第11話 布陣
「聞いていただろうが、市民がパニックを起こした。
そのせいで軍は避難誘導にかかりっきりだ。
人がごった返しているせいで学園から部隊を送り込むことも出来ん」
「た、確かに、サイレンが突然鳴ったのは驚きましたが、どうしてここまでひどくなったんでしょう。
月に1回は鳴るので慣れていると思うのですが…」
紗枝がおずおずと尋ねる。
「今回はイレギュラーだった。
サイレンが鳴るほどの規模の襲撃であれば、事前に探知能力者が察知しているもんだ。事前にニュースになるから心構えができる。
だが、今回は違った。
何の前触れもなく突然サイレンが鳴った。力を持たない市民が慌てるのも仕方ないだろう」
「教官。どうして事前に探知できなかったのでしょう?」
「分からん。だが、今重要なのはそれじゃない」
「すみません。どう動くかですね」
「そうだ。当たり前だが、軍の能力者連中は期待できない。
ただの兵士がF区画の駐屯地に防衛線を展開して遅延戦闘をすることになるだろう」
兎くらいなら能力者でなくとも対処できる。
だが、犬ともなれば普通の銃器では足止めにしかならない。銃弾による傷はすぐに再生してしまう。
通常兵ができるのは、能力者が来るまでの時間稼ぎ、つまり遅延戦闘だけだ。
それには自分の身を盾にすることも含まれる。
「どのくらい持たせればいいんですか」
遅延戦闘と聞いて一瞬隊長の表情が険しくなる。
だが、すぐに顔を戻して教官に問いかける。
「分からん。市民のパニックが落ち着いて、軍が中央から能力者部隊を派遣するまでだ」
「なんだよ、それ!少なくとも1時間はかかるじゃん」
「ああ。3時間は見ておいたほうがいいな」
「ああ、くそ!」
葉月が声を荒げる。
能天気な奴かと思っていたが、ちゃんと状況が分かっているらしい。
「軍はそんなに遅いのか?」
「は、はい。軍は抱えてる能力者が少ないので、脅威度がはっきりわかるまでは能力者を派遣しようとしないんです…」
「そんなだから軍の能力者は使えないんだ。
実戦経験がなさ過ぎて、いっつも邪魔ばっかり」
「葉月ちゃん、そんなこと言わないの」
「ふん」
葉月は隊長にたしなめられてそっぽを向く。
その態度はこれまでからは想像がつかない程刺々しい。
よっぽど軍属の能力者が嫌いらしい。
「教官、前線の能力者は私たちだけということでしょうか」
「いや、学園が警報の直後に派遣した斥候部隊が2ついる。
索敵能力と機動力と通信能力に割いた部隊だ。
戦闘力はそれほどでもない。居住区へのうち漏らしを対処してもらう予定だ」
「ほかの学園は?」
「管轄外だからとのことで動かない」
「ああ、もう!こっちは何回も助けたことあるってのに!
恩ってものを感じないのか!」
「は、葉月さん、落ち着いてくださいぃ」
葉月の隣に座っていた紗枝がおっかなびっくりにたしなめる。
一方で、隊長が眉を寄せて難しい顔をする。
味方を見境なしに攻撃してしまう狂犬の毒のことも考えると、かなり難しい作戦だろう。
「それで、どうするんだ?うちらだけで殲滅させるのか?」
「無理だな。地図を見ろ」
ホログラフが投影される。
現在はF区画の1つ南のA区画にいるらしい。F区画を見るとF地区の駐屯地より東側が赤くマーキングされている。
「赤いのは何だ」
「兎の生息地だ」
F区画も瓦礫の撤去が進んでおらず、兎の間引き途中だったことを思い出す。
「ええっと、たしか、兎の間引きが済んでないから最初の防衛線を駐屯地にするんだったんですよね」
「そうだ」
「ふん。さぼってるからこうなるんだ」
「葉月ちゃん!」
隊長にたしなめられて葉月はすねたように目をそらす。
「迎え撃つのにちょうどいい場所がない。
紅巾隊だけで殲滅は無理だ。
軍人を戦力に数えたとしてもだ。兵士自体が少ない。F区画に今いるのは4個小隊、つまり二百人だ」
「それは……厳しいですね」
「ああ。仮に軍人が遅延戦闘をするとして、毒にやられた奴は射殺せざるを得ないだろう」
人が死ぬ。
それも魔物ではなく人の手で。
原因は魔物の毒だ。しかし致死性のものではない。
確かに戦力を保つには毒にやられた者を殺すのが効率的だ。
頭では分かっていても、飲み込むことは難しいだろう。
重い沈黙が社内を包む。
「それで。結局どうすんだ」
沈黙が鬱陶しくて教官に尋ねる。
「いわゆるゲリラ戦ってやつだ。奇襲してあいつらの足を遅くする」
教官がそういうと、ホログラムの地図が拡大される。
場所は兎の生息地より西側だ。
「探知能力者の予想によると、十五分後に敵さんはそこに到着するそうだ。
ちなみにあと五分位の距離だ。地形をよく覚えとけ。ちょっかいを出しては隠れる。基本的にはこの繰り返しだ」
「軍人どもは?」
「……邪魔になるだけだ」
教官が少し間をおいて答える。
軍人を囮にするという作戦も考えていたのだろう。
しかし、隊長をはじめとしてこの紅巾隊は心優しい者ばかりだ。
軍人を見殺しにはできないだろう。だとすれば、紅巾隊だけで作戦を行ったほうがましだ。
しばしの沈黙ののちに隊長が口を開く。
「…ここね」
隊長が建物をいくつかマーキングする。
どれも5階建てで、原形が残っている建物だ。
「私はこの地点から狙撃を行うわ。
ただし、みんなが本当に危険な時しか援護はしないから、そのつもりでね。
援護した後はすぐに移動するから、しばらくは助けられないわ」
狙撃手は真っ先に狙われる存在だ。
相手は犬畜生といえど統率された群れだ。一度射撃を行えばすぐに襲われるだろう。
「最初はともちゃんがお願い。
葉月ちゃんはともちゃんの逃走ルートに潜伏して追手を攻撃して。
そのすきにともちゃんは隠れてね。できそう?」
「おー!まっかせろー」
「……大丈夫」
葉月と包帯野郎が答える。ともちゃんというのは包帯野郎のことか。
「ありがとう。紗枝ちゃんは私の護衛をお願い」
「は、はい。わかりました!」
「私はどうする」
「関川さんは……そうね。確か、能力は使えないのよね」
隊長が躊躇うように聞いてくる。
「悪いな。教官に使うなって言われてる」
頼まれたって使いたいものじゃないが。
「そう…」
隊長が宙を見上げて、思案しているような表情になる。
「こいつはまだ制御が甘すぎる。かえって危険だ」
「ふん」
自分から使わないと言う分には構わないが、教官から使うなと言われると妙に腹が立つ。
「ああ、ごめんなさいね。責めてるわけじゃないのよ」
物思いにふけっていた隊長がハッとした表情になって、フォローをしてくる。
「分かってるよ」
「…ちょっとね、面倒なことをお願いしたいの」
隊長が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「なんだ」
「敵をかく乱しつつ、犬の魔石をいくつか調達して欲しいの」
魔石は魔物の心臓の中に作られる小さな結石だ。兎だと小指の爪くらいの大きさだ。
「難しいかしら」
「いや、大丈夫だ。…何に使うんだ」
「私の能力に使えるかもしれないから…」
「よし。到着だ。配置につけ」
魔石をどうするのか聞き出したかったが、教官に遮られる。
他の連中は固い顔で配置に向かう。仕方ない。私も適当に動くとしよう。
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