通りゃんせ

白兎

第1話

 都会の街中まちなか、通りを多くの人が行き交う。大きなスクランブル交差点。歩行者用の青信号の点滅。まだ渡り切らない人々。歩行者信号は赤へと変わる。そこへ、暴走した車が侵入し、人々を撥ねた。数人が怪我、一人死亡。


 都会では、事件事故は日常茶飯事だ。


 夜の遅い時間に二人の若い女が、ほろ酔いで笑いながらマンションのエントランスまで来た時、スマホの着信メロディが流れた。

「え? 何これ?」

 女は自分のスマホを見て驚いている。画面には相手の名前の代わりに「・・・」と出ている。

「誰から?」

 隣の女が覗き込んだ。

「何これ? 誰?」

「知らない。この着信音も設定していないよ」

 女は怖がったが、隣の女は、

「貸してみ」

 そう言って応答した。

「もしもーし。あんた誰? 悪戯とか迷惑なんだけど。こういうのやめてよね……」

「萌?」

 スマホで話している友人に向かって女が言った。萌と呼ばれた女は、目から赤い涙を流していた。その後、鼻、口、耳から出血して倒れた。

「萌ー!」

 女は友人の名を叫んで、その場にしゃがみ込んだ。



「それで、あのスマホはあなたの物で、友人の高梨萌さんが電話に応答したと」

 刑事の質問に女は頷いた。

「相手は知らない人で、設定していない着信音だった」

 女は頷く。

「どんなメロディでしたか?」

 それには答えなかった。女はまだ怯えている。目の前で友人が異常な死に方をしたのだから無理もない。


 そこへ連絡が入った。

「また、原因不明の出血で通報です」

 その後も、同じような通報が後を絶たなかった。

 気が付けば、すでに百五十二件にもなっていた。すべての被害者は出血して死亡していた。

「どうなっているんだ?」

 ベテラン刑事の磯村が言葉を漏らした。どの事件も、スマホの通話中に出血している。

「通りゃんせです。着信音は通りゃんせです」

 若手刑事の津田が通報者からの情報を得た。

「こいつは新手のテロか?」


 一夜明け、刑事たちは休む暇もなく対応していた。もうすでに、三百を超える件数だった。

「死因は脳の破壊です。破裂しているんですよ、脳が」

 検死結果を一之宮が報告した。

「どういうことだ?」

「電磁波ではないかと思います。スマホから電磁波が出て、それが脳を破壊した」

 警察署はこの事実の情報を開示し、警戒を呼び掛けた。


 『通りゃんせ』の着信メロディには応答してはいけない。


 それでも、被害は増える一方だった。そして、ついに警察署内でも『通りゃんせ』の着信メロディが響いた。

「誰のだ⁈ 出るなよ!」

 磯村が言う前に、スマホを手にして震える女性警察官が応答をタップしていた。その目からは赤い涙が零れ、その後、鼻、口、耳からも出血して倒れた。

「皆スマホを電子レンジに入れろ! 早くしろ!」

 磯村はそう言って、女性警察官のスマホと自分のスマホも電子レンジに入れた。

「これで、電磁波は遮断されるはずだ」

 これは磯村の浅知恵だが、これで誰も応答は出来ない。


 しかし、これで終わりではなかった。今度は外から『通りゃんせ』のメロディが流れた。

「どこだ? どこからだ?」

 磯村が言うと、

「区内放送です」

 津田が答えた。

「おい、おい。やめてくれよ。嘘だろ? 電磁波を遮断するには何かないか!」

 誰にも電磁波から身を守る方法が分からなかった。とにかく、金属製の机の下に潜り込んでみた。

 『通りゃんせ』のメロディが鳴り止むと、区内放送のスピーカーからは、不快なノイズが聞こえた。

 警察署内は血で赤く染まっていく。生き残った者はいなかった。


 街中まちなかでもそれは同様に。


 街頭の巨大モニターの画像が乱れ、暗くなった画面に赤い服の少女が現れ、『通りゃんせ』を唄う。


 巨大モニターの前のスクランブル交差点には、多くの人が倒れていて、そこを赤い血で染めていた。


 歩行者用信号が赤になり、『通りゃんせ』のメロディが流れた。

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通りゃんせ 白兎 @hakuto-i

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