第54話 世界の中心

 これまで私を利用してきたくせに、一向に私のことを受け入れようとしない知美に腹を立てていると、地面に激突する。


 衝撃はほとんどない。


 何回も飛ばされて、少し慣れてきた。


「ひぃぃぃぃぃぃ!!」


 聞き覚えのある声がして、安心する。


「お前はやっぱり変わらないな。少し安心した」


 そこにいたのは腰を抜かして、私に怯えた目を向ける紗枝。


 こいつは、現実とほとんど変わらない。それがたまらなく嬉しい。


「……え?」


 私の顔を見ると、紗枝が呆然とする。


「いや……。そんな……」


 だが、次の瞬間には紗枝の顔はサッと青ざめて、ぶるぶると震えだす。


「み、みさと……様」


「お前もか……」


 やはり、この世界で私は毛嫌いされているらしい。


 なんだかやるせない気分になっていると、背後からウゴゴゴゴと地響きが鳴る。


「は?」


「ひぃぃぃぃぃ!!」


 振り返って言葉を失う。


 そこにあったのは巨大な像だった。


 高さ8メートルはあろうかという巨大な人の像。


 その像が、地響きを上げて大きくなっている。


 だが、その像の大きさは問題ではない。


 造詣が問題だ。


「どうして、私の像がこんなところにあるんだ……」


 毎朝、身支度するときや、トイレで手を洗う時に嫌でも目に入ってしまう姿がそこにあった。


 私だった。


 私の姿をした、大仏のような巨大な銅像があった。


 嫌そうな顔をして、胡坐をかいている私がいた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 がっくり項垂れている間も、紗枝の叫び声は止まらない。


「今私は疲れてるんだ。黙ってくれ」


 耳障りな声を上げる紗枝に、苛立ちをぶつける。


 すると、紗枝が自分の口を手で抑えて無理やり声を押し殺そうとする。


 恐怖のあまり見開かれたその目には涙が浮かんでいる。


 その顔を見て、胸がスッとする。


 だが、すこし落ち着いたのも束の間。


 像の地響きが大きくなり、巨大化する速度も加速する。


 その高さは既に20メートルもあろうかという程になっていた。


「や、やべえ」


 高さだけでなく、横幅も大きくなって、私の像がどんどんこちらに近づいてくる。


 このままでは押し潰されるのではないか。


 そんな考えが頭をよぎり、恐怖に晒される。


「くそ」


 気が付けば、私は自分の像に背を向けて駆け出していた。


 自分の像を見続けるのが嫌になったからか、単に押し潰される恐怖に耐えきれなくなっただけか。


 何が私の背を押したのか、定かなことは分からない。


 ただ、あのまま私の像を見ているのは凄く不快だった。


「!?」


 何気ない気持ちで後ろを確認した。


 真っ黒な知美の世界。


 近くに寄らなければ、そこにあるものを認識することができない、そんな世界。


 だから、これだけ走れば、もう私の像は見えない筈。


 そう、思っていた。


 像があった。


 必死に走り続けて、今も像とは距離が離れていっているはずなのに、どんどん大きくなる。


 私が走って遠ざかるスピードよりも、像が成長する速度の方が速いのだ。


 ここで、ある考えが頭をよぎる。


 ここは知美の世界。あの像が、私の姿の像がこのまま大きくなって、この世界を埋め尽くしてしまったらどうなる?


「うおおおおおお!!!」


 像に押しつぶされる恐怖。


 それを遥かに上回る恐怖が襲い掛かってきて、私の背中を猛烈にプッシュする。


 後ろを振り返る余裕はない。


 走る速度が遅くなってしまうから。


 いや、そうじゃない。


 あの像が視界に入るのが怖いから。


 だらだらと流れる汗は、必死に走ったためか、もしくは冷や汗か。


 現実逃避気味に色んな考えがよぎっては消えていく。


「!!」


 そうして走っていると、目の前に一軒の建物が現れる。


 三角の屋根の頂点に十字架。


 これも見たことがある。教会という奴だ。


 反射的に飛び込んで、すぐさまドアを閉める。


 そうして像が視界から消えると、糸が切れたように体が崩れ落ちた。


「はぁ、はぁ」


 床にぼたぼたと落ちる汗を見ながら、呼吸を整えようと、必死に空気を送り込む。


 ここは知美の精神世界。


 こんなところにおあつらえ向きに教会があるのも怪しすぎる。


 絶対に何かが起こる。その前に頭をすっきりさせなければならない。


 ギィィィ……。


 疑心暗鬼になっていると、奥からドアが開くきしんだ音がする。


 次はましな人であってくれと祈りつつも、どこか諦めながら身構えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る