Xmas Happy!

シンカー・ワン

 聖夜の贈り物

「――でな、ついに見ることが叶った訳よ、幻の怪作『サンタが殺しにやってくる』を!」

「……あのね、嬉しかったのはわかるよ。けど、よりによってクリスマス当日にその話をしますか、君は?」

 電話の向こうからとても楽しそうにB級映画の話をする彼に、苦笑しつつ突っ込むあたし。

 ネタを振る・突っ込むの立場が変わることはあるが、この関係が出来上がってもう何年になるだろう?


 出会ったのは中学生の頃からだから、ざっと十五年?

 きっかけは互いの共通の友人に引き合わされたからだったっけ。

 映画、というか映像作品全般が好きだという、中学生にしてはちょっと変わった趣味があたしたちを結びつけた。

 気がつけば高校も大学も一緒で、顔を合わせては見た映画やドラマ、ドキュメンタリーなんかの感想や出来に対する文句を交し合ってた。


「いやぁ、聞きしに勝る作品だったよ。あれほどとは思いも寄らなかった」


 そんなに長く一緒に居れば否応無しに男女の仲へと発展しそうなものなのに、どういう訳かいまだ親しい友人止まりのままだったりする。

 互いに恋愛に興味が無いってこともなく、大学の時にそれぞれ彼女・彼氏がいたりもした。

 ……まぁ、どっちも長くは続かなかったけどね。


「見て唸らされるシーンが結構あって、さすがは語り継がれるだけはあるって感じだったね」


 彼はあたしのことを女扱いはしてくれる。

 ただし、オンナ性的な対象としては見ていない。

 別れた相手のことを愚痴りあったりもしたけれど、だからと言って寄り添いあうなんてこともなかった。

 あたしと彼との間には明確な一線があって、彼はそれを越えるつもりは全然なさげで、あたしもそれはそれでいいんじゃないかって。


「ただ、あれを未公開にした配給会社の判断は正しいと思った。内容が人を選びすぎてるし」


 大学を卒業後、彼は都会。あたしは地元で就職。

 さすがにこれで縁が切れると思ったんだけど、お互いついた仕事がちょっと特殊な業界。

 狭い界隈は横のつながりが強かったりするもので、会社間での交流で年に何度か会うことも。

 それ以外でもこうして電話したりメールのやり取りしたりで、結果今も変わらぬ腐れ縁だ。


「それでもビデオリリースしてくれたのはありがたいよな。当時のレンタルバブルには感謝しかない」


 そんな関係もいい。

 ただ少し、ホンの少しだけど変わってもいいのになって思う自分もいる。


「驚いたのはシリーズ化してたってこと。いやまぁ、筋立てはシンプルだから続編が作りやすかったのはわかる」

 

 いつ頃からかな? ……たぶん社会に出てから。

 ――あたしは、彼に男性として惹かれだしてた。

 職場の交流の際、顔を合わせる度に人として成長していく彼に眩しいものを感じ始め、それがいわゆる恋心だと気付くのにさほど時間はかからなかった。


「ま、続編じゃっちゃう対象がハイティーンになってる辺りは、さすがにあちらでも子供殺しはレーティング的に拙かったんだろうな」


 彼のあたしに対する態度になにも変化がないから、自分の気持ちは隠したまま。

 友人の関係を保ったままズルズルと月日を重ねてきたために、いざ告白するきっかけやタイミングがつかめず現状に至っている。

 

「むしろあちらさんの方がそういうの厳しかったはずだから、チャレンジャーだったんだねぇ、一作目は」

 

 結局、あたしは自分の気持ちを告げることで今の関係が変わってしまうのが怖いんだろう。

 拒まれて空気がギクシャクとするのも、受け入れられて女として全てを委ねてしまうのも、どちらも変わってしまうことが只々怖いんだ。


「賢明な選択のおかげで、続編以降が普通のシリアルキラー物に成り下がっちまったのは自業自得だよなぁ」


 変わらない関係を望みながら想いを募らせていく矛盾は、いつかあたしを心の袋小路へといざなうだろう。

 そうなる前にどうにかしようって、その勇気が今のあたしには――ない。

 どこかで、そうどこかで彼の方から変わるきっかけをくれないものかと期待している自分が居る。

 自分から動き出すことで傷つきたくなくて、人に任せてしまおうとする。

 女は――ううん、はズルい。


「……おーい、さっきから生返事ばかりだけど、ちゃんと聞いてる?」

「あ、うん。聞いてたって。興が乗ってきてたみたいだから、茶々入れなかっただけ」

「そっかぁ? なーんか心ここに在らずな感じなんだよな。……心配事ありだったりする?」

 

 直接顔を合わせていない電話越しだってのに、こんな風に妙なところで人の心の機微を拾ったりする。

 ……その勘の良さでこっちの想いも察してくれよって願うのは、女の身勝手だね。


「ないよ。……強いて言えば、年末進行の疲れが溜まってきてるかなってとこ」

 

 それでも、虚勢で適当な言い訳してかわそうとするあたしは見得っぱり。


「そっちもやっぱり大変か。あ、同じような仕事してんだから察しろってもんだよな」


 苦笑交じりにあたしの言い分を受け入れる彼。

 も少し疑えよってのも、勝手な言い草よね。


「あー、疲れてんの無理につき合わせるのもあれだし、そろそろ切るわ」


 ん、そうして。あたしのボロが出てしまう前に。


「――と、忘れるところだった。今日絶対言っときたかったことがあったんだわ」

「ん、なにかな?」

「おまえとさ、籍入れようと思うんだけど、いいよな?」

「……え? ――あ、あ~……う、うん」

「おし。詳しいことは年明けてそっちで会った時に。んじゃ、おやすみー」

「あ。お、おやすみ……」


 ……。

 …………。

 えっ? ええっ、なっ、なになに?

 なんなのよーーっ!?

 あいつ、なに言った? なんて言いやがったっ?

 ……もう、やられた。

 友達と、男と女の間にある垣根、あっさりと飛び越えて、勝手に結論突きつけてくるなんて。

 ひとり悶々と悩んでいたあたしは滑稽なだけじゃないか。

 あまりに突然で勝手な宣言に怒りが湧き起こる。

 ……だのに、なんでだろ、顔が緩む。

 自分でも判る。今のあたしはきっととんでもなくニヤけた顔をしていることだろう。鏡なんて絶対にのぞけないぞ。

 あー、ダメダメ。体の内側が爆発したみたいで熱が吹き出しそう。

 あふれ出てくる不可思議な感情のまかせるまま、自分を抱きしめて床を転がりまくる。

 とんでもない聖夜の贈り物。

 あいつという名のサンタの顔を思い浮かべながら、自分の身に降りそそいだ奇跡をただ喜ぶ。

 年明け、あいつと会ったらなんて言ってやろう?

 とりあえず、今までその気持ちをおくびにも出さなかったことに文句を言おうか。

 勿論、自分のことは棚に上げる。

 でも、あぁどうしよう。嬉しい気持ちが溢れて止まんない。

 現金なものだけど、今のあたしなら世界中の人を祝福できる。そんな気になってる。

 今宵はクリスマス、聖なる夜だ。祝おうじゃないか皆の衆。

 やおらあたしは立ち上がり、窓を開け外の世界を見渡して、心の底から気持ちを声に乗せて叫んだ。


「全ての人にっ、ハッピーッ、メリーッ、クリスマスッ!!」


 ……やかましいっ! と、あとでご近所様から叱られたのは、言うまでもない。

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