最終話 絶望的な戦略

 僕は手紙に目を通す。

 これはヒナエが書いたのだろう。とても丁寧で綺麗な文字だった。


『カウト君。約束したのにごめんなさい。モンスターに襲われている村があってね。急がないと大勢の命が危ないのよ。だから、助けに行くことに決めました。この仕事が終わったら、必ず会いに行きます。美味しいアップルパイを焼いて』


 モンスターに襲われてる村人を助けに行く。

 お人好しの彼女らしい選択だな。


「つまり救出クエスト?」


 僕の問いに召使いは喜んで答える。

 ヒナエはパーティーリーダーに出世した。そのことがよほど嬉しいのだろう。


「なんでも、隣国のジルベスタル領の村を助けに行くそうですよ。ですから、少し遠征になりますね」


 隣国?

 同盟国とはいえおかしいな。


「どうしてジルベスタルのクエストがロントモアーズに来るんです?」


わたくしも詳しくは存じあげませんが、前回の護衛の功績を買われたのではないでしょうか?」


 いや、それにしては違和感がある。

 急な事案なのに、同盟国に要請するなんて。

 つまり、自国のギルドや王城の兵力では手に負えない高難度のクエストなんだ。


「ロントモアーズの王室はS級クエストと認定したそうですよ。お嬢様の初陣では最高のシチュエーションですな。これでグラネルゼ家の格が上がります。フフフ」


 何を呑気に。


「それだけ命の危険が高いということです」


「ふふふ。そんなこと。お嬢様の実力ならば問題ありませんよ」


 やれやれ。戦地に行ったことのない者は、こうも気楽な思考なのか。

 主人に危険が迫っているなんて微塵も理解していないだろう。


「モンスターのことは聞いていますか?」


「詳細が知りませんが、ドラゴン、と言っていました」


 ドラゴンタイプのクエストか。

 なら単体か、少数だろう。大勢で群れを成すタイプのモンスターじゃないからな。

 数が少ないとはいえ、ドラゴンタイプは1匹が強力だ。

 攻撃が通らないことさえある。


 S級クエストならば、今は厳密な戦略会議だな。

 ギルド長のオーキンが協力的ならばいいが……。

 嫌な予感がするよ。




〜〜ヒナエ視点〜〜


 私は、急遽舞い込んだロランジ村のドラゴン討伐クエストについて会議を開いていた。


 壁に地図を貼り、村を中心に人員の配置を相談する。


 ドラゴンの品種は不明。村の近くに巣を作っており、村人を餌にしているようだった。

 

 今回は、その正体不明のドラゴンの討伐が目的だ。


「私は、村人の安全を最優先に考えたいと思います」


 この意見に多くのメンバーは賛同してくれた。


「おお、流石はヒナエさんだ」

「優しい人だよな」

「私もその意見には賛成です」


 しかし、ギルド長のオーキンさんは違う。


「気持ちはわかるがな。ギルドは慈善事業団体ではない。悪いが村人を助けるのが目的じゃないんだ。まずはドラゴンの討伐、ここを最優先に考えてくれたまえ」


 それはあんまりだ。

 村人は5千人いると聞く。

 それを無視するなんてできないだろう。

 しかし、オーキンさんとの議論は避けたい。

 彼は頑固な人。話が平行線になるのは目に見えている。


「ではパーティーの増員をお願いします。6人では厳しそうです。せめてあと4人は欲しいわ」


「無理を言うな」


「なぜです? クエスト達成は白銀の牙にとっても名誉なことですよ?」


「そんなことはわかっている。しかし、ウチが抱えているクエストはこれだけじゃないんだ。そちらに回せる余裕はない」


 困ったわ……。

 人員が足りなければ村人の危険度が上がってしまう。

 

「そもそも、ドラゴンの討伐が目的なんだ。6人揃って巣に向かえば問題はないだろう」


「それはドラゴンが巣に固まっていればの話です。餌場としている村の周囲に何体いるのかが不明なんです。ですから、村に4人を配置して、残りの6人で討伐をかけるんです」


「ジルベスタルの事前情報では体高5メートル程度のドラゴンが3匹だ。6人で巣の討伐へと向かい、ドラゴンが3匹に満たなければ、また村に戻ればいいだろう」


 ドラゴンは頭のいいモンスターだ。

 仲間の死を悟れば、その報復に村を襲う可能性が高い。

 全員を巣に向かわせては村人が危険すぎる。


「ジルベスタルは村人の命は重視していないのですか?」


「名目は救出作戦となっているな」


「名目?」


「貧村でな。村から金は取れないそうだ。依頼は村長からのようだが、目的は領土保全の一環らしい」


「なら村人の命はどうでもいいと言うのですか?」


「人聞きの悪いことを言うな。白銀の牙は正義の心を持ったギルドだ。このクエストだって人助けであることには変わりない」


「でも、村の防衛に人員は割けないって」


「当然だろう。ドラゴン討伐が優先されるのだからな」


「じゃあ、私たちが動いている時に村が襲われたらどうするんです?」


「その時は戻って対処すればいいだろう」


「それでは対応が遅すぎます!」


 彼は机をドンと叩いた。


「だから、事前事業ではないと言ったんだ!!」


 実質、村人は見捨てることになるのね。

 正義の心とは聞いて呆れる。


 そもそも、どうして隣国のクエストがこっちに回って来たのだろう?

 

「ジルベスタルは動かないのですか?」


「王城の兵士を20人ほど出したそうだが、全滅したらしい。自国のギルドに討伐を依頼したそうだが、それも失敗に終わったそうだ。困ったジルベスタルは同盟国である我が王都ロントモアーズの王室に協力を仰いだ。当然、王室が動くわけだが、隣国で手に負えないクエストだからな。王室も兵士を失うわけにはいかないのさ。困った王室は私のギルドに相談して来たというわけだ」


 要するに危険なクエストがたらい回しで降りて来たってことね。

 危険は想定していたけど相当だわ。やはり簡単な話ではなさそう。

 この流れだと、王城の兵士は当然動かないわね。

 そうだ、


「隣国に援軍を要請するのはどうでしょうか?」


「はぁ?」


「ジルベスタルに協力してもらうのです。王城の兵士より、ギルドがいい。高ランクの冒険者をこちらに融通してもらって、パーティーを編成するんですよ」


「君にプライドはないのか!? こんな美味しい話。私たちでやらないでどうする!?」


「美味しいって……」


「隣国からの依頼が我がギルドに来ているのだぞ! しかも、ロントモアーズの王室から直接だ! このクエストが達成した暁には、王室からの報酬は当然のこと、白銀の牙の名声は隣国にまで轟くだろう」


 はぁ……。


「私はそんなことより、みんなの身の安全が第一だと思います」


「やれやれ。弱腰だな。ギルド1の剣の使い手、ヒナエ・オルド・グラネルゼの名が泣くぞ」


「構いません。みんなの安全が第一ですから」


「おいおい。そう突っかかるな。君の腕は買っている。だからパーティーリーダーに任命したんだ」


「だったら、私の意見も少しは聞いてください」


「そうは言っても増員はできん。6人でなんとかするんだ。その采配は任せるから、自由にすればいいだろう」


 采配……。

 つまり6人の配置。


 剣士2人。戦士1人。魔法使い2人。僧侶1人。


「なら、後衛として村に2人。剣士と魔法使いを配置して、残りの4人は前衛としてドラゴンの巣に向かいます」


「おいおい。6人を2つに分けるのか? 戦力不足は全滅を招くぞ?」


 本当は僧侶が欲しい。

 しかし、人員が足りない。

 どうしよう?

 これで、もし、ドラゴンが村を襲ったら……。

 確率的には低いと思うけど、巣に1匹。村に2匹という可能性もある。

 もしも、2匹のドラゴンが村に向かったら、とても2人だけでは手に負えないだろう。

 2人の冒険者は死に、村にも被害が出る。


 かといって、巣に向かわす前衛を減らすことはできない。

 僧侶を入れた4人が限界。数を減らせば全滅する可能性がある。

 もしも、3匹のドラゴンが巣にいれば、4人でも厳しいかもしれない。

 

 不安が多い。

 どう考えても不安が多い組み合わせ。


 ああ、どうしよう。

 絶対に誰も死なせたくない。


 前衛4人に後衛2人。


 本当にこれが最適解?


 間違いがあれば人が死ぬ。

 ああ、不安で胸が押しつぶされそう。

 ああ……誰か助けて、神様、答えを教えてください!


 私が下唇を噛んだ。

 その時である。


コンコン!


 と、事務所のドアがノックされた。


「あーー。お取り込み中すいませんね。扉が開いていたので、話はまる聞こえでしたよ」


 え?

 どうして彼が??


「き、貴様ぁあああ! どういうつもりだ!? 部外者が入ってくるんじゃない!!」


「部外者じゃありませんよ。僕は戦略アドバイザーですから」


「ふざけるな! そんなものを頼んだ覚えはない!!」


「難しいクエストじゃないですか。僕の戦略なら、きっと上手くいきますよ」


「くっ! か、金が目的か!? 貴様には一銭も払わんからな!!」


「報酬はクエスト終了後に貰えることになっているんですよ。美味しいアップルパイが、ね」


 と、彼は私にウインクする。


「カウト君……」


「やぁ」


 そんな道端で会った時みたいな笑顔で……。


 彼の顔を見ると、全てが救われたような気持ちなる。

 さっきまで絶望していた気持ちが嘘みたいに晴れやかだ。

 でも、


「どうしてここに来たの!?」


「えーーと。ちょっと散歩がてらにね。男のがなり声が聞こえたので、立ち寄ってみたのさ」


「さ、散歩?」


 オーキンさんは廊下に出た。


「まったく! 部外者を事務所に上げるなんて、1階の者は何をして────」


 そこには大勢の冒険者が倒れていた。

 手と足には氷の枷がはめられ、口には氷のマスクが貼られて声が出ないようになっていた。


「こ、これはどういうことだ!?」


「ヒナエに会いたいって言ったらさ。帰れって言うんだもん。しかも、殴ろうとしてくるんですよ? だから、ちょっとだけ静かにしてもらいました」


「ぐぅううううう……。カ、カウトォオオ! 目的を言えぇええ!!」


「確実な戦略を伝えに来ただけですからね。さぁ、座ってください。建設的な話しをしましょうか」




 ◇◇◇◇


 この後、カウトはヒナエを助けて、彼女のクエストは成功したそうです。

 その後は、2人だけで温泉旅行に行ってとても仲良くなったみたいですよ。

 彼が「氷壁の魔法使い」として大活躍する話は、また次のお話でしましょうか。


おしまい。



────

 ご愛読ありがとうございました。

 大好きな話を終わらせるのは本当に辛い。

 特にカウトやヒナエのキャラは大好きでした。

 でも、どうしても書籍化をめざすとブックマークの問題があります。

 ブックマークを1万位上獲得するには、ある程度の伸び率が必要。

 この作品でいえば、10話の時点で300位上のブクマをとっていないと厳しいです。このまま書いても千ブクマも難しいかもしれません。

 それで、この物語は評価がよろしくないので終わらそうと思います。

 10万文字を数百時間かけて作ってもブクマが伸びなけれ無意味になってしまいます。ならば、制作時間を抑えて次作の制作時間に回す方が有意義だと思いました。

 直ぐに新作を書きますので、また、そちらを読んでいただければ幸いです。

 作家のフォローをしていただけますと、新作がスムーズに提供できますので、よければポチッとお願いいたします。

 

 

 

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氷壁の魔法使い〜スクールカースト底辺層の僕でも【無双】はできるみたいです〜 神伊 咲児 @hukudahappy

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