第41話 シェルショック

「4体目、撃破!!あと一体でエースだよ!!」


「楽しそうで何よりだ。パイロットさん」


 知美から索敵結果を受け取って、私が露払いしながら猪の方へ向かう。しばらく猪を引き付けて、自由に動ける空間を作り出したところで葉月が粉砕する。


「私の負荷、重すぎないか?」


「んー、考えすぎだって。はっはっは!!」


 至極まっとうな疑問を口にすると、葉月に笑い飛ばされる。解せん。


 船を守り続けること20分。倒した猪の数は4体になった。


 葉月のために開けた空間を作り出すのは神経が削れる。


 なにしろ、猪の突進が少しでも掠ればその部位が吹っ飛んでしまう。


 突進の軌道は予測できるが、猪もわずかに進路を修正して来る。そのせいで回避はぎりぎりだ。


 自分からわずかに逸れた巨体が木をなぎ倒す音を響かせる。その轟音が死の予感をより一層掻き立てる。


 最初のうちは生きているのだという実感が湧いてきた。しかし、自身に死をもたらす音に延々と晒されて、頭が段々おかしくなり始めているのを感じる。


 考えがまとまらないし、目が忙しなく動いて、視点を一か所に定めることができない。


「あーくそ。もうやだ。おうち帰る」


 進路をリリパット号へ向ける。


「えっ、ちょっ、まじで戻る気なの!?」


 私の向かう先が船であることに気づいて、葉月が焦った声を上げる。


「もう知らん。私は疲れた。教官に交代してもらう」


 集中力が無くなってきていることが自覚できる。このままでは遠からず接触事故が起こってしまうだろう。だからこれは正当な要求だ。そうに違いない。


「いや、もうちょっと、もうちょっと頑張ろ?さっき笑い飛ばしたのは悪かったからさ。私は、ミーちゃんが頑張ってるの、知ってるよ?」


 私が本気だと悟ったのか、葉月が猫なで声で宥めてくる。その声に、ひょいと悪戯心が顔を出す。


「ほんと?」


 足を止めて、こちらも心配げな上ずった声で返す。


「うん。ほんとほんと!」


 好機と思ったのか、葉月がここぞとばかりに頷いてくる。


「私がどれだけ頑張ってるか、葉月は分かってくれてる?」


 拗ねるように流し目を向ける。横目でうかがうと、葉月は足を止めた私に襲い掛かってくる犬や狐を、あっちこっちへ動きながら、必死に防いでいる。


 その焦る姿を見ているだけで胸がすく。


「分かってる。分かってるよ!ミーちゃんが犬とかをやっつけてくれなかったら私は嬲り殺しにされてたし、猪を誘導して整地してくれなかったら攻撃を当てることもできない。私が猪を倒せたのは全部、ぜーんぶミーちゃんのおかげ。だから、もうちょっとだけ。もうちょっとだけ頑張ろ」


 だらだらと汗を流しながら、葉月が必死に言葉を紡ぐ。


 定まらなかった視線を葉月の目に定めて、精一杯かわいこぶった声を絞り出す。


「だったら、葉月だけで熊を仕留めてくれる?」


「うん。やるやる!私だけで……、え…?」


 呆けてこちらを見る葉月に襲い掛かる犬を、刀を抜きざまに切り捨てる。


「よろしく頼んだ」


 務めて事務的な口調で返す。


 疲れは残っているが、何とか自分の心を立て直すことができた。


 再び足を動かし始める。目標の熊はリリパット号の方向だ。


「あ、あのー、みーちゃんさん?」


 葉月が失言をすまいと及び腰になって声を掛けてくる。


「冗談、ですよね?本当に一人でやらせたりなんて、しないよね」


「葉月」


「う、うん」


 真面目腐った声で名前を呼ぶと、緊張が前面に押し出された声で葉月が頷く。ごくりと唾を飲む様が面白い。


「お前の勇姿は私がみんなにしっかり伝えてやる」


 猿に投げナイフを放ちつつ、ぐっと親指を立てる。


「自分で報告させて!」


「…ナルシストは嫌われるぞ」


「そういう意味じゃなくて!生きて戻るからってこと!」


 本気で焦っている葉月を見ると、つい顔がほころんでしまう。


 こうして葉月で遊んだおかげで、頭がすっきりしてきた。


「お前、熊とやりあったこと、あるか?」


「…シミュレータでしか無い」


 こちらの雰囲気が変わったのを察して、どこか不満げにしながらも、葉月が真面目な声で返してくる。


「私もだ。何回も挑戦したが、倒せたことは無い。そっちはどうだ?」


 熊の強みはとんでもない再生力と膂力。


 腕を吹き飛ばしても2秒もすれば完全に元通りになってしまう。


 さらに軽く腕を振るうだけで猪の突進と同様の破壊力を生む。


 正真正銘の化け物だ。


「……無傷で倒せたことは無い」


「それは凄いな」


 素直にそう思う。一人であんな奴を仕留められるとは流石だ。しかし、葉月の声はどこか暗い。


「あいつらを一撃で倒すほどの速さで突撃すると、毎回こっちの腕が吹っ飛んだ」


「まじかよ」


 続く葉月の言葉に頭を抱える。


 葉月に捨て身の攻撃をさせることは論外だ。そうなると、魔力が切れるまでチクチク熊を攻撃するしかない。


 しかし、熊だけに時間を取られれば、ほかの魔物に遠からず船を落とされるだろう。


 詰んでないか。これ。


(美里ちゃん、大丈夫!?)


 際限なく現れる猫にかかりきりになっていた知美から、久しぶりに明確な意味を持った声が届く。


(キャプテンムクダが目を覚ました!今エンジンを動かし始めてる。離陸まで後三分。何とかもたせて。お願い…!)


「最高の知らせだ!」


 時間の問題が一気に解決し、頭が一気にクリアになる。


 最高の気分だ。今なら油臭い携行食を出されても許せてしまいそうだ。


「え、なに。どしたの」


 面食らう葉月に笑顔を向ける。


「キャプテンムクダが目を覚ました!あと三分だ。それだけ足止めすれば、私たちの勝ちだ!」


「よし!!」


 力強く喜ぶ葉月の声に、こちらまでテンションが上がってくる。


 その気分のまま、リボルバーを引き抜き、弾丸を撃ち込む。


「行け!葉月!!」


「おう!!」


 気づけば、熊との距離は50メートル程となっていた。走っている熊に弾を当てるのは無理だが、近くの木であれば十分狙える。


 着弾の音と鈍い光に熊が足を止める。


 葉月の体がその能力で浮き上がり、ランスを引いて突進の準備をする。


 一つ呼吸をして、葉月がため込んだエネルギーを咆哮と共に解き放つ。


「限界まで、貫けえええええ!!!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る