第4話 人の名前なんて覚えられない

「着いたぞ」


 教官が到着を知らせる。結局、あの後会話は一切なかった。

 これ以上の説得は無駄だと諦めたか、こちらが条件を呑むつもりとわかったからかは分からない。だが、変に追及されるよりかは静かなほうが面倒がなくていい。


「駐屯地か」


 天幕が張られ、ところどころに土嚢が積まれている。そこを軍人が行き来していた。


「そうだ。車はここまでだ」


「不便だな。もっと先まで整備してもいいだろうに」


「アーコロジーから離れる程警備が薄くなる。魔物の襲撃のせいで道の整備も大変なんだよ」


 駐屯地を突っ切る教官に着いていく。忙しそうに動き回る軍人全員がこちらを目にした途端に、直立不動で敬礼する。居心地の悪いことこの上ない。


「あんた、どんだけ怖がられてんだ?」


 挨拶の仕方が悪いとか言ってしばいたのだろうか。うん。簡単に想像できる。


「逆だ」


 敬礼に応えず前にぐんぐん進む教官がつぶやくように言う。


「逆?」


「ああ。能力者と一般兵では魔物の対処能力が全然違うからな。能力者の機嫌を取っとけば襲撃の時に優先して助けてくれるかもしれない。そういうことだ」


「結局怖がられてるじゃねーか」


 能力者の不況を買えば戦場で見捨てられるかもしれない。そうならないように挨拶しとこうってわけだ。


「大概の能力者に対する軍人の対応はそうだ。お前も敬われていると勘違いしないように」


「はいはい」


 ここにいる軍人にどう思われようが構わない。だが、変に注目されるよりかは無視してくれたほうがましだ。

 それより気になるのは教官の言葉が尾を引くような感じだったことだ。釘を刺すように話を持って行ったが、何か別に思うところがあるのだろうか。

 さっきの教官の声をもう一度思い出そうとするが、教官が天幕に入っていったため中断される。


「準備は済んだか」


「はい。終わりました」


「おわったけどさー、軍人さんと関わるのが面倒だからって、私たちに投げるってひどくない?」


 中には学園の制服を着た少女たちが4人いた。


 最初に事務的な返事をしたのは長い髪を一つに結んだ娘だ。内容はそっけないが柔らかい声。眉尻は下がっていて、もめごとを嫌いそうな顔立ちをしている。先ほどの返事も誰かが教官に答えねばならないという義務感からのものだろう。


 次にぼやくように言ったのは長い髪を下した長身の娘だ。何とは言わないが全体的にでかい。私の目線の位置に口がある。でかい。


 顎がやや上を向いていて、自分を強く持っていそうな顔つきをしている。


 気になるのは声がやや上ずっているような感じがしたこと。場を和ませようと無理をしているのか?


 残りの二人は髪が短い。ショートカットというやつだ。


 一人はおどおどしたような感じだ。今も教官と他の隊員で話をしているが、会話に加わろうと、口を開こうとしてはおずおずと閉じている。面倒そうなやつだ。


 もう一人は目を覆うようにして包帯を顔にぐるっと巻いている。盲目の能力者が学園にいると聞きかじった覚えがあるが、きっと彼女のことだろう。


 こちらも会話に参加していない。だが先ほどの娘とは違う。


 そもそも会話に加わろうとしていない。目が隠れているからはっきりとは言えないが、こちらをじっとうかがっているような感じだ。少し気味が悪い。

 その他に特筆することがあるとすれば刀を腰に佩いていることか。


「……というわけで今日から我ら紅巾隊の所属となった、関川美里だ」


 色々と考えているうちに何か喋っていたらしい。なんやかんやあって私のことを紹介しているようだ。

 全員がこちらを見ている。教官がお前の番だとでも言うように、軽く顎をしゃくってくる。


「あんたの隊って紅巾隊っていうのか」


 古臭くてダサい感じだ。


「…私も嫌なんだがな。勝手につけられて、いつの間にか浸透していた。任務から帰投すると返り血で真っ赤になっているからだそうだ」


 教官が嫌そうに答える。


「いや、ぴったりだ。すごく納得した。古臭い感じなのも含めてお似合いだ」


「黙れ。お前もこれからは紅巾隊を名乗ることになる。あと、さっさと名前を言え」


 黙れと言ったり、名乗りを上げろと言ったり矛盾していないか。いい加減教官の目が怖くなってきたので触れないが。


「……関川だ。よろしく」


「それだけ!?もっとなんかあるじゃん。ほら、意気込みってやつとか、どうしてこの学園に来たーとか、仲良くしよーねーとかさぁ」


「このうるさいのが立川で、そっちのおっとり系美人が下田。包帯のちびが飯田で、もう一人のちびが岩藤だ」


「ひどいぃ…。自己紹介くらい自分でさせてよ」


「わかった。下田と田中と佐藤と加藤だな」


「あってない!タイチョーしかあってない!!」


 人の名前なんて覚えられない。4人だし1週間くらいかかるだろう。その前に私はいなくなるが。


「親睦を深めるのは歩きながらにしろ。行くぞ」


 隅に固められていた背嚢をひょいと背負って教官が動き出す。背嚢の他に薙刀とライフルが置いてある。他の連中の得物だろう。


「関川さんよろしくね。下田よ。一応、隊長をしているわ。関川さんのことをもっと聞きたいし、私たちのことを知ってもらいたいけど、とりあえず行きましょうか」


「ああ。そうしよう」


 適当に返事をする。

 でかくてうるさい奴は口を尖らせながら、おどおどした小さいのは自分が声を出していいのか迷いつつ所在なさげに、包帯野郎は短く返事をして、教官の後を追った。

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