第7話 能力者の戦い2

「下田。岩藤が上がった分だけ飯田と立川を上げろ。少し離れ過ぎだ」


「わかりました。まだ討ち漏らしがいますが…」


「掃除はこいつにやらせる」


「わかりました」


 隊長がそっちも大変だなというような目でこちらを見て、支援に向かう。


 銃撃で牽制して、二人が前に出られるようにする。


 隊長は二人の討ち漏らしを処分しつつ、二人の進路にいる兎を撃って動きを止める。


 ある程度前に出たら、再び紗枝を飛ばし更に前線を上げる。


「優秀だな。あの隊長殿は」


「ああ。能力もそうだが、なにより視野が広い。優秀だよ」


 教官がゆっくりと歩き始める。


 途中に兎がいるが、銃撃してこちらに気を向けさせる。


 当然飛びついてくるわけだが、ひらりと避ける。


「あんただったら倒せるだろうに」


 兎は避けた先にいた私に飛んでくる。


 この誘導のうまさは、さすがは歴戦の戦士といったところか。


「魔力使うと疲れるんだよ。抑制剤打ってるから仕方ないんだがな」


 制服の内側に括り付けたナイフですれ違いざまに兎を切り裂く。

 刃渡りが短いので真っ二つとはいかないが、兎を仕留める分には十分だ。


「あと、お前がいるんだから使わないともったいないだろ」


「やっぱり横暴だぁ」


 肩をすくめて少しおどける。まあ、このくらいであれば別に構わないが。


「それで」


「なんだ」


「あぁ!もう。最後の能力だよ!あのうるさい奴の」


「ふん。気になるのか。今日で退学するつもりのくせに」


「ああ。気になるね。これまで能力者とはあまり関わってこなかったんだ。悪いか」


「だったら学園に残ればいいだろうに。考え直してくれたか」


「やだ。学園にいたらこの隊にも所属になるだろ。それは面倒くさい」


 授業に出て、宿舎で過ごす分には構わないが、隊の連中と仲良しごっこをするのは疲れる。


 それなら廃墟区画に戻ったほうが断然ましだ。


「強情な奴め」


「ふん。悪かったな」


「それで、立川の能力だったか」


「ああ。教えてくれ」


「あいつの動きをよく見ろ」


「……?」


 教官に言われて、葉月を注視する。


 薙刀を大胆に振り回している様はのびのびしていて、あいつの印象通りだ。


 刃を振り下ろしたかと思うと、柄を少し動かして、石突で後ろから突っ込んできた兎をかちあげる。


「なんだあれ」


 葉月の奴が妙な動きをした。


 石突でかちあげた際に兎の勢いを受けて薙刀を離しそうになった。無理やり握っていれば手首を捻挫するだろう。


 だが、葉月は得物を離さなかった。それどころか得物と一緒に一回転した。


 能力者だから身体能力がどうとか、そういう次元じゃない。


 腰を落とすとかそんな予備動作が全くなかった。予備動作なしにいきなり宙返りなど、出来るはずが無い。


「あの動きは無理だろ。どうなってんだ」


「あいつの能力を使ったんだ」


「だからどんな能力だ」


「ふん。奴の能力は加速だ。

 奴は瞬間的に自分の体に推進力を生むことができる。

 奴の全身にブースターがついているようなもんだ。思った通りの場所から、思った通りの方向にブースターを吹かして加速する。

 それが奴の能力だ」


「加速……」


 ふむ。


 確かにそれならさっきの動きもうなずける。


 全くの予備動作なしに宙返り。


 それも可能だろう。理論上は。


「あいつ、どれだけ繊細な操作をしてやがる」


 教官の説明によると葉月の能力は全身にブースターがついているようなもの。

 

 つまり、一つの方向に対して加速を行うということだ。


 同居人に見させられた子供向けの科学番組を思い出す。


 白いひげを蓄えた髪の薄いおっさんが色んな科学実験をするという奴だ。


 おっさんのまくしたてるような、それでいて楽しそうなしゃべり方が頭のねじが吹っ飛んでいる感じがして面白かった。


 その中で、ペットボトルロケットの実験があった。


 おっさんは何を思ったか、ペットボトルロケットを背負って空を飛ぼうとした。


 その結果、体勢を崩して床に顔面から突っ込んだ。


 実験をするときは気を付けようと、血を流しながら笑顔で言っているのが最高だった。

 周りのスタッフが焦って手当をしているのが、おっさんのいかれっぷりを引き立てていた。


 話を戻すが、葉月の野郎はペットボトルロケットを背負って、その噴射で宙返りをするというような馬鹿げた真似をしたのだ。


 いや、正確には色んな方向を向いたペットボトルロケットをいくつも背負ってといったところか。


 どちらにせよ普通ではありえない。能力をとんでもなく精密に操作しなければならない。


「あのうるさい奴が、加速なんて大ぶりな能力を繊細に操作とか詐欺だろ」


「といっても制限はあるがな」


「制限?」


「ああ。慣性ってやつだ。全力で走って急に止まろうとすると負担がかかる。逆に止まった状態から急加速した場合も体に負担がかかる。

 立川の能力は加速することはできるが、突然速さが変わったことで体にかかる負担までは軽減できない。つまり、能力を連続で使うことも出来ないし、とんでもない加速をすることも出来ん」


「……随分使い勝手が悪くないか?」


「ああ。使いにくい能力だろうよ。

 だがあいつはうまくやってるもんだ。動きは大振りで一見隙だらけに見えるが、加速という能力でカバーしている。

 危険を感じたらすぐにそこを離れる。逆に相手は逃げることができない。加速してすぐに距離を詰められてしまう。

 体捌きは大雑把だが、能力の使い方は繊細だ。必要なだけの推進力をぴったり発生させる。天性の感覚の持ち主だ」


「あんたが褒めると気持ち悪いな。

 だが、まあ、分かる。あいつの動きはかなりのもんだ」


 大胆でいて繊細。


 体を持っていかれるほど得物を大振りに振り回す。

 

 そうなると当然体が得物に引っ張られてしまうこともある。しかし、前動作なしに体を得物の方向にスライドさせ、同時に兎を切り捨てる。


 一見すると無駄の多い動きに見えるが、任意の方向に加速することで攻撃の手を決して止めない。


 基本的な得物の扱いは人から習ったものだろうが、能力との組み合わせは自身で築き上げたものだろう。


 全くもって大したものだ。


「そういうわけでお前にも期待していたんだがな。思っていた通りナイフ捌きもなかなかのもんだ」


「はっ!なんて言われてもここに残るつもりはねーよ」


「それは残念だ。私が褒めることは滅多にないんだが」


 鉄面皮がよく言う。確かに能力者とその能力は興味深いが、関わらずやっていくことも出来る。


 任務が終わればさっさと立ち去ることにしよう。

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