第6話 能力者の戦い1

 教官から兎の生息地が近いことを伝えられると他の隊員が配置に着く。


 葉月と飯田が前に出て、教官の傍に隊長と紗枝が布陣する。


「お前は私の後ろだ。こいつらの動きを見てろ」


 新参者は変に手を出すなとのことだ。配置のほかに変わったことと言えば、それぞれが得物を構えたぐらいか。


 葉月は薙刀を穂先のカバーをとって、肩に乗せる。手持無沙汰なのかとんとんと揺らしている。


 飯田は特に変わらない。刀の鯉口をぽすぽすやっている。


 隊長は拳銃だ。身長の3分の2くらいあるライフルを肩にかけているが今回は使わないらしい。

 兎狩りだから取り回しの良さをとったのだろう。


「紗枝の武器は?」


「…っ!?わ、私の武器ですか!?」


 気を張り詰めていたのか、紗枝がびくっと肩を震わす。


 紗枝は武器を持っていない。


 徒手空拳で戦う能力者もいるにはいるが、そうではないだろう。


「紗枝ちゃんの能力は武器と相性が悪いのよ」


「あ、あはは…。そうですね。私が未熟っていうのもあるんですけど…」


 紗枝の代わりに隊長が申し訳なさげに、困ったように眉を下げて答える。

 

 そして、紗枝の奴は相変わらずフォローして欲しそうに周りを見ている。


「そういや、あんたらの能力って聞いていいのか?」


「ああ。…そうね。一緒に戦うんですもの。知っておいたほうがいいわよね。どうせ分かることだし」


「うんうん。チームワークってのは大事だぞ」


「丁度いい。そこで待ち伏せしてる奴がいる」


 教官がひょいっと紗枝の襟首を掴む。


「へ?」


 紗枝が呆けたような顔をして教官を見上げる。


 教官はそれに一瞥もくれることなく、ポイっと紗枝を前に放り投げる。


「ひぃぃぃいいいいいいい!!!!!!」


 紗枝が大音量を上げながら飛んでいき、顔面から地面に突っ込む。


「ぶべっ!?」


 10メートル以上は飛んでいる。

 

 片手で人間をそれだけ飛ばすとか、あいつはゴリラか。


「いや、何も言ってないっすよ」


 教官が心外そうな顔でこちらを見ながら撃鉄を起こす。


 無表情でそれをされるとすごく怖い。


 というか教官はシングルアクションのリボルバー使ってんのか。どこの骨董品屋で買ったんだ?


「来るぞ。見とけ」


「あたた…。……ぎぇぇえええええ!!!!」


 紗枝が顔をさすりながら上体を起こす。瞬間、白くて丸いものが四方から紗枝にとびかかる。


 兎だ。

 

 なんだか懐かしさを感じる。丁度いい小遣い稼ぎになるから、よく狩っていた。


「は?」


 思わず声が漏れる。


 何が起こった?


 紗枝は兎に気づいて、目を見開きながら悲鳴を上げた。

 咄嗟に頭を抱え込んだ速さにはつい感心してしまった。


 どうせ他の連中が助けるだろうと高をくくっていたが、兎はそのまま紗枝に衝突した。


 ぶちゃあ、と肉がつぶれる音がした後に血と肉片にまみれた紗枝がうずくまっていた。


 あいつ何をした?


「見ての通り。あれが岩藤の能力だ」


「いや、どういうことだよ。見てもわかんねーよ」


 教官が涼しい顔で言うがさっぱりわからない。

 バラバラになるのは紗枝のほうだろう。

 

 困惑していると、残念な人を見る目で面倒くさそうに解説してくれる。


「はぁ…。見てわからんのか。岩藤の能力はバリアを張ることだ」


「…ああ!なるほど。そういうことか」


 兎の飛びつきは一般人がまともに食らえばバラバラになる。


 一方で兎の体がバラバラにならないのは、ぶつかった時の衝撃を相手が吸収してくれるからだ。


 では、緩衝材がなかった場合どうなるか。


 今の状況が答えだ。


 自分の跳躍の衝撃を真正面から受けて破裂する。


 言ってみれば、暴走車が厚いコンクリートの壁にぶつかるようなものだ。


 ちなみに紗枝はそのままうずくまっている。

 兎はそんな紗枝にとめどなくぶつかっていき、肉片が雨のようになっている。

 

 便利だな。置いておけば兎がどんどん自滅する。

 

 だが、肉片や臓物にまみれた紗枝のなりはかなりスプラッターだ。


 紅巾隊の由来は帰投すると返り血まみれだからとのことだったが、紗枝の奴が原因じゃないか?


 隊長は心配そうに紗枝を見ているが、他の連中は散開して兎を狩っている。


「他の連中は?」


「飯田の能力は索敵だ。詳しくは知らんが、魔力を飛ばして反射させることで周りの状況をかなり鮮明に捉えているらしい」


「ああ、目が見えない分をそうやって補っているのか」


「そうだ。目で見てるだけの私ら以上に見えるものは多いはずだ」


 飯田は襲ってくる兎をすらりと避けて、すれ違いざまに斬り落としている。

 その太刀筋はあまりにも正確で、一切返り血を浴びていない。


「あいつは何でいちいち納刀するんだ?」


 飯田は刀を振るうとすぐに納刀する。

 抜刀して切り捨てて、すぐに鞘に納めている。

 時折返す刀で切りつけるが、数えるほどだ。


「納刀と抜刀のタイミングで索敵をしているらしい。そのほうがしっくりくるそうだ」


 能力を使いこなせるかは能力者の精神状態に大きく依存することが分かっている。

 能力行使のタイミングを定型化することで、安定性と精度を高めているのだろう。


「ほーん。それで移動中ずっとカチカチやってたのか」


「そういうことだ。

 …そろそろずらしたほうがいいな。下田、岩藤を動かしてくれ」


「了解です」


 隊長がホルスターからリボルバーを抜いて撃鉄を起こす。


 こいつもシングルアクションか。

 同居人が好きで一緒に見させられた西部劇で出てくるリボルバーだ。


 銃弾を撃つのに撃鉄を起こしてから引き金を引かなければならない。

 引き金を引いたときにハンマーが落ちて、雷管に着火して弾丸が射出される。


 引き金を引いたときにハンマーが落ちるだけだからシングルアクション。

 一方で、引き金を引くと、撃鉄が上がる動作とハンマーが落ちる動作の二つをするのがダブルアクションだったか。


 西部劇で銃を撃つときに片手で引き金を引いて、もう一方の手で扇を扇ぐようにぱたぱたと銃を触っているのは、撃鉄を起こすのを高速で行って連射するための動作だ。


 教官といい、隊長といいそんな面倒くさい銃を使う意味が分からない。

 ヴィンテージが流行ってんのか。


「私の能力は弾道を修正することと、特殊な銃弾を生み出すこと」


 隊長が変な方向に銃口を向け、ごめんねと呟いて引鉄を引く。


「ぃやああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 銃口から見て30度程ずれたところにいた紗枝に命中する。

 兎の飛びつきに微動だにしなかった紗枝が30mくらい吹き飛ぶ。


「すごいな。そんなに曲げられんのか」


「ええ。さすがに正反対の向きとかは無理だけどね」


 隊長が苦笑しながら言う。

 兎という雑魚相手だが、さっきまでの雑談と声が変わらない。


 いや、かすかに揺れている感じがする。


 隊長であろうと気を張ってるのか?


「ちなみに私がリボルバーと普通の拳銃を持っているのは、実弾と能力の弾丸を使い分けるため。

 今使ったのは着弾した瞬間に衝撃を生み出す弾丸ね。

 他にも煙幕を張ったり、閃光を発したりとか色々できるわ」


 隊長は骨董品だけじゃなくて、普通の拳銃も使うのか。

 そういえばホルスターは二つつけていた。


 普通の拳銃は弾丸をマガジンに込めて使う。

 特殊な弾を使うならリボルバーのほうが弾を入れ替えやすいってことか。


「へぇ。使い勝手がいいな」


「そうね。色々できすぎて、私自身扱いきれてない部分もあるわね」


 紗枝のバリアを突き抜けて吹き飛ばしたのも能力の影響だろう。

 なんにせよ後方からの支援としてはこれ以上ない能力だ。


「それよりも紗枝の扱いがひどくないか」


 兎が密集しているところに放り込まれて、ある程度間引きしたら隊長に突き飛ばされる。

 見ていてイライラする奴だが、少し不憫に思う。


「……ええ。そうね。私もこの扱いはひどいと思ってる。

 けど、紗枝ちゃんの希望でもあるから……」


「……そうか」


 少し興味はあるが、今これ以上踏み込んでも教えてはくれないだろう。


 まあ、これが最後の任務だからもう知る機会はないだろうが。

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