第12話 やったのはゲリラだ

 瓦礫の山に隠れて犬を待つこと数分。石を蹴るような足音が聞こえてきた。


 肉球で音がしにくいとは言え、流石にあれだけ数が多ければ無音とはいかないらしい。

 陰から伺ってみると、軍隊のように理路整然と、とはいかないが犬が歩調を揃えて走ってくる様は壮観だ。


 意外なことに様々な種類の犬が混じっている。兎とそれほど大きさが変わらないような小型犬から、人と大きさが変わらないような大型犬まで様々だ。


「バウッバウッ」


 突如先頭にいた小型犬が鳴いて足を止める。鳴き声は伝染していき、犬は一斉に足を止め、地面の匂いを嗅ぎ始める。


 これは想定外だ。匂いを嗅いで索敵されるかもしれないとは思っていたが、一斉に足を止めることは考えていなかった。


 所詮犬畜生だと侮っていたようだ。


 これでは飯田が出ていったところで奇襲にはならないだろう。


「どおりゃあああああ!!!」


 自分が戦端を開くべきか悩んでいると、葉月が鬨の声を上げて吶喊する。


 その速度は弾丸ともいうべきで、三匹の犬を串刺しにする。


「へへん。どんなもんだい!」


 葉月は薙刀を振るって串刺しにした犬を振り落とすと、一目散に逃げだす。


 考えなしの突撃かと一瞬心配したが、目的を忘れていないことに安心する。


 自分が動いたとしても精々1,2匹切りつけられたという程度だろう。しかも殺せたかは怪しい。

 あの状況では葉月が動くのが最善だった。

 あいつは案外クレバーなところもあるようだ。


 犬たちは突然の襲撃者に一瞬呆けていたが、一匹が吠えて葉月を追い出すと全員がそれについていく。


 だが、ここにいるのは葉月が切り捨てた奴らを除くと十匹より少し多い程度だ。こいつらは先遣隊だろう。


 その証拠に、あいつらが来た方向から遠吠えが聞こえる。本隊が駆け付けるまで5分とかからないだろう。


 取り敢えず隊長に任された魔石採取を済ませる。

 大きさとしては指の関節一つ分くらい。葉月が殺した内の一匹は胴体がぐちゃぐちゃで心臓が無かったが、残りの二匹は頭と首を綺麗に貫かれていた。

 加速という単純な能力だが、単純だからこそ強い。速さは強さだということをしみじみと感じる。


 頭を振って、余計な思考を振り払う。最低限の仕事はした。葉月と飯田の戦いぶりを確かめておきたい。


 葉月が消えた方向からはきゃいんきゃいんと犬の情けない声が聞こえる。ところどころ血が滴っているが、犬たちのものだろう。

 そうでなければ狂犬の毒にやられ、狂戦士となった葉月たちの雄たけびが聞こえるはずだ。

 しばらく進むと犬が三匹固まっている。一匹は腹が裂かれ、内臓がはみ出ている。一匹は内臓を押し戻そうとし、もう一匹は傷口を舐めている。


 無駄なことだ。


 魔物も能力者も魔力によって強化されて体は強靭だ。しかも、魔物は傷を受けても瞬く間にふさがってしまう。

 能力者もそこまでではないが、骨折程度なら2,3日で治ってしまう。


 魔物に対処するには能力者でないと難しい。それは、能力者からの攻撃を魔物は治療することができないからだ。


 原理ははっきりとは分かっていない。だがそんなものはどうでもいい。能力者は魔物を効率的に殺すことができる。

 その事実だけで十分だ。


 !?


 目の前の光景に思わず声が漏れそうになる。声を押しとどめた自分を称賛したい気持ちに駆られるが、それは後だ。


 腹を裂かれた犬の傷が塞がり始めた。


 ゆっくりと、だが目で見て分かるほどに傷が治っていく。


 どういうことだ。


 あの傷は葉月か飯田につけられたもの。


 つまり能力者から受けた傷だ。魔物の再生能力は発動しないはず。


 いや、再生能力は阻害されている。ただの兵士が放つ銃弾は、次の瞬間には傷口から押し出されてしまう程に魔物の再生能力はすさまじい。


 今目の前で起こっているのに一番近いのは、熊くらいの大型の魔物の場合だ。


 大型の魔物であれば能力者からの攻撃であっても徐々に回復していくという。


 だが相手は犬。


 あれくらいの大きさであれば再生能力が凄まじいことは考えられない。

 特殊な個体という線もあるが、それは薄いだろう。であれば、他の犬が治療しているのか?


 さっきまで内臓を押し戻していた犬も加わって傷口を舐めている。


 二匹がかりになって、再生速度も心なしか上がったような気がする。


 これはまずいかもしれない。


 持久戦になればこちらが不利だ。ただでさえ人数が少ないのに、負傷した魔物も戦線へ復帰する。


 最悪だ。


 どうしたものかと思案しているうちに、あることに気付いて馬鹿らしくなる。


 そうだ。これは持久戦じゃない。遅延戦闘だ。


 今ここで大事なことは魔物が戦線復帰することじゃない。


 奴らは負傷した仲間を見捨てられないことだ。


 葉月が最初に仕留めた三匹は即死だった。


 だから犬たちは全員で葉月を追いかけた。


 助けられないことが分かっていたからだ。

 

 だが、致命傷に近い傷を負った仲間は違う。


 奴らは助けようとした。


 それも十匹ちょっとしかいないのに二匹が残ってまでだ。


 今ここですべきことは足止め。敵のせん滅ではない。


 そうであれば、犬を殺して数を減らすよりも、怪我を負わせて一時的にでも戦力を削いだ方が効果的だ。


 方針は決まった。残りは行動に移すだけだ。


 犬たちは治療に夢中でこちらに気付いた様子は無い。


 ぎりぎりまで近づく。後十メートルというところまで迫って、ナイフを両手に構えて一気に飛び出す。


 治療していた二匹が耳をビクッと動かし、こちらに向きなおろうとするが遅い。


 減速は一切せずに、右手で一匹の左足を切り払い、左手でもう一匹の胴体を撫でるように切る。

 最後に治療を受けていた犬の腹を踏みつぶし、そのまま振り返ることなく駆け抜ける。


 走りながら、後方に耳を澄ます。


 ……


 すぐ後ろには何もいない。大丈夫だ。だが、犬の吠える声がそこかしこから聞こえてくる。


 どうやら本隊が到着したようだ。


 出来れば、葉月たちにも即死させず重い傷を負わせる程度にするよう伝えたかったが、仕方ない。


 隊長に頼まれた通り、奴らの足並みをかき乱してやろう。

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