第3話 許されなかった

「そういうわけで、今は人類の危機。生きるか死ぬかの瀬戸際だ。退学は認めん」


「チッ。覚えていたか」


 適当に煙に巻いてやろうと思ったが、そうはいかなかった。

 私は能力が覚醒して暴走しているときに教官たちの部隊に保護された。そういった経緯がある以上、学園の監視下から去ることを認められない。そんな事情もあるのだろう。

 仕方ない。戦闘中にはぐれて、行方不明なり戦死扱いなりにしてもらおう。


「とは言ってもだ。お前のことだ。戦闘中にいなくなって、死んだことにして廃墟区画へ戻ろうだとか、そんなことを考えているのだろう」


「あんたすげぇな。エスパーか」


「お前を保護したのは私だ。それに3か月間お前のことを見てきた。そのぐらいのことは分かるつもりだ」


「ふーん。なるほどねぇ。知られていてもやることは変わらんが」


 こちらも3か月間、教官の力量を測ってきた。延命のため抑制剤を打っているから能力を使うことはできないだろうが、なかなかの強敵だ。経験からくるだろう先読み能力がすごい。


「あんたは強いよ。何より勘が鋭い。壁の周りでぬくぬく育った温室栽培かと最初は思っていたが、廃墟区画の中心付近でも生きていけるだろう。そのくらいやばい奴だ」


 アーコロジーの外といっても特別治安が悪いというわけではない。魔物を対処するための軍が常駐しており、それは治安機構としても働いている。


 だが、廃墟区画は別だ。表の世界では生きていけない者たちの吹き溜まり。そこは力が全ての世界。法の支配を逃れた世界。倫理観などかけらもない。


 そして廃墟区画は中心に近づくほど危険だ。ちょっとした好奇心で廃墟区画の中心近くまで行ったことはあるが、あそこはやばい。空気が重くて毛が逆立つ。思い出しただけでも毛穴が引き締まる。


 教官はその空気になじむだろう。それどころか、教官の力量は周囲の空気を飲み込んでしまうかもしれない。それでもだ。


「あんたもあたしのこと分かってるだろう。あんたがどれだけ目を光らせたとしても、あたしはそれをすり抜ける」


 こっちも保護される前までは廃墟区画で生き延びてきたのだ。中心からはかなり遠い場所だったが。それでも教官の隙をつく位はして見せる。


 変化を前にして少し浮ついていた心が落ち着いてくる。血のめぐりが重くなり、心臓がずんと沈む。前から決めていたことだが、腹が決まった。もう学園には戻らない。


「そうか」


 上ずったような声で教官がつぶやく。三か月の間教官とは長時間関わってきたが、あんなに細い声は初めて聞いた。諦めのにじんだ弱い声。普段の無機質さからは考えもつかない声に、思考が止まる。


 呆けているうちに、教官がこちらに向けてポイっと何かを放る。


 反射的に受け止める。手のひらに収まるくらいの筒だ。


「発動体だ。使い方は知っているな」


 表面だけ硬い無機質な教官の声。戻っている。

 

 発動体は魔力を流すとエネルギーの刃が実体化する。ビームサーベルとかライトセイバーとか呼ぶ奴もいる。

 軍の制式装備だが、魔力を食うので学園ではあまり使われていない。携行性という点では最高なのだが。


「あ、ああ。まぁ。それは」


「正式な入隊はまだだからな。しばらくはそれで我慢しろ」


「お、おう。そりゃどうも」


 いや、そうじゃない。


「どういうつもりだ」


「どうもこうもあるか。魔物に丸腰でやりあうつもりか?」


「あんた聞いてたのか?あたしは学園を出てくって言ってんだぞ」


「ああ。そのようだな」


 先ほど見せた弱弱しさは一切ない。明日の夕食の話をしているかのような軽さで、いつも通りの薄く強い声。


「だったらなぜ発動体を渡すんだ。安いもんじゃないだろ」


「ふん。そんなことか」


 どうでもよさそうに鼻を鳴らす。


「お前を保護したのは私だ。お前がどうしようが勝手だが、野垂れ死なれたら寝覚めが悪い。一度助けてしまった以上はある程度面倒を見るつもりだ。お前は廃墟区画へ戻るつもりのようだが、手ぶらで帰すのは気が引ける。だったら、学園の備品位やろうってわけだ」


「備品だから懐は痛まない。着の身着のまま放り出したわけじゃないから、見捨ててない。そう言い訳ができるってか」


「そういうことだ」


「ふん」


 面倒くさくて器用な人間だ。だが、そういう落としどころの作り方のおかげで今も普通に生きているのだろう。

 学園の教導官である以上、周りの人間はいつ死ぬかもわからない。その死を前にしたときのために、自分は精一杯のことはしたという慰めを用意しておく。


「とは言ってもだ。お前もこの三か月間少しはましな生活をしただろう。宿代くらい払っていけ」


 教官のスタンスを考えているうちに話の流れが変わった。これはあれだ。こっちにとって悪い話だ。こういう時は駄々をこねるに限る。学生の、ひいては子供の特権だと何かの本に載っていた。


「やだやだやだ、やぁだー。もう、おうちかえるぅ」


 狭い助手席で力の限りじたばたする。車が揺れて楽しくなってくる。

 少しハイになっていると、突然急ブレーキがかかり、額を打つ。


「いってぇ」


「すまん。子供が急に飛び出してきた。あとシートベルトを締めたほうがいいぞ」


 すました声で悪びれずに教官が言う。ここは軍の管轄域のはずだから子供なんているわけがない。仮に轢かれたとしても避けなかったほうが悪い。そんなふざけた論理がまかり通る場所だ。


「あぁ、クソ。じんじんする。というか、シートベルトはするなって最初に言ってただろ…!」


 何度か車に乗る機会があったが、ベルトはつけるなと言われた。曰く、魔物が来た時にすぐ対応できるようにとのことだ。


「そうだったか」


「汚い。さすが大人。汚い」


「そうだ。大人は汚いんだ。その発動体も発信機がつけてある」


「じゃあいらね」


 発動体を捨てようと手首をそらすと、また急ブレーキをかけられる。


「ぬぉおおおおお…」


「すまん。道を間違えたかと思って止まったが、そんなことは無かった」


 痛い。完全に油断していた。星が飛ぶとかいうやつを久しぶりに体験した。


「今回の出撃が終われば、報酬として発信機を外してやる」


「いや、それならやっぱいらん」


 またブレーキを掛けられるが、さすがに読める。


「同じ手は二度も食らわんよ」


 実際には二回やられてしまったが、それもご愛敬だ。誇らしげに教官を見下ろす。いい気分だ。


「ふんっ」


 肩をバシッと叩いてきた。


「うぉっ…。何しやがる」


「何かイラっとしたから殴った。以上だ」


「暴力はんたーい」


 とうとう言いつくろわなくなった。後でやられた分を返さなければ。


「お前も普通の学生ってやつを楽しめただろう。一回くらい私らに付き合え。これからやる任務一つでいい」


「ふん」


 鼻を鳴らしてそっぽを向く。確かにここ数か月は穏やかに暮らせた。普通の学生だったかは疑問だが、自分一人では手に入れられなかった日々だ。廃墟区画は一度入ってしまうと自力で出ることは難しい。

 保護してくれたことに感謝していないということもない。

 このまま消えてしまってもいいが、少し悪いことをしたという感情がしこりのように残ってしまうだろう。

 仕方ないから最後に付き合ってやるとしよう。何か腹立つから返事はしてやらんが。

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