第9話 特別な関係
朝。
僕は氷魔法を使って木を削った。
氷壁を斧の形にすれば木は容易に削ることができる。
加えて、氷魔法の温度を低めに設定すればスライム状の氷となって操作が自在だ。
僕は「スライム
そういえば以前、モヒカンが僕に意地悪をして、馬車に荷物を乗せるように言ってたことがあったっけ。
あの時も、このスライム
「よし。できたぞ」
スライム
これで壺に座らなくて済むぞ。
午前9時。
ヒナエさんが白い馬に乗ってやって来た。
「おはようカウトくん」
「おはようございます」
早速、中に入るように案内すると、
「今日はね。少し掃除をしようと思うの」
掃除か。
そういえば、この小屋に暮らしてから、まともな清掃はしたことがなかったな。
そんな時間があったら冒険小説を読んでしまうからな。
召使いを雇って掃除をしてもらうのが得策なのだろうけど、そんなお金はないしね。
よって、部屋を綺麗にしてくれることは、それはもう願ってもないことなんだけど。
彼女に掃除をさせる道理はないだろう。なにせ、彼女は貴族だよ? なんだか恐れ多いよ。
「いいですよ。そんなに気を使わなくてもさ」
「ううん。やらせて欲しいの。君には命を助けられたのよ。アップルパイどころじゃお礼が足らないもの」
いやいや。
あのアップルパイで十分なんだってば。めちゃくちゃ美味しかったしね。
「少しだけ外に出ててね。カウトくんは楽にしてくれてていいから、冒険小説でも読みながらゆっくりしててよ」
そう言って、掃除を始めてしまった。
貴族の……。しかも、こんな美少女に掃除をさせるのって。
いいのだろうか?
彼女はテキパキと動いて掃除を熟す。
部屋の中には積み上げられてオブジェと化していた大きな事典類がある。そんな物を清掃するのは大仕事だ。しかし、彼女はそんな物も全て外に出して埃を払った。
僕は、彼女の様子をチラチラと伺いながら、朝に作った椅子に座って小説を読んだ。
そして、
「あら、ベッドの下にも本があるわ」
と、彼女がその本を取り出そうとする。
「あーー! ちょっと待って!」
「どうしたの?」
「あ、いや。これはね。ははは。僕が運ぶよ」
「え? 手伝わなくていいわよ?」
「違うんです。大切な物だからね。人に触られたくないっていうか……。ははは。とにかく自分で運ぶからさ」
「ふーーん」
僕は本の表紙を両手で隠して持ち運ぶ。
それでもチラリと表紙の片隅が見えてしまう。それは女性の美しい脚の部分だった。
「あら、画集?」
「え!? あ、ああ。そ、そうなんだ。ははは」
「へぇ。カウト君って芸術にも精通しているのね」
「ま、まぁね」
そうこれは芸術なんだ。
僕はその画集を彼女の見えない所に置いた。
ふぅ。
頼むからベッドの下の本には言及しないでくれたまえ。
僕は健全な男の子なのだから。
2時間後。
「終わったわよ」
部屋に入ってみる。
うわぁ、なんだこれ?
全てがピカピカと光り輝いている。
窓際からは陽の光がしっかりと入って明るい。その横には赤とピンクの花が花瓶に挿して置かれていた。
1人用だった小さなテーブルには真っ白なテーブルクロスが敷かれる。
「こんなの僕ん家にあったかな?」
「花瓶やクロスは家から持って来たの。良かったら使って欲しいと思って」
「ああ、ありがとうございます。それにしても見違えた」
あの暗い部屋がこうも明るくなるものか。
「それじゃあ、お昼にしない?」
「うん。いいね!」
今日のランチは彼女が作って来てくれるんだよな。
「いけない! 作ったお弁当を忘れて来ちゃった」
「そうなんだ」
「今から取りに帰るわ! 行って戻るのに2時間くらいかかると思うから、悪いんだけど、それまで待っていてくれないかな?」
それは大変だな。
「いいですよ。僕が作るし」
「ええ? カウト君、料理作れるの?」
「1人暮らしですからね。少しくらいはできますよ」
「じゃあ、私も手伝うわ」
僕たちはスパゲティを作ることにした。
ヒナエさんには乾燥麺を茹でてもらうことにする。
その間に僕は材料を用意しようか。
まず、ピーマン、にんじん、玉ねぎをブツ切りにする。続いて、ニンニクと唐辛子を微塵切りにするんだ。
肉類は何かあったかな?
「お、ソーセージとベーコンがある。これを使おう」
トントントンと警戒なリズムで包丁を使う。
「上手に切るのねぇ」
「大したことじゃないですよ」
大鍋に大量の油を敷いて、そこに切った具材を入れる。
「ソーセージやピーマンをスパゲティに入れるの? か、変わってるわね?」
「僕のオリジナルレシピなんです」
「へぇ……」
「まぁ、美味しいから信じてください」
「フフフ楽しみね。こっちは麺が茹で上がったわよ」
「そか、それじゃあ湯切りして」
「皿に移したらいいのかしら?」
「あ、うん。その麺をですね」
具材と一緒に油で炒める。
「ええッ!? 麺を炒めちゃうの!?」
「うん。塩胡椒で味付けしてね。ここにペーストしたトマトと、隠し味に牛骨スープを少し入れて完成だ」
「見たこともないスパゲティだわ……」
男飯ってヤツかな?
「余り物で作ったんだけどさ。美味いんですよ」
「わぁあ〜〜! とっても良い匂いね!」
「フフ。じゃあ食べましょうか」
「ええ!」
彼女は麺を口に入れた。
「美味しい! ピーマンとソーセージがこんなに合うなんてね! 油で炒めた麺も抜群に良い味になってる。こんなに美味しいスパゲティを食べたのは生まれて初めてよ!」
「そう。良かったです」
「カウト君は料理作りの天才ね!」
「ははは。大袈裟だな」
でも、いつもより美味しく感じる。
この明るく綺麗な部屋で食べているからだろうな。それに、
「君には驚かされてばかりね。この前のクエストもそうだし。料理なんか、こんなに美味しく作っちゃうんだもん」
「変な奴、扱いしないでくださいよ」
「褒めてるのよ」
「ああ。それなら良かった」
「フフ。カウト君、口の横にトマトソースが付いてるわよ」
そう言ってハンカチで拭いてくれる。
彼女の笑顔が料理を何倍にも美味しくさせているんだ。最高のお昼ご飯だよ。
食事が終わると、僕たちは紅茶を飲みながら楽しく話す。彼女がせがむので、冒険小説の話をした。
面白い冒険小説をかいつまんでダイジェストで伝える。
「そ、それでその後、ヒロインはどうなるの?」
と、彼女は興味津々だ。
気がつけば、もう夕方だった。
「一方その頃、城にいるお姫様は……って、もうこんな時間か」
「あん、良い所なのに」
「ハハハ。この話はまた今度ですね」
「フフフ。カウト君は話が上手いから聞き惚れちゃったな」
そうなのかな?
ただ自分の好きな話を楽しく伝えているだけだけどな。
そうだ!
「冒険小説、貸してあげましょうか?」
「悪いわよ。大切な本なんでしょ?」
その通り。
冒険小説を人に貸すなんてあり得ない事案だ。でも、
「あなたは特別です」
そういうと、彼女は頬を赤く染めた。
「ありがとう。じゃあオススメを貸してくれる?」
「喜んで」
冒険小説を一冊だけ貸すことにした。
彼女を見送りに外に出る。
馬に乗る時、彼女は思い詰めた表情を見せた。
「ねぇ? ギルドに戻る気はないかしら?」
「なぜです?」
「だって……。一緒に仕事ができたら楽しいじゃない」
確かにな。
彼女とならきっと楽しい仕事ができるだろう。でも、白銀の牙には偏屈なギルド長がいるからな。
「無理ですよ。ギルドの人たちとは馬が合いそうにありませんからね」
「そっか……そうだよね。変なこと言ってごめんね」
「いえいえ大丈夫です」
「ううん。いいの忘れて!」
「はい。忘れます」
「……わ、私の休みは明日までなの」
「そうなんだ」
「明後日からはギルドの仕事よ」
「そっか」
今は、ラシュエザの護衛が成功して、3日間の休みを取ったということなのだろう。
明日が最後の休みなら、
「仕事に備えてゆっくり休んでください」
「あ、あのね……」
「?」
「あ、明日も来ちゃダメかな?」
「え?」
「迷惑……かな?」
彼女と過ごすのは楽しいからな。僕も嬉しいけどさ。しかし、そもそも、僕の家に彼女が来ているのは、恩返しが目的なんであって、遊びじゃないんだよな。
「命を助けたと言ってもね。十分にお礼は貰いましたからね。だから、それ以上は気を遣わなくて良いんですよ。最後の休みはゆっくりと体を休めてください」
「そんなんじゃないわ! そ、その……」
「?」
「も、物語の続きが気になるのよ! さっきの話。あの後、お姫様がピンチなのよ。このままじゃ気になって夜も眠れないわよ!」
ふむ。
なるほど。
「そういうことなら喜んで」
「あは! じゃあ明日もね!」
「ヒナエさんを寝不足にする訳にはいきませんからね」
「フフフ。あ……。そ、それとね」
「はい?」
「敬語は遣わなく良いわよ」
「でも、ヒナエさんは年上だし貴族だから」
「そういうの、すごく距離を感じるわ。カウト君とは、もっとフランクに話したいと思ってるもの」
じゃあ、
「呼び捨ての方が良いの?」
「ええ」
なるほど……。
その方が僕も助かるや。
では、お言葉に甘えて、
「ヒナエ。気をつけて帰ってね」
彼女は顔を真っ赤にして微笑んだ。
「また明日ね」
「うん明日」
彼女は笑顔で帰って行った。
さて、こうなると急に部屋の中が寂しくなるんだ。
しばらくは何も手がつかない。だから、
「スンスン……」
彼女の残り香を堪能するとしようかな。
次の日の朝。
中年の男が家にやって来た。
その男は清潔なスーツ姿で、グラネルゼ男爵の執事だという。
「急なお仕事が入られましてな。お嬢様は来られなくなってしまったのです」
仕事?
「えらく急だな」
「出世をされたのです」
「出世?」
「今までの功績が認められましてね。クエストパーティーのリーダーになったのでございます」
スキンヘッドのライオッグが降格したのか。
「これ、お嬢様から預かりました」
男は一枚の手紙を僕に渡すのだった。
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