第52話 偏見
「なんだ、なんだ。おっきい音したけど、なんかあったかー」
のんびりとした声が遠くから聞こえたのでそちらの方を向くと、どさどさと、砂煙が猛烈な勢いで近づいてくる。
その砂煙が数秒で私の前にたどり着くと、急ブレーキをかけて声を掛けてくる。
「こいつぁ、おったまげた。あんた、もしかして巫女様にあっただか?」
その姿を見て驚く。
「お前、葉月……か?」
「ん?そうだども、それがどうかしたべか?」
こてんと首を傾げる様子を見て、身振りが大きいいつも通りの葉月だと、妙に安心する。
だが、学園の制服を着て鍬を肩に担いでいるのは違和感が半端ない。麦わら帽子に日よけをつけろとまでは言わないが、せめてジャージを着てほしい。
それよりも、だ。
「その口調はどうした?」
「ん?口調って、おらのしゃべり方だべ?」
何を言われているのか分からないとばかりに、ぽかんとした顔をする。
「そのわざとらしい訛りはなんだ。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いとはどういうことだか。そげなこと言われたのは初めてだべ。変なやっちゃのぉー」
葉月は眉をひそめて、私が不審者であるかのようにまじまじと見つめてくる。
どう考えてもおかしいのはお前の方だろう。
その言葉が喉元まで出かかったところで、葉月の目が驚きで見開かれる。
「あ、あんたは……いや、そうでねぇ。あ、あなた様は美里様じゃねえべか!おら、全然気づかっで……」
「は?」
声を震わせながら、顔を青くして取り繕おうとする葉月の変わりように、呆けた声が漏れる。
私の短い言葉に、葉月はしくじったと言わんばかりに、顔を更に青くする。
「ひ、ひぃ~~~~。ま、まさか美里様がこんなところに来るとはおら……おら、思いもせんとって……。あの、その……す、すんませんしたーーー!!お、お許しをーーーーー!!」
聞いていて気の毒になるような声で必死に言いつくろおうとしていたが、最後には許しを請いながら走り去ってしまう。
「けほっけほっ」
葉月が来た時と同じように砂煙が上がり、それが鼻に入ってむせてしまう。
視界が回復するころには、葉月の姿を完全に見失ってしまった。
「なんだってんだ……」
妙な様子の葉月と言い、あいつが言った巫女と言い、疑問は尽きない。
「はぁ」
脳内に駆け巡る疑問をため息とともに追い出して、ほかに行く当ても無いので葉月が来た方向に歩みを進める。
止まらない笑いに加えて、こちらの言うことを聞こうともしない知美。妙な口調でまくし立てるが、私の顔をはっきりと認識した途端に怯えだす葉月。
時間としては短かったが、色んな事が起こりすぎてどっと疲れた。
「はぁ」
この先に何が起こるのか、不安しか感じられない。
どうなっているんだ。この世界は。
そんな不安を抱えたまま葉月の後を急いで追うと、粗末な小屋が集まった集落が見えてきた。
「みんなーー!!てえへんだ!!み、みさと様が、みさと様がおいでなすった!」
「な、なんですって!」
「そんな!!今年の年貢はもう納めたっていうのに!!」
「俺たちからこれ以上なにを取ろうって言うんだ……」
「だ、だめだ。これ以上は飢え死にしちまう」
葉月の情けない声が響くと、それを受けて怨嗟と絶望の声があがる。
どうやら、この世界では私は嫌われているらしい。知美からは少なからず好かれているものと思っていたが、そうではなかったらしい。
「人間不信になっちまいそうだ」
知美とは能力でつながっていて、流れ込んでくる考えや感情に嘘は無かった。
だというのに、心の奥底ではひどく嫌われていたみたいだ。
「ひ、ひぃぃぃ!!もう来やがった!!」
こちらの姿を認めた葉月が腰を抜かして、怯え切った声を上げる。
その姿は現実では想像の葉月からは想像もつかないほど滑稽で面白い。
「おうおう。今年の年貢は納めたってえのに、なんの了見で来たんじゃ、ごらぁ」
薄っぺらい声に取ってつけたような威圧する口調。
真面目な奴が背伸びして悪がっているようで噴き出しそうになってしまうが、鋼の意思でこらえる。
「む、村長ぁ!!」
ぱぁっと顔を明るくする葉月の視線を追うと、その先にいたのは教官だった。
「あんたもか……」
声を聞いた段階で薄々は察していたが、自分の勘違いであって欲しかった。
「どうなってんだ……」
「わしが来たからにはもう安心じゃけぇ。村の食料には一切、手ぇ出させん。おみゃあらは家の中で大人しくしときぃ」
「お、長がそう言うなら安心だ!」
「あんたならそう言ってくれると思ってたぜ!」
「任せたわ!今年の冬を越せるかはあなた次第よ!!」
「かっこいい!!抱いて!!」
村人たちが口々に教官を讃えると、家の中に籠ってしまう。
しかし、それぞれの家からはどことなく圧力を感じ、扉の前で聞き耳を立てているのがまるわかりだ。
それより、最後の奴だけちょっと変じゃなかったか。
「美里さんよぉ。なんだってこんなところに来んさった」
その声を受けて意識を教官に向ける。
「……ほかに行くところが無かったから?」
「けっ」
教官が顔をしかめて、地面に唾を吐くと、こちらににじり寄ってくる。
「だったら、巫女様みてえに一人で居やがれってんだ」
「巫女様ってのは誰だ?」
「おめぇ、ふざけてんのか」
教官の眉がぴくっと動き、直後に目が吊り上げられる。
「わしらをなんも者を知らん阿呆じゃと思っとるんか!?年貢を取り立てるだけじゃ飽き足らず、わしらのことをおちょくりに来よったんか!!われぇ!!」
教官の顔が私の目の前ににじり寄ってきて威圧して来る。
怖くはない。
むしろ、教官の薄っぺらい声に口調が似合ってなさ過ぎて笑いがこみ上げてくる。
だが、ここまで近寄られると不快だ。
この距離だと呼吸をすれば教官の口臭が鼻に入ってくるだろう。
そんなもの嗅ぎたくも無いので、息を吸わないよう気をつけながら、教官を軽く押しのける。
「へっ?」
またしても思いもよらないことが起こり、呆けた声が漏れる。
教官を押しのけようとしたが、微動だにしなかった。
それどころか、押した方の私が吹っ飛ばされた。
「流石、村長だあ!」
「いつも威張ってるくせしてダセえな」
「もう二度と来るんじゃねえ!!」
「かっこいい!!抱いて!!」
ものすごい勢いで吹き飛ばされながら、空中で村人の声を聞く。
教官も呆気にとられたような表情をしていたが、その声を受けてきりっと表情を整える。
「口がでかいだけのもやしが哀れじゃのぉ。てめぇは一人がお似合いじゃ。もう、二度と来んでねぇ!!」
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