第7話 拠点防衛任務

次の任地は一面に砂漠が広がっている場所だった。


空気は乾燥しているものの、太陽の光がジリジリと自分達を焼き尽くさんばかりに照ってきている。


秋津洲のムシムシした暑さとはまた違った暑さの中、PMCの野郎どもの面々は交代制で銃を持ち、それぞれの位置で警戒をしている。


もちろん自分達特車のパイロットも彼らと同じように……何てことはなく、冷風を吐き出すクーラーに囲まれながらぬくぬくとシートに座っていた。


「あー……マジでこれがあるから特車の操縦士はいいよな……。」


特車というのは大出力がウリの魔導式発動機を腹の中に抱え込んでいる。


そこから生み出されるエネルギーは省エネ稼働をさせても十分以上に膨大であるため、車と違って冷房を連続で使ってもバッテリーが上がる心配は無いのだ。


「ん?ああ、まじかよ……。」


しかしどうやらこの快適な空間ともおさらばしないといけないらしい。


スクリーンにはこちらへ近づいてくる真っ白な機体が、関節などの内部機構が露出する部位にシーリング処理を施した砂漠仕様の月光の姿が映っていた。


通信を開けばアキの嬉しそうな声が聞こえてくる。


[えへへっ!はい!交代の時間だよー!]


「くそ……もう2時間経ったか……。」


[じゃあ冷房無しのクソ地獄へ行ってらっしゃーい!]


「お前……間違っても下に居る歩哨の連中には言うなよ……?」


[はいはい、行った行った。]


暑さのせいか少しテンションがおかしくなっていたアキを尻目に機体を倉庫に駐機させる。


コックピットから出た瞬間、全身を熱気が包み込んだ。


ここは阿州共同体アフリカの一角に位置する石油関連施設。


先進国からの支援によって作り上げられたピカピカの公共施設で、これから国の発展に大きく寄与することが期待されるとか何とか。


そこを小競り合い中の現地の反政府組織、まあ正確には隣国由来の武装組織から守れとのこと。


まあそんな裏事情は傭兵にとってはどうでもいい。


それより今大事なことはとある人物についてである。


「まだかな……?」


うちわを片手に休憩室に入ると椅子に座る。


今後についてだが、ハッキリ言って普通にアキから逃げおおせることはもはや不可能に近い。


足で逃げれば身体能力の差で追いつかれてしまう。


車や電車を使っても追跡装置やネットの経歴から先回りされてしまう。


特車による脱出は前回試みた結果、機体をダルマにされている。


よって少しでも準備を伴う脱走はその準備段階で看破されてしまうことから、逃走は不可能という感じだ。


つまり逆に言えばアキの意中の外にあるような脱走の仕方をすればいい。


まさに準備の時間すら要らないような、突発的なものを。


「イコマの奴はまだか……?」


その脱走劇には今言った人物の協力が、正確には彼女の乗る特車が必要なのだ。


だから今こうして首をながーくして待っているのだが、窓から見える青空に人型のシルエットが現れる様子は一向に無い。


遂には次のシフトが回ってきてしまった。


「カサギ〜っ!」


「おぶっ!?な、何だお前か……。」


「ふふっ、ちゃんと逃げ出さずにお留守番出来てたみたいだね〜。えらいね〜。」


室内に入ってくるとこちらの首周りに勢いよく飛び付いてきたアキ。


そのままぎゅうと抱き締めてくる。


ここ最近このようなボディタッチが増えたのは気のせいだろうか。


「……汗臭いぞ。」


「別に慣れてるから大丈夫〜。」


「それより早く退いてくれ。もう交代なんだろ?」


「むぅ……ならちょっと待って。」


「はいはい……っていたっ!?」


直後、首筋に感じたのは覚えのある鋭い痛み。


無意識に手を動かそうとすれば即座に両腕を取り押さえられてしまう。


「んっ……ふぅ、これでよし。」


「よしじゃねえよ……。」


「だって今日アイツが来るんでしょ?なら付けとかなきゃじゃん。」


「あのなあ……残るんだぞ?これ?」


「だからやったの。」


「……さいですかい。」


アキの病んだ笑みに気圧されて思わずそっぽを向く。


彼女が満足して離れるとさっさと鐘馗へ乗り込んだ。


整備士達の好奇の目に晒されているのを感じながらコックピットへ滑り込み、機体を起動させる。


「……ったく、ここなら逃げ場が無いからって余裕綽々だな。」


今から鐘馗で逃げても何とかなるかもしれないと淡い期待を持つが、どうせ彼女はこの機体にも細工を仕掛けているに違いない。


だからあんな風に離れていても大丈夫なのだ。


「今はまだ辛抱だな。」


定位置に着くと再び警戒を始める。


だが丁度ここで近辺のスピーカーよりウゥー!とけたたましいサイレンが施設中に鳴り響いた。


どうやら敵さんのお出ましのようだ。


[HQより各特車部隊へ、南方より敵勢力が接近中。具体的な戦力は現時点では不明だが、多数の車両が確認されている。作戦通り対処せよ。]


「こちらA2アルファツー、了解、迎撃態勢に移行する。」


背の低い草木を踏みながら鐘馗が動き始める。


あらかじめ作っておいた特車用の壕に身体を入れ、頭とライフルだけを穴から覗かせた。


まだ敵はハッキリとは見えない。


しかし前方の丘の向こうには砂塵が発生しており、すぐそこにまで来ていることがよく分かる。


先にロケット弾を撃ってきたのは敵勢力だった。


「来たぞ!」


「撃ち返せ!」


別の陣地に居る味方のライトニングⅢの小隊がミサイルランチャーで応戦を始めた。


たちまちあちらこちらで爆発が発生する。


空中に爆煙が広がるのと一緒に車らしき残骸や人だったものが舞い上がる。


しかし敵は怯まずに前進してきた。


[カサギ!]


「アキか、早く配置に着け。もう来るぞ。」


[分かってる!]


少しして、遂に敵が丘の稜線を越えてきた。


見たところ前回のように高価な兵器が揃い踏みというわけではなかったが、とにかく数が多い。


ピックアップトラックに重機関銃や兵士を乗せたのはもちろん、ただの車やバイク、徒歩のやつまでいる。


撃ち漏らして施設に入られたら非常に厄介だ。


「まだ前回の方が良かったな……。」


ライフルを下ろすと背面の57mm速射砲を展開し、前方へ構える。


だがすぐには撃たずに敵が斜面を降り始めるまで待つ。


「まだまだ……今!」


操縦桿の引き金を引くと、ダンダンダン!と特大の空薬莢が肩部の機関砲より吐き出され始める。


炸薬がみっちりと詰まった対人対車両用のHE弾が1秒に1発のペースで撒き散らされていく。


非装甲の乗用車やそこの人間にとってはたまったものではない。


たかだか2t程度の軽車両では地面に踏ん張り切れず、直撃弾でなくとも爆風でひっくり返ってしまう。


もちろん弾が直接命中した車両は派手に吹っ飛んだ。


「あらら、これは僕の出番は無いね。」


アキの視界にはあっという間に蹴散らされていく敵の集団が映っていた。


丘を越えた瞬間、駆逐艦や巡洋艦に搭載されたものと同じ火砲から攻撃を受けたのだ。


流石に敵にとっても予想外だったのか、あっさり踵を返して逃げていく。


「ふぅ……もう終わりかな……?」


戦闘開始から10分ほど。


施設正面の敵勢力はすっかり背中を見せていた。


カサギはこの隙にと背部のサブアームを展開し、機関砲の弾倉を腰に装備しておいた新しいのと交換する。


そして少しでも数を減らそうと引き金に指をかけた。


しかしその時、ヒュルルルと高い音が聞こえたかと思えば、大きな爆発が施設の敷地外縁部で発生した。


[迫撃砲!120mmだ!]


「やべっ!?」


頭部センサーを上へ向けると、稜線の向こう側より放物線を描いて飛んでくる幾つもの小さい粒を捉えた。


慌てて鐘馗の防護システムを作動させ、防殻を展開した直後、壕の付近に沢山の爆発が起こる。


こちらを狙っているのは明らかだろう。


[狙われてるよ!]


「分かってる!こんちくしょうが!」


敵はこちらの追撃を許してはくれないらしい。


または敵が部隊を再編する時間稼ぎだろうか。


まあ少なくとも定点に居続ければやられるのは明白な為、効力射が来る前に急いで壕を抜けると建物の影に隠れる。


そして空を見上げた。


「アキ!観測用の航空機かドローンは居ないか!?」


[あったら撃ち落としてる!]


「だよな!」


施設の後ろ半分をぐるりと囲む小高い丘を見渡すが、観測手らしき人影は見えない。


きっと迷彩シートでも被っているのだろう。


「こうなりゃ直接潰した方がいいな……。」


前回使ったミサイルコンテナが今は無いことに歯噛みしながら友軍機に通信を繋げる。


Bブラボーチーム!そちらの機体からミサイルを使って稜線の向こう側の敵を撃てないか!?」


[ネガティヴ!こっちも迫撃砲を食らっている!とてもそちらに手が回せなっ……シット!B2、行動不能!繰り返す!B2の足がやられた!]


「くそっ!」


舌打ちを堪えると機体を建物の影から出す。


そして斜面に向かって走らせ始めた。


[カサギ!?何するの!?]


「アキ!援護してくれ!」


[無茶だよ!]


「他に選択肢は無い!」


施設の敷地から斜面までの平坦な地面を、遮蔽物の無い空間を防殻を展開しながら駆けていく。


迫撃砲の弾が時折り近辺で爆発するが、防殻で爆風と破片を防ぎながら何とか丘の上り坂に到達した。


だが相手もこちらに気付いたようで、稜線ギリギリから歩兵が対戦車兵器RPG-7を向けてくる。


[そのまま走って!]


「すまん!」


月光がライフル弾をばら撒いて牽制をしてくれている間に斜面を一気に駆け上がっていく。


そして遂に坂を登り切ることに成功する。


が、もちろん同時に盛大な歓迎を受けた。


「ぬあぁっ!?」


防殻に幾多もの火花が散り、これは流石にたまらないと慌てて坂に身を伏せる。


迫撃砲を撃っていたのは同じ特車だった。


しかしその型式や見た目はバラバラで、機体の一部には見慣れた某秋津洲系の企業ロゴ。


自分達が乗る魔導式に比べれば性能面で劣るガスタービン式ではあるが、高い整備性と圧倒的に安価なことが売りの土木作業用の特車だった。


「やっぱメイドインアキツだよな……!」


鐘馗に負けず劣らずのパワーを持つその機体はライフルを、おそらくは対空砲を改造した手製の武器を撃ち放ってきた。


奥では他の機体がせっせと迫撃砲の筒に安定翼のついた弾を詰め込んでいる。


早く何とかしないとピンチなのは確かだ。


「こなくそっ!」


残量が気になってきた防殻を展開し、無理矢理弾を弾きながら横に向かって走り出す。


そしてライフルや機関砲、バルカン、チェーンガンと全ての武装を一気にばら撒いた。


走りながらの射撃、それも回避優先の激しめな挙動の中では碌に当たる筈もない。


だが今回の相手は見たところ多少改造されているとはいえ、元とほとんど変わらない民生品の特車。


1発当たるだけでも、または爆風のみでも完全な装甲化が為されていない敵にとっては致命傷となる。


「よしっ……3機撃破……!」


足を根元から吹っ飛ばされたり、穴だらけになったり、破口から引火して爆発したり。


それぞれの末路を迎えた敵機を横目に次のターゲットへ向かおうとすると、アキから通信が入る。


[カサギ!]


「大丈夫!敵は中古品の特車だ!装甲も無いし直ぐにやれる!」


[違う!こっちに何かが高速で近付いてきてる!]


「はっ!?」


コンソールの一部に目を移せば確かに自機の背後よりひとつの光点がスゴいスピードで接近してきていた。


IFFもついていないことから、もしかしなくても敵の航空機だろう。


[早くこっちまで下がって!どうせ魔力も十分には残ってないでしょ!?]


「ああもう!こんな時に!」


急いで踵を返し、斜面を駆け降りようとした。


しかし反応はすぐそこまで迫っており、とても下の施設には間に合いそうにない。


結局、無防備に逃げるより守りに徹した方がいいと防殻の出力を最大まで上げ、その場に踏み止まる。


「……あれ?」


だが、いつまで経っても攻撃は来なかった。


代わりにいくつもの爆発が背後の少し離れた場所で、敵の特車が居た付近で発生していた。


「なっ……み、味方か?」


[あー……来ちゃったよ……。]


アキの落胆するような声が聞こえてくる。


ということはつまり……。


「イコマか!」


[せいかーい、おひさー。]


通信機にアキとは別の声がした瞬間、ゴアッ!と轟音を立てながら頭上の空を黒い影が通り過ぎていく。


人の形をしたそれは背部より筒状のものを切り離し、地面の敵を粉砕し始めた。


あれだけ苦戦していた相手があっという間に片付けられていってしまう。


数分もすればこちらに背を向けて敗走する敵の特車やトラックの姿があった。


「ナイスタイミング!助かった!」


[いやぁ、美味しいとこ持ってっちゃったねぇ。]


「本当だよ……まったく……!」


施設に戻った月光と鐘馗の前に例の機体が降りてくる。


身体の各部にフライトユニットを取り付けた、見た目の印象は鐘馗のようにゴツゴツとした錫色の機体。


名前を『飛燕ひえん』という。


パイロットは『イコマ生駒・モーゼス・ブローニング』。


カサギとアキ含めた3人目の小隊員だ。


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パイロットを辞めると言ったら、同僚(達)が病みました 神風型駆逐艦九番艦 @9thKcd

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