エッセンシャルワーカー

夕季 夕

エッセンシャルワーカー

 机に置いてある携帯が鳴る。できれば無視したかったが、あいにく近くに誰もいなかった。仕方なく、作業している手を止め電話に出る。

 着信主は開口一番、十一番のオペが終わりました、と言った。もう少し言うことがあるだろうと思いつつも、「十一番ですね、わかりました」と復唱して電話を切る。それから、ワゴンとカゴを用意し、誰かいるのかもわからない空間に向かって「回収行ってきます」と言って中央材料室を出た。


 私はこの回収作業が嫌いだった。


 私が回収しなければならないのはオペで使用した器具。そのために今、オペ室に向かっている。オペ室は中央材料室を出てから扉を何枚もくぐった先にあり、扉を開けるためにワゴンを転がしながら何度もフットスイッチに足先を突っ込んだ。


 私はオペ看とあまり仲が良くない。顔を合わせるのはこの回収作業だけなので、たった数分の辛抱なのだが、その数分がとても長く感じられた。仲良くない者が向き合い「メス柄三番一、メス柄四番一……」とオペで使用した器具を確認する時間は、お互いストレスを抱えるだけだろう。私のために、それからオペ看のために、他の人間が回収に行ってくれないかと毎日思う。


 重たい足を引きずり、ワゴンを転がしながら通路を進む。そして、何枚も扉をくぐればオペ室のある空間に出た。

 一番、二番、三番、ひとつ飛ばして五番……初めて回収に来たとき、先輩から「四番は死を連想するから無いよ」と教えられたが、あまり縁起について考えない私からすると、シだから死なんて安直ではないかと思う。


 何番ものオペ室の前を通りすぎ、目的地へ向かうと、不機嫌そうな顔をしたオペ看が立って待っていた。ヘアキャップをして、マスクもしているのに、目元だけで不機嫌だとわかるのだからすごいものだ。まあ、私も同じだろうけど。


「回収に来ました」


 看護師が用意したワゴンの隣に、私が転がしてきたワゴンを並べる。それから、カゴと一緒に持ってきたプリントを広げた。

 プリントに書かれた文字を私が読み上げる。


「メス柄三番一、メス柄四番一……」


 私が読み上げた器具を、オペ看がカゴに入れる。

 たった数分のこの作業が嫌いで、読み上げながら早く終わってくれと願った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エッセンシャルワーカー 夕季 夕 @yuuki_yuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説