誰も知らない桃太郎

龍玄

桃、喰っ太郎

 昔々、あるところに爺様と婆様がおったとさ。爺様は山に芝刈りに、婆様は川に洗濯に。変わりない一日の始まりだった。そこへ川上からどんぶらこ、どんぶらこと流れてきた小熊大の桃で一変した。

「桃か?…。この辺りに桃のなる木などあったかのう」

 婆様は不思議に思いつつも向かってくる桃を川に入り、真正面からがっしり受け止めた。「よっこいしょ」。川岸に桃を移動させたが持ち帰るには重かった。婆様は家に帰り爺様の帰りを待った。


 「爺様、驚くなよ」

 「なんよ」

 「でっけい桃が流れてきただ。川辺に引き上げ置いてきたでよ、拾いに行くべ」

 「そ、そ、そりゃぁ、すんげぃ。早速、取りに行だ

 

 爺様は荷車を引いて婆様について行った。


 「ほんだぁ、でけ~」

 「じゃろ、さぁ、持って帰るべ」

 「ああ」


 ふたりは、桃を持ち帰り、囲炉裏の前に置いた。


 「晩飯の後に喰うだ」

 「だな」


 婆様と爺様は畑仕事に。ミケは襖の影から桃を不思議そうに見ていた。飼い主が居ない事をいいことにミケは、桃に近づき猫パンチを繰り出したり、揺さぶり遊んでいた。すると桃は囲炉裏に落ちた。皮の部分の一部が焼け桃は甘い香りのする桃汁を流し始めた。火が消え桃は一部、実が露出したまま冷めて行った。ミケはそっと近づきクンクン嗅いだ後、前足で桃の実に引っ掻いた。前足についた実を取ろうと舐めた。「旨い」。ミケは一心不乱で桃の実に食らい付いた。ミケの胃袋を満たすには十分すぎ、たらふく食った後、その場に寝込んでしまった。婆様と爺様が家に戻ってきた。すると桃が囲炉裏の中にあり、一部を喰われていた。驚いたのはそれだけではなかった。囲炉裏の側には、女の子が寝ていた。


 「誰じゃろ、この子」

 「迷子かのう」

 「腹が減っていてこの桃を喰ったのじゃろう」

 「まぁ、子供のした事じゃ、仕方ないわ」

 「でも、どうするかねぇ、この子」

 「まぁ、この子が起きてから親を探せばいいけ」

 「じゃな」


 婆様と爺様は、無邪気な子供の寝顔を微笑ましく見ていた。


 「そうじゃ、ミケはどこ行った、いつもなら出迎えるのに今日はおらんのう」

 「ほんに、どこにいったんじゃろ、ミケ、ミケ」


 すると女の子が目を「ふあ~」と覚ました。その子は爺様の纏わりつき体を擦り付け、婆様の膝の上で丸くなった。


 「何だねの子、やけに馴れ馴れしいというかミケみたじゃのう」

 「ほんに。ひょっとしたらミケじゃったりして」

 「馬鹿、言うでね。この子は人間の子じゃよ」

 「だな。でもミケはどこにいったんじゃろ、ミケ、ミケ」


と爺様が呼ぶと婆様の膝で丸くなっていた女の子が爺様に近づき、頭を摺り寄せてきた。


 「ほんにこの子はミケみたじゃな」


 爺様に懐く子を見て婆様はある想像をした。この子はミケだと。この桃はただの桃ではなく神様の食べ物ではないのか。それをミケが食べて、自分の事を人間だと思っているミケは人間になったのではないかと。だとすると人間が喰えばどうなるのか、と。その思いを爺様に伝えた。爺様は笑いながら、喰ったら猫になるんじゃないか、と酒を飲みながら笑い転げた。小馬鹿にされた婆様は爺様に腹を立てていた。爺様は抱き疲れた女の子の温もりと肉感の心地よさにその場で寝てしまった。婆様は、自分の考えを捨てきれないでいた。ミケが人間だと思って人間になったのなら、私は人間だから人間になる。でも、ありえない変化を齎した桃。婆様は、好奇心を抑えられなくなった。婆様はミケが喰った反対側の実を削いでみた。甘い香りがした。その時、恐さより好奇心が勝った。婆様は成りたい自分を思い描いて、パクリと桃の実を喰らった。「旨い」。その衝動は胃袋を満たす迄続いた。満腹になると眠気が襲ってきた。婆様は「どうにでもなれ」と言う気持ちと「まさか」と言う気持ちの狭間で睡魔に屈した。

 酔ってめていた爺様が目を覚ました。「おらぁ、まだ夢を見ているのか」と土間に行き顔を洗い、囲炉裏に戻った。「夢じゃない」。囲炉裏の側には女の子とうら若き女が寝ていた。しかし、着ていた物は婆様のものだった。「まさか」。爺様は思った。婆様の考えていたことが本当になったのかと。爺様はうら若き女を揺らし起こした。「どうしただね、爺様」。爺様は驚いて、「ひえ~」と声を上げた。その声は、明らかに若い頃の張りのある婆様の声だった。爺様はすぐさま鏡を持ち出し、「これをみてみぃ」と婆様に向けた。


「何だね…えっ、これ、私かね」

「うんだ」


 婆様は驚きながら経緯を爺様に話した。ミケが女の子になり婆様が娘になった。爺様は寂しさを感じずにはいられなかった。「おらも食ってみるだ」「そうしんしゃい」と婆様に勧められ爺様も若き自分、なりたい自分を思い浮かべて喰った。「旨い」。爺様もたらふく食った後、寝入った。婆様は爺様を見ていた。爺様の体が小さく蠢くと肌艶が蘇り、体も大きくなっていくのを見た。何度か脱皮を繰り返すように爺様の体は変異し、見違える程の若者になった。

 婆様は、変化がなくなった爺様を揺さぶり起こした名よ」

 「ああ、どうだ、若返ったか」

 「それはもう、ええ男じゃよ」


 爺様は鏡で自分の姿を確かめた。来ていた着物がきつく感じ、全てを脱ぎ去った。婆様はそれを見て自らの変化にも興味を持ち、着物を脱ぎ棄てた。爺様の目の前のうら若き女の裸像は眩しい程、美しく見えた。


 「折角、若返ったんだ、夢なら醒める前に試してみないか」

 「そうじゃな」


 ふたりは忘れていた営みをこの世の夢と思わんばかりに楽しんだ。日が昇り、お互いの姿を確かめるも変化が見られなかった。


 「これは神様の褒美じゃよ」

 「なんのよ」

 「貧しくても仲良く暮らしていた褒美じゃよ」

 「きっと、そうじゃな、有難い、有難い」


 爺様と婆様は、幾多も営みを繰り返し、やがて子を授かった。女の子になったミケは音で人間の言葉を理解していたものが脳まで発育し、言葉として理解できるようになっていた。授かったのは男の子だった。人間になったミケはその子を大事に自分の子のように育てた。女の子は村一番の器量よしとなり、村以外の男たちも人目見ようと訪れる程になっていた。評判は評判を読み、裕福な者や武家までも訪れるようになっていた。名前をミケから美華と変え、貢物で着飾り、爺様も婆様も名前を改め、新たな人生を手に入れていた。美華は踊りに唄を覚え、訪れる者を喜ばしていた。爺様と婆様の家は新築され、豪華な見世物小屋の様子を成していた。

 美華は跪く男たちを楽しく思い、その色香を存分に客人に披露して見せていた。成熟した美華は桃のように美しく、特にふくよかな尻に張り付いた妖艶さから、何時しか桃尻娘と呼ばれていた。

 爺様と婆様に授かった男の子は太郎と名付けられ、美華にご執心の名高い大名家に養子縁組などを経て武士となっていた。

 美華が二十歳、太郎が十八になるとお互いがお互いの妖艶さに魅了され、引き合い一線を越えた。その秘め事を隠し、美華はある有力な大名の下に側室として嫁いだ。その後、何事もなく過ごしていたが西軍東軍に分断する天下分け目の戦に巻き込まれる。その結果、美華と太郎は敵対する関係になった。美華の属する西軍が不利となり、命が危ぶまれた。それを太郎が救った。

 爺様と婆様は働くことを怠り、美華と太郎が家を出て行ってから蓄財を使い果たし、戦乱の中、野垂れ死んだ。美華を救った太郎は、追手から逃れ山中に身を隠していた。追われる恐怖心と目的を失った二人は、窮地を忘れるために営みに勤しんだ。

 やがて男の子を授かった。貧しくても幸せに暮らしていた。男の子が十五歳になった頃から様子が可笑しくなってきた。息子が乱暴になり、暴力を振るうようになっていた。美華と太郎は、婆様と爺様の御霊を弔うため地蔵を設け、息子の粗暴の悪さが治まるように祈った。その甲斐もなく、美華と太郎は息子の手に掛かり、生涯を終えた。息子は気が変になり、山奥に消えたまま誰もその姿を見る者はなかった。

 その後、ある池で話題になる出来事が起きた。人の顔をした魚が読売(摺物)の話題をさらった。その顔は、行方の知れなくなった美華と太郎の息子に酷似していた。



 

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