第11話 美千代との恋

 それから俺の松喜楼通いが始まった。

 美千代の方でも俺に情が移ったのか、姉のように、もしくは母のように癒した。俺は護衛の仕事で得た金を全て美千代に入れ揚げるように使い切ってしまう日々を送った。

 あるとき、彼女の身の上を聞いてみると、短くサクサクと答えた。

「あたし、東京下町の左官屋の家に生まれたの。おとっつぁんは働き者だったけれど、戦争で田舎へ疎開して、仕事どころじゃなくってね。それで食うや食わずの両親兄弟たちを支えるため、顔を買われてこの仕事に入ったのね。あとは話した通りよ」

 美千代はそれ以上、自分の来歴を話したがらなかった。

 それでも四方山話で分ったところでは、美千代は俺の丁度十歳年上で、貞一郎は十七のときに産んだ子供だそうだ。

 父親に当たる男は馴染みの客だったそうだが、その後音信不通になった。そのまま頼りげのない暮らしをしてきたが、やくざの親分の大阿久政芳に気に入られ、ようやく暮らしが落ち着いてきたという。

「家族のために女郎になって、政芳さんに救ってもらったと思ったけれど、あっという間にあの世へ行っちゃったからね。店も乗っ取られて、ただの女郎に逆戻り。一刻も早くこの苦界から抜け出したいわ。いつか自分をこの苦界から救い出してくれる御大尽に巡り合えるのではないかと夢見てるのよ」

 美千代は物憂げな微笑を俺に向けた。

 俺はいつもながら、美千代の微笑にぐっときちまった。息子にも期待をかけていたろうが、俺が潰しちまったわけだから、その分だけでも何とかしてやりてえ、俺が美千代が言うところの救世主になれねえだろうかって思ったよ。

 そんな馴れ初めで、俺は松喜楼に通うようになった。

 俺が通ってくるにつけ、美千代のほうでも俺にべったりと縋るようになってきた。

 随分俺に期待しているようだ。

 彼女は寝物語に、煙草を片手に俺を横目で見ながら、恐る恐る尋ねたもんだ。

「いつか、あたしのことを女将さんにしてくれない?」

 美千代としては、勇気を鼓して尋ねたのだろう。

 俺は女郎を身請けしたりしたら、両親は俺が出征した時以上に嘆くだろうと思ったが、そこは男気で生きている俺だ。

「おうとも。いつか身請けしてやろうじゃねえか」

「口だけそう仰ってくださるだけでも、どんなにうれしいか。一日千秋で待ってるわ」

「大いに期待してくれよ」

寄り添う美千代は、期待する目で俺を見上げた。

「いつも調子のいいことばかり言って。明日、また来てくださる?」

「おう」

 俺は言葉通り、その翌日もやってきて、美千代と睦び合った。


 その年の瀬のある日のこと、美千代がいつものように、また明日待っていると言った。

「明日は俺が護衛してるねえさんの演説会なんで、来れねえ」

「そう、お仕事、大変だものね。体を張って代議士さんをお守りしてるのよね」

「それしか能がねえのさ。命がけだから、いい給料くれるんだがな」

「頑張ってくださいね。あなたの御無事を、いつもお祈りしてるわ」

「俺は不死身だから、大丈夫だ。全滅って言われたラバウルだって、生き残って帰って来たんだから」

 美千代はにっこり笑って俺を見つめた。

「でも、あなたの先生は、女なのに政治家なんてすごいのね。憧れちゃうわ」

「いいもんじゃねえよ。女だてら、出過ぎたことはしねえに越したこたねえんだ」

「そうかしら。立派だと思うわ。あなたの先生って、どんな演説をするの」

「ここを潰す相談さ」

 美千代は眉をひそめた。その顔は美しいと俺は思った。

「どうしてここを潰すの」

「つまり、赤線防止法案を通そうとしてるのさ」

「ふうん」

 美千代は考え込んだ。

「ここが潰れたら、あたしたち、会えなくなるのかしら」

「そんなわけねえよ。俺がおめえをどこぞへでも連れてゆく」

 美千代はにっこりほほ笑んだ。俺は恵美情交したばかりなのに、また欲情がむくむくと鎌首をもたげるのを感じ、再び彼女の上に覆いかぶさった。

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