第6話 新たなる任務

「んん……あ……?」


全身に感じる肌寒さが意識を覚醒へと促してくる。


身体に被せていた筈の布団を手探りで見つけようとすれば、すぐ隣にあるのを見つける。


しかし幾ら引っ張ってもそれは動かない。


瞼を開けてみると案の定というか、すやすやと寝息を立てている、布団にくるまった相棒の姿があった。


「ああ……また駄目だったか……。」


部屋の奥に目を向けてみる。


すると色が一部変色したドアが目に入ってきた。


どうやら今日も失敗だったらしい。


「流石はお前だよ……畜生……。」


前回の任務から2週間と少し。


その間にアキによってありとあらゆる個人情報や脱走手段を奪われ、内部情報を網羅されていた。


各種端末の位置情報の奪取はもちろん、ネットの検索単語や支払いを要する買い物の履歴、果てはこちらが操作をする機器のリアルタイムでの監視など。


他にもまだまだ沢山あるが、とにかく想定以上に多くの情報を持って行かれていた。


唯一、銀行の口座には手を出されていなかったのが不幸中の幸いだったが、これは敢えて何もされていないだけと考えている。


おそらく次何かをしたら財布の紐ですら彼女に握られてしまうかもしれない。


「あーあー……見事に壊されてるし……。」


もちろんだが、今日の今日まで自分の自由が奪われていくのをただ指を咥えて見ていたわけではない。


アキは夜にこちらの部屋に侵入してきては色々といじくっていたのは知っていた為、まずは自室から締め出すことにしたのだ。


せめて一晩あれば夜逃げなど取れる手段はあったのだが、彼女はそれすらも許してはくれなかった。


ドアに鍵をかけようが、内鍵を増設しようが、物を置こうが、部屋を変えようが、全て突破されている。


目の前にある鉄扉を屈んで観察すると、溶接したところを再度切り取った跡があり、その断面はとても綺麗なものだった。


「くっそ……魔法って便利やな……。」


完全敗北したことに肩を落としていると、背後からひたひたと足音が聞こえてくる。


そして背中に重みを感じると腕が首に回されてきた。


件の人物の登場である。


「ふあぁ……おはよ……。」


「はいはい、おはよう。昨晩はドアを溶接した筈なんですけどね。」


「僕は魔法使いだよ……?指を灼熱化させて鉄を溶断するなんて造作もない……すぅ……。」


「あっ……まったく、寝やがった。」


二度寝を始めたアキをベッドに寝かせると朝ごはんの準備を始めた。


味噌汁を作っていると匂いに釣られて彼女が自然と起き上がってくる。


ちゃぶ台にご飯や納豆とセットで置くと、その時には席についていた。


「アキはいいよなー、起きたら飯があるんだから。」


「僕は戦って敵を殲滅する担当なの。カサギは整備と維持管理が担当。」


「お前さんのか?」


「うん!」


「はぁ……本当に今までどんな甘やかされた生活をしてたのやら……。」


「ここ5年以上はカサギが作ったのを食べてるね。」


「……だったな。」


アキが小さい時に料理をもう少し教えるべきだったかと、そう考えながら納豆をご飯と一緒にかき込む。


食事を終え、洗い物を済ませると再度ベッドに横になっていたアキの腹を指でつつく。


脇腹もついでにくすぐれば、猫のように跳ね起きた。


「なっ、何……?」


「着替えろ。今日から仕事だぞ。」


「あー……はぁーい……っと!」


自分の部屋なのに何故か置いてあるアキの服を取り出し、彼女へ放り投げる。


準備を終えると部屋を後にした。








⬛︎


数時間後、ブリーフィングルームからゾロゾロと出てくる野朗共の中にアキとカサギの姿はあった。


今回の新たな任務は前回の施設破壊とは反対に指定された拠点を守るというもの。


しかも遮蔽の多い森ではなく、一面何も無い砂漠で。


つまりは防御力特化の鐘馗には非常に有利で、機動力特化の月光には不利と言える。


やはりそれが気に入らないのか、今のアキはどこか不満気で、ご機嫌斜めなように見えた。


「まあ、偶にはこんなこともあるさ。つまんないだろうけど、いつも通りやれば大丈夫。」


「むぅ……。」


カサギは念の為にとあやす目的でぽすんとアキの頭に手を置き、軽く撫でた。


すぐに離そうとしたが、彼女に手を掴まれる。


まだ撫でろということらしい。


「はいはい。」


「ん……あと別にそういうことを気にしてるわけじゃないよ。戦場で環境は選べないんだから。ゲームじゃあるまいし。」


「じゃあどうしてそんなに不機嫌そうなんだ?」


「分からない?」


「分からない。」


「……これだよ。」


アキはぶすーと頬を膨らませると、手に持った端末の画面に表示された作戦書を見せてくる。


拡大された文面を眺めれば、そこには作戦参加予定の機体の一覧が。


こちらの戦力は前回の月光と鐘馗の2機だけとは違って今回は他に複数機居るのだ。


「ああ、『ライトニングⅢ』で構成されたB小隊が一緒に来るな。それがどうかしたか?」


「違う。僕たちの小隊のところを見て。」


「?いつも通り月光と鐘馗だけじゃ……あら。」


上から月光、鐘馗、そして一番下にあったのが……。


「へぇ……飛燕ひえん、イコマか。」


「むうぅ……。」


イコマ、詳しくは後々説明するが、彼女は自分達と同じ特車のパイロットだ。


その為、今までに何度も同じ戦場で戦ってきた仲で、アキの次に関係性の深い人物となっている。


別に彼女達の仲は悪いとかではないと思うのだが……。


「何か不都合なことでもあるのか?」


「……別に。それより早く準備しよ。出発は明日なんだし。」


誤魔化すように先へ進むアキ。


慌ててその後を着いていく。


「じゃあ近場のスーパーでも行くか。」


「脱走用の道具買うつもり?」


「か、買わねえよ。」


「僕はカサギを信じているからね?」


「お、おう……。」


ニッコリと威圧感のある笑みを向けられてカサギは何とか表情を取り繕い、ひきつった笑顔を浮かべる。


しかしその思考の裏では新たな脱走計画が編み込まれ始めていた。










⬛︎


ここは地中海のとある沿岸部、ひと気の無い夜の港にはチカチカとカメラのフラッシュのような眩い光が発生していた。


同時に響き渡る沢山の怒号と銃声、更には時折り悲鳴までが聞こえてくる。


「撃て撃て!撃ち殺せ!」


「相手は女1人だ!やっちまえ!」


現場に居たのは銃で武装した現地マフィアの構成員。


彼らは手に持ったUZIやAKS-74Uなど、それぞれの得物を手当たり次第に周囲へぶっ放しまくっていた。


ガツンガンガン!と積み上げられたコンテナに火花が散り、小さな穴がボコボコと空けられていく。


そんな時、どこかで男達の銃とはまた違う銃声がパスンと、聞こえないくらいに小さくしたかと思えば男の1人が倒れていた。


「はっ!?」


「く、くそっ!やつはどこだ!?」


「あっ!あ、あっちに……ぐあっ!?」


1人、また1人と次々に胸か頭から血を流して、または部位ごと吹っ飛ばされて絶命していくマフィア達。


しかし一部の僅かな生き残りが這う這うの体で車に乗り込むことに成功する。


途端にどこからか弾丸が飛来するも、分厚い防弾ガラスで出来たリアウインドウを貫通することは叶わない。


「ひっ!?」


「は、早く出せ!早く!」


「うう……取引相手も含めて25人は居た筈なのに……俺らだけになっちまった……!」


「化け物だよ……畜生……!」


黒いSUVは加速をすると港からの脱出に成功する。


公道に出て男達は安堵の息を吐いた。


だが、そこまでだった。


「ああっ!?ま、前!」


「うあぁぁぁぁ!?」


彼らの進む道路の先には轟音と共に大きな人型のシルエットが空中に浮かんでいた。


その右腕が動き、何か筒のようなものが車の方へと指向される。


直後に銃のマズルフラッシュよりも遥かに眩しい光が発生したかと思えば、車は松明のように燃えながら宙を舞っていた。


そして派手な音を立てながら屋根を下に地面へと落下し、ガソリンに引火したのか派手な爆発を起こす。


轟々と炎と黒煙が立ち昇る中、道路のアスファルトに人の影が、マフィアとはまた違う人物のそれが映り込んだ。


「……ふぅ、終わりかな?」


現れたのは真っ黒な服に身を包んだ少女。


VSS、特殊用途狙撃銃に添えていた手を離し、バラクラバを外せばオレンジがかった長い髪が露わになる。


彼女は足先で死体をつついてクリアリングを終えると、手元の端末を眺めた。


そこに表示されていたのは重要人物が写った写真。


眼前の亡骸が一致するかスキャンをかけ、照合の文字が出ると満足気な笑みを浮かべる。


「おっけ。」


直後、パパパパッ!!っと手元のライフルから軽い音と共に弾倉に残った弾が全て吐き出された。


たちまちぐちゃぐちゃの肉塊に加工される死体。


周囲に散らばった空薬莢を踏まないように注意しながら少女は踵を返し、足を進め始める。


かと思えばもう一度人間だったものを振り返り、懐から赤い円筒形の物体を取り出す。


ピンを抜いて投げると、鉄をも容易く溶かす摂氏二千度の炎がバッと立ち昇った。


「……昔は蘇生魔法ってのもあったらしいし、保険は大事。死体撃ちじゃあなーい。」


抵抗感無く、如何にも慣れた雰囲気で後始末を済ませた少女は歩きながらVSSを分解し、各パーツをリュックに詰めていく。


彼女の歩く先では車を仕留めた例の大きな人型のシルエットが、全身を錫色すずいろで塗装された特車が屈んで手を差し伸べてきていた。


「よいしょ……っと。」


胴体背面と頭部付近の装甲が稼働し、ハッチが顔を出すと、そこからコックピットに身体を滑り込ませる。


狭い機内に並べられた各コンソールや計器類に光は灯っており、既に準備は完了していた。


「主機補機共に異常無し、フライトユニット、スタビライザー、各計器類に問題無し、航路に民間機の往来無し……じゃあ、帰りますか。」


鐘馗を彷彿とさせるずんぐりとした機体がふわりと空中へと浮き上がり、そのまま移動を始める。


ぐんぐんと高度が上がっていき、たちまちコンソールに映る地面と海の景色が離れていく。


その時、本部より通信が送られていたことに少女は気付いた。


「ん?えーっと……うそやん、もう次の任務……?」


書かれていた命令は補給を受けたのちに南方へ直行し、現地のPMCの部隊と合流せよ、というもの。


彼女は休みが無いことにがっくりと肩を落とす。


しかしある程度文面を読み進めると急に画面へと飛びついた。


「作戦参加の機体はライトニングⅢと月光……あと鍾馗!」


少女の疲れた表情が途端にパアっと嬉しそうなものへと変わる。


そして彼女は即座に機体の操作をオートからマニュアルへと変更し、スロットルを最大限まで上げた。


「ふふっ……やっと、やぁっと会える……24日と11時間45分ぶりに……。」


ニコリとした笑みを浮かべる少女だったが、その顔はどこかアキと同じものを匂わせるような危ない雰囲気が見え隠れしていた。


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