第24話 決着

 攻撃を阻止された犬は少し距離をとる。


 仕切り直しだ。


 だが、このままじゃ埒が明かない。長期戦は相手が有利だ。異常を察知した犬が戻ってくるかもしれない。


 それ以前にさっきから危ない攻防が続いている。


 一発でもまともに食らってしまえば終わりだ。しかし、こちらがつけた傷はすぐに回復してしまう。


 このまま戦闘が続けば、集中を欠いた瞬間にすべてが崩れるだろう。


(だったら短期決戦)


 けろっとした飯田の声が響き、何をしようとしているのか瞬時に理解する。


 それに備えて、目をすがめて走り出す。


 チンと金属が落ちた音がして、後ろが突然明るくなり前方に影が伸びる。


 飯田が隊長への合図の照明弾を使ったのだ。


 突然の光量になにも見えなくなるが、影響はない。


 目をすがめて構えていたということもあるが、今は飯田の索敵能力の情報が流れてくる。


 目が見えていなくても相手の動きは手に取るようにわかる。本当に便利な能力だ。


(でしょう)


 誇らしげな声が響く。


 褒められたむずがゆさがこっちまで流れてくる。


 飯田の感情が流れてくるのもなんだか慣れてきた。自分の感じることすべてが薄い壁を隔てた様に、どこか他人事のように感じる。


 暗闇での目の感度は犬の方が当然高い。さらに、こちらは背後に照明弾があるが、相手は照明弾を真正面から見てしまった。目へのダメージは大きいだろう。犬が唸り声を上げつつのけぞる。


 走ってきた勢いのまま、宙に浮いた左前足を切りつける。


 だが足の半ばで筋肉に止められてしまう。体を回転させて得物を引き抜き、再度切りつける。


 狙いは首。


 しかし、犬は右前足を蹴って宙返りすることで攻撃を透かす。


(そこ)


 飯田が犬の着地地点に先回りし、右後ろ脚を切りつける。


 ごすっと鈍器を叩きつけたような音があたりに響く。


(骨が…固い!)


 流れてくる感情は驚き。


 こんなにタフな相手とやりあったことは無いのだろう。


 犬は切られたことなどお構いなしに後ろ足に力をこめ、体を右側にひねると、そのまま走り去っていく。


 こちらの目は既に回復しているが、犬はまだギュッと目を閉じていた。視界が回復するまでの時間稼ぎをする気だろう。


 それを許すわけにはいかない。犬を追いかけるが、足は向こうの方が速い。


 逃げに徹されると手出しはできないだろう。


(大丈夫)


 こちらの焦りを感じ、飯田がなだめようとしてくる。


(イクを信じて。犬が暗闇に消える前に足を絶対に止めてくれる)


 隊長への重い信頼が流れ込んでくる。イクなら絶対に大丈夫だと。


 だが、本当にそうだろうか。照明弾が発動してから時間が経った。


 危険が隣り合わせの濃い時間を過ごしているから随分経ったように感じられるが、実際は仕切り直しから20秒程度だろう。


 その間に隊長からの援護は無い。本当に隊長は援護してくれるのだろうか。そもそも射線が通っていないのではなかろうか。


(大丈夫)


 飯田の力強い言葉が響く。


(イクがこれまで援護しなかったのはイレギュラーを察知したから。私たちが戦っているのは最初の標的じゃない。それなのに援護を求めたのは、今の相手が異常だから。

 イクは絶対ここまで分かってくれる。だから、イクの狙撃に必要なのは早さじゃない)


 瞬間。飯田の能力で超高速の魔力濃度を捉える。


 本能的に脅威を感じ足がすくみそうになる。しかし、飯田から流れてくる太く重い信頼感が背中を押す。


 言語化がされる前の刹那のやり取り。


 そして次の瞬間、轟音と共に犬が地面に叩きつけられる。


(そう。あの犬に対して私たちが欲しかったのは全力で攻撃を叩き込むための隙。早さを求めた援護射撃ならよろめかせる程度。一発当たれば次を警戒される。

 だから、勝負は一発。

 私たちが欲しかったのは犬の足を止めてくれる、イクの全力の攻撃…!

 やっぱり、応えてくれた。だからイクは大好き!)


 信頼に応えてくれた、いや、それ以上の結果に歓喜の感情が流れ込んでくる。その感情に流されて体が軽くなる。


 飯田が跳躍する。


 刀の柄を両手でぐっと握り、刃先を下に向ける。その先にあるのは犬の頭。跳躍のエネルギーをすべて刀に込めて、叩き込む。


「――――――!?」


 犬がこの世の物とは思えない悲痛な声で叫ぶ。


 刀で頭を地面に磔にされ体をビクンビクンと震わせる。


 隊長の狙撃で右前足が肩口から吹き飛んでしまっており、飯田に反撃することができない。左前脚は地面に挟み込まれて自由に動かせない。


 飯田に遅れて犬の下に辿り着いた私は、犬の背中側に回り込む。


 そして発動体を逆手にもって、エネルギーの刃を腹に突き立てる。


 犬の筋肉に阻まれてじわじわとしか動かない。発動体の持ち手からは犬の痙攣が伝わってくる。


 こいつはもはや再帰不能だろう。だが、ここで終わらせてはだめだ。


 万が一生き残ってしまったら更なる脅威になって戻ってくる。


 死んだことが確信できるまで手を止めてはならない。


 強い抵抗を感じていた発動体が、突然すとんと柄まで犬の腹に埋まる。


 刃先が分厚い筋肉層を抜けて内臓に到達し、一気に肉質が柔らかくなったのだ。エネルギーの刃を犬の頭先に向けてぐっと刃を引き、腹に穴を開ける。


(抜けない)


 飯田は深く刺さった刀が抜けないことを悟ると、足で首を押さえつけてぐりぐりとかき回す。


 そこには何の感情もない。殺さなければならないという義務感だけが淡々と流れてくる。


 内臓を引きちぎられ、頭をかき回された犬は血交じりの泡を吐いて、最期にびくりと大きく痙攣すると、動かなくなる。


 途端に体の肉質が柔らかくなり、一気に抵抗が無くなる。そのせいで発動体に込めていた力が透かされて尻もちをつく。


 犬が死んだことで魔力の制御が無くなり、魔力で硬化されていた体がただの肉になったのだ。


「ふぅ」


 強敵を仕留めて今度こそ一息ついた。

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