第25話 祭り上げられた希望の光

(うぅ…)


 飯田も張り詰めた戦闘を終えて、緊張の糸が切れたらしい。刀を収めると、その場に座り込む。


 戦いの興奮が冷めて、痛みが戻ってくる。飯田が私をかばったときに痛めた背中だ。


 戦闘中は何も感じなかったが、左側の肋骨がじんじんと痛む。


 呼吸とともに痛みが引いたりぶり返したりする。改めて患部に集中すると熱を帯びているような気もする。おそらく、肋骨にひびが入るか折れるかしているのだろう。


 自分は特に痛めていないのに、痛みを感じるというのは不思議な気分だ。


 だが、飯田が庇ってくれて負った傷を、飯田だけに押し付けるのは少し申し訳なく感じる。


 そういう意味では、こうして痛みを共有するというのも有りかもしれない。自分のせいで飯田だけが苦しんでいるという妙な罪悪感を感じなくて済む。


(そんなの良いのに)


 飯田からはどこか満足げな感情が流れてくる。言葉に起こすなら守れて良かった、といったところか。


(そう。守れてよかった)


 守れてよかったという言葉にしっくり来たのか、すとんとその言葉が頭の中に染み渡る。


 自分では大して重みを感じない言葉なのに、飯田が気に入ったせいで、言葉の収まりのよさだけが流れ込んでくる。


 本当に気持ち悪い。


(気持ち悪い……。さっきからそればっかり。気持ち悪いってひどくない?)


 飯田が恨みがましくこちらを見上げる。


 実際、気持ち悪い感覚なんだから仕方ない。しかし、このまま掘り下げられても面倒だ。負傷している残りの犬を仕留めてしまうとしよう。


(面倒って言った…)


 飯田から刺々しい非難が直接流れ込んでくる。


 こういう感覚が面倒なんだよ。


 言葉にするというステップを挟まず、直接感情をぶつけられるから気持ち悪くて仕方が無い。その非難を感じた思考の経緯まで詳細に分かってしまうからなおさら質が悪い。


 深みにはまりそうになる考えを捨てるため、犬を捌いてしまおう。


 発動体を待機状態に戻し、さっきの戦闘で落としたナイフを回収する。


 中途半端な傷で生き残られることのないよう、確実に首を落としていく。ナイフの刃渡りが短いし、犬は地面に横たわっているしで、やはり大変な作業だ。


(…私も手伝う)


 こちらを責める気持ちを大いに引きずりながらも、何もしないのは申し訳ないと手伝おうとしてくる。


 やめてくれ。


(む…)


 一瞬怒りがよぎるものの、すぐに収まる。


 飯田が動けばその分肋骨の痛みまでひどくなる。こっちまで迷惑だ。


(ありがと)


 自分が迷惑だと言いつつも、それは飯田に無理をさせないための方便でもある。そんな意図が飯田に流れてしまったらしい。


 本当に嫌な能力だ。


(…解除できないの?)


 出来ない。


 学園に来てからずっと魔力の制御を重点的に行い、能力をそもそも発動させないようにしてきた。


 この能力が発動したのは、能力が開花して暴走したときと、今現在の二回だけだ。予期せず発動してからずっと飯田とのパスを切ろうとしているが全くできない。


(そう)


 残念そうなトーンが脳内に響くが、それを打ち消すほどの安心と嬉しさが流れ込んでくる。


 さっきから何度も面倒だと言っている原因はこれだ。


 飯田は私の能力が途切れることを望んでいない。


(そんなこと……ないよ)


 とぼけた様に語尾が上がる。


 だが、脳内がつながっているのだ。全て筒抜けだ。


 飯田は戦闘中にしょっちゅう恥ずかしいと言っていた。戦闘中にも関わらず、いつも寝る前に一人で反省会をしていると暴露して自爆までしていた。


 事実、羞恥心も感じていた。だが、一つ攻撃を受ければ終わりという戦闘中だ。そんなどうでもいいことを考える余裕は普通は無い。


 飯田は私の能力を知って、それを制御できないことを知ってとてつもない喜びを感じた。


 同時に私にそれを悟られたくないとも思った。だからその喜びを隠すために無理矢理恥ずかしい記憶を呼び起こして、羞恥心で感情を上塗りしたのだ。


(考え過ぎだよ)


 またとぼけるように語尾を上げる。


 戦闘中はいろんな感情が流れてきて整理しきれなかったが、落ち着いた今、その気になれば詳細に分析できる。


 そもそも頭の中がつながっているのだ。とぼける意味は無い。


(そっか。そうだね。じゃあ、いいや)


 飯田がすぱっと開き直る。途端に、飯田が抑圧しようとしていた感情が堰を切ったようにあふれ出す。


(私ね、今とっても嬉しいの。私のことをわかってくれる人ができたから。美里ちゃんは私のことを完璧にわかってくれるから)


 飯田が熱に浮かされたように語りだす。


 流れてくる感情は狂気じみた歓喜。


 自分の能力だが、これを受けて喜ぶとか狂っていやがる。


(狂ってる?そうでしょうね。私は壊れてしまってるんだと思う。けどね。そんなのどうでもいいの。今はあなたがいるから)


 その言葉を聞いて背筋がゾクッとなる。


 やべぇ。


 制御できない恐怖に頭の中が塗りつぶされる。これほどの恐怖はいつぶりだ?


 その中で流れてくる飯田の歓喜が恐怖をさらに際立たせる。


(美里ちゃん、怖いの?…大丈夫。私は怖くない)


 寄り添うようにやさしく、飯田が呟く。


 私はお前が怖いんだよ。


(ふふ…。大丈夫よ。怯えないで。私ね、目が見えないの。隊のみんなは本当にいい子たち。私のことをすごく気遣ってくれる)


 こいつ勝手に語りだしやがった。


 飯田が四つん這いでズズズッとこちらににじり寄ってくる。


(最初はおっかなびっくりでぎこちなかった。けど、私が全然不自由してないのが分かると、普通に接してくれようとするようになった)


 くそ。なんとかして能力を解除できないか。


 飯田は私の足元にたどり着くと、ぺたんと座り込み、すがるようにこちらを見上げる。


(私が腫物に触るかのような扱いをされるのを嫌がっているのが分かったんでしょうね。目が見えないとか気にしないで普通に扱わなければいけない。イク達はそう思ったんでしょう。けど、それってなんかおかしくない?)


 飯田の感情が昂ってくる。それは怒り。だが、どこかに虚しさ、やるせなさ、そして諦めが混じっている。


 こっちは集中したいんだ。うるさくしないでくれ。


(もう。美里ちゃんったら。私は別にこのままで良いって言ってるのに)


 私が嫌なんだよ。


(恥ずかしがり屋さんね。そんなところも可愛いわ)


 飯田がにやけを抑えるように頬を両手で押さえる。


 粘着質な声の響きにまたしても悪寒が走り、鳥肌が立つ。ああ、もう。どうやったら解除できるんだ。


(それで、なんだったかしら。……そうそう。目が見えないとか気にしないで扱ったほうがいいから普通に扱う。それってなんかおかしくない?

 だって普通に扱わなければいけないって考えが一つ挟まってるだけで、それはもう特別扱いじゃない)


 ……そうかもしれない。


 こいつは目が見えていないが、特に不自由は感じていない。だから健常者と同じに扱わなければいけない。


 健常者と同じに扱おうとしようという思考が入った時点で健常者と同じ扱いはできていない。


 配慮やら遠慮やらがどうしても混じってしまうということだろう。


(そう!そうなのよ。さすが美里ちゃんね。あなたなら分かってくれると思ってた。やっぱり私の理解者は美里ちゃんだけね……)


 わが意を得たりとばかりに飯田がさらににじり寄ってきて、あふれる歓喜を抑えきれずに両腕で自分を抱く。


 やべえ。こいつ、私が少し同調しただけなのに全力で覆いかぶさってきやがった。


 どんなに集中していても話題を投げかけられると、一瞬そのことを考えてしまう。


 そんな脇道の思考まで駄々洩れになってしまう。


 改めて考えると不便すぎる。なんでこんな能力を手に入れちまったんだ…。


(能力は完全にランダムとも言われているけど、その人の資質にあったものになるという学説もあるわ)


 紗枝は傷つくのが怖いから自分の身を守る能力を、飯田は目が見えないから周囲を感知する能力を。


 その人が望む能力を得るという点では確かに納得できるかもしれない。


(そう。だからあなたもその能力を必要としていたのよ)


 そんなことは無い。あんなにおっとりした性格の隊長が銃弾を操るという殺伐とした力を求めていたとは到底思えない。


(そうかしら。私も実のところイクの過去のことは知らないの。あまり話したそうにしてないから。昔何があったかなんてわからないわ)


 ああ。そうだ。そんなことはどうでもいい。大事なのは、私の能力が自分の求めたものではないということだ。


(そう断定しきれるの?)


 しつこい。


(さっきからちょくちょく漏れてくるけど、あなたは廃墟区画にいたのよね。私も昔あそこにいたわ。短い間だったけど)


 それは意外だ。


(孤児院が人身売買をしていてね。このまま居たらまずいと思って抜け出したのよ。そして行先は廃墟区画しかなかった)


 よくある話だ。というか私もそうだったし。


(ふふっ。そんなところまで気が合うわね。本当に最低の場所だわ。法律の外側の世界。表側で生きていけない人間の落ち延びる最後の場所。力がすべての世界。弱いものはただ奪われるだけ)


 そうだ。弱さはそれだけで罪だ。


 人に助けなど求めてはいけない。親切に近づいてくる者は必ず裏に思惑がある。頼れるのは自分の力だけ。


(そう。自分の力しか信じられない世界。けどあなたも孤児院にいたのなら、そうでない世界を知っている。誰も信じられない廃墟区画の中で人のぬくもりを求めていた。それを完全に否定しきれるの)


 廃墟区画に生きる中で人とのつながりを求めていた。


 感情としては否定したい。


 私は廃墟区画でも不自由を感じることなく生きてきた。廃墟区画に馴染んでいたのだ。


 人とのつながりは、その生き方を真っ向から否定するものだ。到底受け入れ難い。


 しかし、奥底では人を信じたかったのではないか。


 それを完全に否定しきれるかといわれると、どうしても言葉を濁してしまう。


(ね?否定しきれないでしょう。やっぱりあなたは人とのつながりを求めていたのよ。

 けど、もう大丈夫。私がいるわ。私も周りの人と違うから、どんなに親しくなっても壁があるように感じてた。でも今は違う。美里ちゃんがいる。美里ちゃんの能力のおかげで、あなたは私のことを完璧に理解してくれる)


 飯田が逃がさないとばかりに膝立ちになって、両手で私の左手を取る。


(あなたのおかげで私はもう一人じゃなくなった。そう。一人じゃないの。あなたも私も。私は絶対に裏切らない。わかるでしょう。考えていることが筒抜けなんだから)


 飯田の熱が私に流れ込んできて、その熱に絆される。


(わたしね。嬉しくってたまらないの。だって私のことをちゃーんと分かってくれる人ができたんだから。美里ちゃんは私のことを完璧に分かってくれるんだから。

 だからね。私はあなたになんでもしてあげたいの。独りぼっちの世界を明るくしてくれた希望の光なんだから)

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