かどこかでさ、」

「沢瀉さん」



 赤信号で立ち止まったので、わたしは振り返って沢瀉さんをにらみつけた。



「もう、わたしと一緒に歩くのはやめて」

「なんで?」

「迷惑だから。朝も言ったでしょ、同じ駅を使ってるクラスメイトなんて、他にもたくさんいるじゃない。わざわざわたしに目をつけて、何かの当てつけみたいにするのはやめて」

「……、そっか。ごめんね、いつも」



 ちょうど青信号になったので、わたしはひとりで人混みの中に入り込んでいく。

 マフラーで口元を隠し、眼鏡をこっそり外して、ハンカチでくもりをぬぐい取る。

 誰かに合わせて歩いたり、声に耳を傾けたりしなくていいのは、すごく気楽だった。



 鼻先に何かが落ちる。

 ちょうど雪が降ってきた。今年の初雪だ。

 雪はすぐに解けて、滴になって、顔を伝い落ちていく。



 次の日から沢瀉さんはわたしに話しかけてきたり、つきまとってきたりすることはなくなった。時々、電車で鉢合わせたりすることはあったけれど、その時も徹底してお互いを無視し続けた。

 じっとしていて、黙っていても、沢瀉さんはやっぱりかわいらしくて、ずっと見ていたくなる程だった。やっぱり、沢瀉さんはわたしなんかと一緒にいないほうがいい。これでよかったのだ。

 沢瀉さんには、わたしなんかよりもっと友だち甲斐のある人がたくさんいるはずだ。



「さむ……」



 ぼそっと、沢瀉さんがつぶやく。

 赤く染まった頬と、かじかんだ小さな指。

 相変わらず、癖のある髪の毛と、小さな横顔は、本当にかわいらしくてきれいだった。

 わたしが後ろから沢瀉さんを追い抜くと、少しはっと、息をのむ声が聞こえてきた。でも、わたしは無視して歩き続ける。

 それがいい。

 あなたと一緒にいると、わたしはみじめでたまらない。かわいいあなたは、かわいくないわたしと一緒にいちゃいけないのだ。



「はぁ、」



 息が白く漏れる。

 もうする冬休み。あなたの顔を見られないのは、少しだけ寂しくなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

寒暖 王生らてぃ @lathi_ikurumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説