ダークサイド・ヴァンパイア

@windrain

ダークサイド・ヴァンパイア


 港にある倉庫の中。


 暴力団の組長がソファーに座り、周りには多数の組員がいる。


 そして、椅子に座ったまま縛られている、20代と見られる女性。


「おい、まだ連絡はないのか?」

組長がイラつきながら言う。


「3時までに金を用意して、用意できたら連絡するという事になっていますから、あと1時間以内には連絡がくるはずです」

若頭が説明する。


「あと1時間も待つのかよ」組長はますます苛立っている。「先にこのお嬢を始末しちまうか?」


「いや、さすがにそれは・・・」

 組長の気の短さには、若頭も辟易していた。身代金を受け取る前に始末するなど、言語道断だ。

 しかし、若頭が止めるのをわかってて言ってるのも承知している。この人は、こうやって組員にも釘を刺しているのだ。裏切り者は許さねえぞ、と。


 そうやって、組員を力ずくで押さえ込んできた人だ。人望がないこの人は、こうやって部下を締め付けることでしか、組をまとめることができない。


 まあそれも、若頭の俺の手腕があってこそなんだが。


 それにしても待たせやがる。仁義を知らない弱小組長に、この世界の掟を教えてやるだけのこと、たいした金額を要求したわけでもないのに、いつまで手間取っているんだ?


 倉庫の照明がチカチカと瞬いた。


「おい、こんな暗いとこで、照明が落ちるんじゃねえだろうな?」

組長の声が少し上ずっている。

 若頭は組長が暗闇恐怖症で、寝るときも明かりをつけっぱなしなのを知っている。そんなに騒ぎなさんな、ちゃんと威厳を保てよ。


 ん?2階に上がる階段に誰かいるぞ?


「誰だ、お前は!」

若頭はショルダーホルスターから銃を抜き出し、そいつに銃口を向けた。


「俺の名は『ダークサイド・ヴァンパイア』」


 ロングコートを纏ったその男は、言いながらゆっくりと階段を降りてくる。30歳前後に見えるその男は、勝手に話を続ける。


「まあ、『ダークサイドって言わなくても、ヴァンパイアは最初からダークサイドだろ』というツッコミは置いといて」

階段を降りきったその男は、ゆっくりと組長の方に歩いてくる。

「とりあえず、お嬢さんと俺を人質交換してくれないか?」


「お前、どこから入ってきた?」

 若頭の問いに、男は、

「上から」

と天井を指差した。


 そんなはずはない。機材が動く音は一切しなかった。ということは、俺たちが来る前からここに潜んでいたことになる。


 だが、俺が身代金を要求する電話をかけたのは、この倉庫に入ってからだ。それより前に人質の行方を察知して、先回りできたはずがない。


「お前、何者だ?」

「おや?今名乗ったばかりなんだがな。もう忘れちゃったのか?」


何だ、この度胸の座り様は。銃を向けられてるんだぞ?


 若頭は威嚇発砲した。だがその男はひるむ気配がない。


 と、その時、もう一発銃声がした。


 銃弾がその男に命中したのか、男はその場に仰向けに倒れた。


 組長の銃から硝煙が出ている。


 ああ、やってしまった。組長自ら手を下してしまったよ。普通、そういうのは手下にやらせるだろう・・・。短気すぎるんだよ。


 また照明がチカチカと瞬いた。すると、射たれた男がむくりと起き上がった。


「俺が死んだら、お前たちより上の広域暴力団が、お前たちを潰しにかかるぞ。なにしろ、色々と恩を売ってるからな。だが」

男はそこでニヤリと笑う。

「俺を殺すのは不可能だ。ヴァンパイアなんだからな」


 若頭はとっさにネックレスを取り出し、男に突きつけた。銀の十字架だ。


「ぐはぁっ!」


男は苦しみだし、ひざまずいた。おお、本当に効果があるのか!


「な~んてな!」男は笑みを浮かべて立ち上がった。「ファッションで身につけている十字架なんて、効かねえよ」


「いや、俺はクリスチャン・ネームがある本物のクリスチャンだ」


「げほぉっ!」

男は再び苦しみだした。


「・・・って、ふざけてんじゃねえぞ!効かねえって言ってんだろうが!」


「動くんじゃねえ!」組長が人質に銃を向けて言った。「人質を殺すぞ!」


 ヴァンパイアを名乗る男は、うんざりした様子で答える。

「それ、もう2回やってるから。何回やっても無駄。殺す前の過去に、俺が戻れるから。戻って何度もやり直せるから」


 組長はそれを聞いて顔面蒼白になった。

「まさか、あんたは・・・『闇の探偵』?」


「あー、それ言っちゃダメ」

男は慌てて口止めしようとする。


「『闇の探偵』とか、『世界一有能な探偵』とか、『冥界から来た探偵』とか、『冥府魔道に堕ちた男』とか、『愛のためにバケモノになった男』とか、今回は『なし』だから。今回の設定は、あくまでも『ダークサイド・ヴァンパイア』。血ぃ吸っちゃうぞ!」


 一同、ポカンとしている。


「おみそれしやした!」

組長が急に頭を下げた。

「組長?」

若頭が戸惑っている。


「馬鹿野郎、このお方を誰だと心得る!早くお嬢さんの縄をほどいて差し上げねえか!」


 水戸黄門か?暴れん坊将軍か?


 組員が、言われたとおり女性を解放すると、女性はヴァンパイアと名乗る男に駆け寄って、抱きついた。


「じゃあ、シャッター開けてよ」

ヴァンパイアが言うと、

「へい。オラ、さっさと開けて差し上げろ!」


組員がシャッターを開け、出て行く二人を全員でおじぎして見送った。




「お嬢さん、さっきから何やってんすか?」

「キスに決まってんじゃな~い。ねっ、これからラブホ行こっ♡」

 なんてこった。お嬢さんは、とんだ淫乱娘だった。


「お父様に叱られるよ」

「ねえ~、ヴァンパイアなんでしょ?私の血を吸って♡」

ダークサイド・ヴァンパイアは、深いため息をついた。

「やめてくれよ。せっかく今回は久しぶりに成功報酬をもらえると思ったのに、そんなことされたらもらえなくなってしまう」




 ヴァンパイアかどうかは別にして、彼がモンスターであることは間違いない。


 彼は生まれてから今までの、いつの時代のどの場所にも行ける。戦争や災害規模の被害はどうすることもできないが、一人二人の人間ならば、彼が過去を変えることによって救うことができる。


 それは彼が既に死んでいる人間だからだ。彼は冥府魔道に堕ちた悪霊から、その能力を引き継いだ。


 そして、彼が成仏するためには、この能力を誰かに引き継がなければならない。


 それまでの間、彼はこの世と冥界の間をさまよい続ける。


 彼の名は沢木憂士(さわきゆうし)。

 裏社会で彼は、『ダークサイド・ヴァンパイア』ではなく、本当は『闇の探偵』と呼ばれている。・・・多分。



    (終)

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