第23話 予期せぬ覚醒

 5頭くらい仕留めたところでゾクッと嫌な感じがする。


 後ろか!?


「関川!」


 左側から衝撃を受けて吹き飛ばされる。


(守れた!)


 飯田の声がした。いつものぼそぼそとした感じではなく、はっきりと、そしてきびきびとした口調だ。そもそも耳から入ってきた音では無い。自分の頭の中に直接響いている。


 安堵の気持ちと共に、痛み、敵がどこにいるのかという感覚が頭の中に浮かぶ。


 そして自分の能力が発動してしまったのだと悟る。クソがっ……!


(何これ?苛立ち、不安、怒り…?私なのに、私じゃない。絶対に自分の感じていることじゃないのに、感情が流れてくる)


 理屈は分からないが敵の位置が分かる。体勢を立て直している。何だかわからないが、攻撃が来る…!


 何が何だかわからないが、無理やり状況を整理する。


 敵に攻撃された。飯田が私を突き飛ばした。飯田は私の上に覆いかぶさっている。また攻撃が来る。


 色々と思うところがあるが、今の状態だけを瞬時に理解する。そして行動に移す。


 上にいる飯田の肩を持って突き放し、少し浮かせる。


(…えっ?何?…!?!?!?!?)


 困惑。だが、こちらの意図を読み取り反射的にそれを拒む。しかし、それがベストだと瞬時に理解し、すっと思考の波が途切れ、腹を決める。


 飯田の肩を突き放した反動で体をスライドさせて、ブリッジをするように手を頭の横に置くのと同時に、両足を飯田の腰について思い切り蹴り飛ばす。


「うっ…」


 強い衝撃に飯田が息を詰まらせる。少し遅れて痛みが流れてくる。このくらいはどうということは無いが。


 私は蹴り飛ばした反動を使って手を軸に倒立し、倒れ始めたところで腕の力で体を跳ねさせて、バク転するようにして立つ。


 身構えつつ振り向くと、私が転がっていたところに一匹の犬がいる。特に何ということは無い。普通の体格の犬だ。


(やばい…)


 この犬はやばい。正面からやりあってはいけない。


 内に秘められた魔力がとんでもない。体に傷をつけられるかも怪しいだろう。


 そうだ。私は今こいつの魔力を感じている。手に触れているわけでも無いのにこれは異常だ。


 これは私の感覚じゃない。


 飯田の感覚だ。


 飯田の能力で感知した結果が私に流れ込んでいる。


 犬が目を血走らせて、ギロリとこちらを向く。牙を剥いて唸る口元に目が行く。


 動物の、いや、犬の毛…。


(共食い!?)


 そう、共食いだ。理屈は分からんが、こいつは共食いした。そして体が強化された。いや、覚醒したとでも言うべきか。魔力の質が全然違う。こいつはただの犬じゃない。


(えっ、なんで?なんで私は動物の毛があいつの口に付いていると分かったの?)


 困惑。


 しかし、そんな思考はすぐに吹き飛ばされる。


 得体のしれないものに対する恐怖が流れ込んでくる。その犬の体には血がところどころについているが、怪我はない。魔力の高まりとともに回復したのか?


(来る!)


 目に捉えるのも難しい速さでこちらに飛び掛かってくる。


 だが、大丈夫だ。その直前の行動を見ていれば軌道を予測できる。


 これは避けれ…


(!?)


 とんでもない嫌な予感、思考を塗りつぶすような恐怖が流れてくる。魔力の流れが少し変わった。


「なっ!?」


 この野郎、空中で蹴って、軌道を変えてきやがった!


 予感があったから避けることができたものの、体勢を崩し地面に倒れこむ。


(守る…!)


 恐怖を押さえつける程の強い信念が感じられる。


 そして、飯田が犬に追いすがって刀を閃かせる。犬は何の気負いも感じさせずに軽やかに避けるが、距離ができた。


 その間に立ち上がる。


 いいか、私の能力が発動した。抑えつけていたが発動してしまった。


 私の能力は頭の中をつなげること。お前の思ったことは私に駄々洩れで、私の考えもお前に駄々洩れだ。


(え?)


 いま知らされたことを拒むかのように呆然とする感情が流れてくる。


 というか、自分の感じたことじゃないのに、無理やり同じ感情を共有されるのが気持ち悪くてならない。


 全くもって不便な能力だ。


 飯田の隣へ駆けながら、懐から投げナイフを取り出して、そのまま投げつける。当然当たりはしないが、更に距離を取らせることに成功する。


(え?感じたこと、共有?思考、だだもれ……?)


 そうだ。面倒くさい能力だから封印していたが、発動してしまった。


 ついでに言うと、制御できない。能力を切ることはできない。


 飯田に突き飛ばされたときに得物を放してしまったので、朝に教官に渡された発動体を起動する。


 魔力が一気に抜かれ、緑色に発光するエネルギーの刃が形成される。刃渡りはこれまでの得物と変わらない。


 立ち眩みのような症状が出て、視界がぼやける。


(う……わ…)


 こんな風に痛みだとか、意識が薄れるような感覚なんかも伝わる。


(っ~~~~~~~~~~!?)


 飯田が私の能力の最低さに気付いてしまったのだろう。羞恥心と嫌悪感が流れてくる。


(私の考えが筒抜け!?やだ!いつもなかなか喋れないのは、今これを言っていいのかなって不安になっているだけで、頭の中ではあーだこーだ考えてることも?そうやって考えてるうちに話題が終わって、残念だったり、自分って駄目だって思っちゃうことも?)


 あーと、そうだ。今、お前が考えたから筒抜けだ。

 

 犬が再度こちらに向かってくる。カウンターを狙って、一歩前に出て発動体を振りかぶる。


 ……やばい。


 カウンターとか狙っている場合じゃない。


 目で見るだけでは分からない、犬の力みが感覚的に分かる。


 こいつ、短期決着を諦めやがった。


 次のこいつの狙いは上半身じゃない。下半身だ。


 犬は地面を駆け、鋭く飛び掛かる。


 瞬間的な速さはこれまでと段違いだ。


 だが回避に専念すれば大丈夫だ。地面に飛び込むように避け、そのまま前転し、しゃがみこむ。


 犬が追撃しようと体を捻るが、飯田が刀を振りけん制する。


 犬は飯田の攻撃を避けるため後ろ足で宙を蹴り、体を反転させる。


(筒抜け…?いつも寝る前にあの時こういえばよかったとか、葉月にきつく当たりすぎたとか考えてることも?

 納刀するからフォローして)


 そうだ。筒抜けだ。というか、あんたそんな反省会してたのか。


 とんでもない恥ずかしさがこちらに流れてきて、顔が勝手に赤くなってくる。いや、あんたのそんな事情、こっちはみじんも興味ないが。


 犬が着地したところを、しゃがみこんだ姿勢からクラウチングスタートを切るように一気に距離を詰めて発動体をなぎ払う。


 犬は体を逆側にひねることで避けようとするが刃がわずかに掠る。


 魔力の塊である発動体ならば傷つけられると思ったが、すぐに回復してしまう。


 犬が体勢を崩しながらも前に出て飯田を狙おうとしたところで、目の前にいた犬の挙動が感覚的に分かるようになる。


 さっきも犬の力みが手に取るように分かる瞬間があったが、なんだ?これ。


(私の能力。常に発動しててなんとなく場所が分かるけど、鯉口を切りながら集中すると繊細に動きが分かる)


 必死に取り繕おうとする焦りが伝わってくる。


 つーか便利な能力だな。


 目視だとどうしても捉えきれない部分が出てくるし、視覚情報は実感が乏しい。


 飯田の能力ならば、文字通り相手の動きが手に取るように分かる。相手のことを直接触っているかのように、力の入り具合などが頭に入ってくるのだ。


 高精度に動きが分かるので、動きの予測も確度が高く行える。


 そんなことを思っていると、さっきとは別の恥ずかしさが流れてくる。むずがゆいような、そんな感じの奴だ。


(み、美里ちゃんがそんなに褒めるから)


 飯田が、犬が飛び出そうとしていたところを抜刀する。


(!?)


 まじか。あの野郎、刀に噛みつくことで飯田の攻撃を防いできやがった。そのまま後ろ足で宙を蹴って刀の軌道から全身をずらすと刀を流し、飯田に襲い掛かる。


「ていっ」


 声を出して気合を入れて、バク宙しながら犬を下から蹴り上げる。サマーソルトキックとかいうやつだ。蹴り上げたせいで体勢が崩れ、背中から着地してしまう。だがその甲斐あって犬を上に飛ばし、攻撃を阻止することに成功する。


 というか、今私のこと美里ちゃんって呼んだか。


(そ、それは、その……。頭の中ではみんなのこと名前で呼んでるっていうか…)


 ああ。なるほど。


 別にどう呼ばれようが構わんが。


 ただ、その恥ずかしがるのをやめてくれ。


 頭に血が行き過ぎて、このままだと頭が痛くなりそうだ。

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