カルテ3:甘野知夏

 ランドセルにハンカチ、ティッシュ、上履き、リコーダー。

 向こうにいっても元気でやっていけるようにってお母さんが揃えてくれたもの。でも、この新しい街の学校には授業というものがなくて、それどころか通学班もクラスも何もなかったの。折角持ってきたリコーダーも、一緒に吹くお友達なんていなかった。

 だけど、知夏は寂しくなかったんだ。


「おーい知夏、ご飯の時間だぞ」

「はーい」

 凛子お姉ちゃんの声で慌てて自分の部屋を飛び出す。髪も綺麗に二つ縛りにできたし、朝からいい感じ。

 ここは知夏たち【特異】のために作られた人工都市の中にある廃旅館。たくさんの客室や大広間があるということで、今は【王国】ってグループの住処になっている。

 慣れた木の階段がキシキシと音を鳴らすのが心地いい。

 知夏の本当の部屋は「住宅地」にあるアパートに用意されているんだけど、そこで一人で暮らすのはいろいろ不安だったから、今は【王国】の住処で暮らしている。

 朝ごはんや夕ご飯は当番制で知夏は前の週だったから今週は凛子お姉ちゃんや朱実お兄ちゃんたちが当番かな。

 月曜日っていろいろな新しいことがやってくるから、なんだかとってもワクワクする。

「おはようございます!」

「あら、おはようございます、知夏さん」

 大広間に元気よく駆け込むと、襖に近い位置にいた女王様があいさつをしてくれた。だから、勢いよく隣りの座布団に座る。

 女王様は強くて凛々しくってそれから綺麗で優しいお姉さん。

 知夏が上級特異っていう怖い人たちに追いかけられている時に助けてくれたのも女王様で、知夏の将来の夢は女王様みたいになることだ。

 今日は女王様の隣の席をゲットできたから、とってもラッキー。

「いただきます」

 手を合わせて今日のご飯を見る。白いご飯にふりかけ、あと焼き鮭とお味噌汁。和食って感じなのは珍しいな。

 女王様は食べ方も綺麗で、鮭の骨を一本一本丁寧に抜いて食べている。知夏は口に入れた後に骨を出しちゃう食べ方だけど、いつか女王様みたいに食べれるようになりたいな。今日はあんまり時間がないんだけど。

「知夏さんは今日も学校ですか?」

「うん、今日は算数の勉強をするから楽しみなんだ」

 無法地帯にある学校は外の学校とはちょっと違う。パソコンでビデオを見てそれを元にテストを受けるだけ。

 勉強するとポイントがもらえてそれがお金になるから、バイトが出来ない知夏たち小学生はみんな学校に通っている。

 先生がいて、みんなで一緒に授業を受ける……ってことはなくなっちゃったけど……でもね、お友達はできた。

「おはようございます」

 と、か弱い声が聞こえたと思ったら髪がぼさぼさなままで目を擦る女の子が入ってきた。

「鈴波、おはよう」

「あ……知夏ちゃん、おはよう」

 鈴波は知夏の一個下の女の子。気が弱くてちょっと抜けているところがあるけど、心優しくていい子なの。後で鈴波の髪、整えてあげないと。

「おはよう……」

 また声が聞こえて振り向くと、フリルの付いた可愛い服を着た子が入ってきた。

「雪々、おはよう」

 この子は【王国】最年少で可愛い格好をしているけど男の子なんだよ。

 昔自分の能力でおうちを壊しちゃったことがあるから、可愛い女の子になることにしたんだって。

 女の子にも強い子はいるけど、力を押さえるためにイメージから入ることもあるって女王様が言ってたし、だったら知夏も雪々のイメージ作りのお手伝いをしなくちゃ。

「ごちそうさまでした」

 今日のご飯も美味しくて幸せ。

 こういう日がずっとずっと続いていくといいんだけどな。


「あ、住佳くんだ! おはよう」

 大事なリコーダーを持って鈴波と雪々と一緒に知夏たちの通学路を歩いていると、目の前に知っている顔があったから大きく手を振る。

 高居住佳くんは知夏と同い年の男の子。【王国】のメンバーなんだけど旅館には一緒に住んでいないんだよね……残念。

「な……こ、こっち来るなよ」

 こんなところで会えたのが嬉しくて駆け寄ろうとしたのに、住佳くんは知夏を見た途端何故か嫌そうな顔をして距離を取ろうとする。

 寝癖で髪がぴょこんと跳ねているよと言おうと思ったけど言える雰囲気じゃない。

「えー、なんで?」

「俺は群れるのが嫌いなんだって言ってるだろ」

 もう、住佳くんがなんだか怒ったような顔をするせいで鈴波や雪々も困っているよ。

 住佳くんはいつも群れるのが嫌だっていうけど一体何が不満なんだろう。

「んーなんで住佳くんは群れるのが嫌いなの? お友達はいっぱいいたほうが楽しいのに」

 知夏は友達いっぱいが嬉しいな。

「友達なんか……友達なんかいたって結局は裏切られるんだよ」

「あ、住佳くん!」 

 住佳くんは地面を蹴ると、そのまま軽々と垣根に飛び乗って、そこから木とか屋根に飛び移るようにして先へ行っちゃった。

 住佳くんは、もしかして過去に友達と何かあったのかな。知夏には分からない問題だ。

 ふと鈴波を見ると、

「住佳くん怖い」

 と言って震えていた。うーん、別に住佳くんは怖い子じゃないと思うんだけど、仲良くなれないのは悲しいな。


 その後は無事に学校に着いて、昇降口を通り過ぎて靴のまま教室に入る。

 知夏がいつも使うパソコンは決まっているから、そこに座って名前とパスワードを入力。ノートと鉛筆を出して、今日受ける科目を選択してヘッドフォンをしたら授業を受ける準備は完璧だ。やっぱり先生に教えてもらうよりかは寂しいけど……それも知夏が特異だから仕方がないんだ。その分女王様たちに会えたし、普通の小学生じゃ体験できないようなこともできているんだから、ちょっとくらいは我慢しないと。

 鈴波や雪々だけじゃなくて、隣りの席の子とか前の席の子とか友達がたくさんできた。

 いつかこの学校の小学生みんなと……ううん、小学生だけじゃなくて浮音お姉ちゃんたち中学生の人たちとも、高校生の人たちとも仲良くなりたい。その方がきっと毎日楽しいから。

 ああでも、今一番気になるのは住佳くんのことかな。

 住佳くんってどうしていつも一人で行っちゃうんだろう。あんなに寂しそうな顔をしているのに。

 昔仲のいいお友達と喧嘩しちゃったとか?

 そんな風にいろいろと考えていたらあっという間に授業のビデオを見終わっちゃって、気づけばお昼の時間になっていた。ぐうぅっとお腹が鳴る。

 ここの学校にはやっぱり給食なんてものもないけど、近くに学生用の食堂っていうのがあるからそこでご飯を食べるんだ。

 オムライスとかラーメンとか給食になかったメニューもあるから少し嬉しい。

 鈴波や雪々と合流して早速食堂に向かおうとすると、近くで誰かが喧嘩するような声が聞こえてきた。

「おい小学生、どうせ金もたくさん持っているんだろう。少しくらい分けろ」

「はあ? なんで俺がお前らなんかに」

 あ……この声は間違いない。住佳くんだ。住佳くんが三人の大柄なお兄さんたちに襲われている。どうしよう、助けないと。

 でも、知夏は戦えるような力を持っていない。誰かが怪我をした時くらいしか役に立てない。

 誰か助けを呼ぶ? でもここにいる人たちは誰も住佳くんを助けようとはしない。

 こういう時、女王様なら何ていうかな。どうするかな。必死に考えると答えが分かった。

 女王様は守るかどうかなんて迷わない。仲間が困っていたら最初から守るっていう選択肢しか持っていないんだ。

 ただそれだけじゃ一緒にやられて終わりだから……そういう時のために、女王様は。

「鈴波、雪々、力を貸して」 

 振り返れば二人は心配そうな顔で、それでもちゃんと頷いてくれた。

 女王様には近衛お兄ちゃんがいるように、知夏にも仲間がいるもんね。


「住佳くんをいじめないで!」

 知夏は両手を横に大きく広げて住佳くんの前に立った。

「は? なんだお前」

 ギロリと睨まれる。

「住佳くんはね、本当はお兄さんたちを攻撃できるくらいの力を持っているんだよ」

「それは脅しか?」

 目つきが険しい大きな身体のお兄さんたち……でも、怖くはないもん。知夏は【王国】の一員だから。

「ううん、そういうのじゃなくて……住佳くんはそれだけ強いけど絶対に人を傷つけないいい子なの。前に知夏が危ない目に遭った時も相手を傷つけないようにして守ってくれた」

 上級特異に襲われた時、偶然近くにいた住佳くんが身体を張って守ってくれた。だから知夏は住佳くんのことを【王国】に招待した。

「そんな住佳くんを傷つけるなんて、お兄さんたちかっこ悪いよ」

「な……ガキがゴタゴタうるせえよ。もういい、二人まとめて……」

 お兄さんは手を上げようとしたけど、その直後急に耳を押さえて蹲った。三人とも一斉に。

「なんだ、これ」

 鈴波は【音波の特異】で、特定の相手にだけ聞こえる超音波みたいなものを出すことができる。それでお兄さんたちは耳がキーンとなったんだ。

 鈴波はお兄さんたちが攻撃しようとしたら音波を出してってお願いしていたからナイスタイミング。

 そして知夏たちの反撃はこれだけじゃない。

「……雪々も戦えるよ」

 小さな声で呟いた雪々は右手を前に突き出した。

「は……?」

 直後、お兄さんたちを押し倒すような風みたいなのが吹く。これが雪々の【念波の特異】。うん、今回は力加減もうまくいったみたい。

 間違えると食堂ごと壊しちゃいそうだけど雪々ならうまくやってくれるって信じていた。

「逃げるよ、住佳くん」

「お……おい」

 住佳くんの手を握って駆け出す。よかった。やっぱりちょっと怖かったけど……何とか逃げることができたみたい。


 気づいたら空き地のように開けた場所にきていた。

 住佳くんは知夏の手を振りほどくと知夏のことを睨むように見てくる。

「なんで、なんで俺なんかを助けるんだよ……俺は別にお前なんかいなくたって十分強いし……」

 うん、そうだよね。住佳くんが本当に強いのは知っている。

「知ってるよ。でも、戦うつもりなかったでしょ?」

 思い切って地面に座ってみた。

 今日の日差しはとっても温かくてなんだかここで日向ぼっこしたくなっちゃう。

「ねえ、どうして住佳くんはみんなといるのが嫌いなの? それって能力を使わないことと関係があるの?」

 住佳くんは、かつて知夏を助けてくれた時も、今回も戦おうとしなかった。住佳くんは【重力の特異】で本当はもっと強い力が出せる。でも、使わないんだよね。

 問いかけても、やっぱり教えてもらえないかな……そう思っていたら住佳くんは何故か頭を抱えた後、

「そうだよ、関係がある」

 と、ぽつりと呟いた。

「それは……どうして?」

 やっと、話してくれる気になったのかな。

「まだここに来る前……友達を守ろうとして相手に大けがをさせてしまった。それで守ったはずの友達に言われたんだよ……化け物って。俺はまだ自分の能力を上手く扱えないし……これ以上誰かと慣れ合って惨めな思いをするのは嫌だ」

 それは……ショックだっただろうな。知夏も友達にそんなこと言われちゃったら悲しい。

 思わず住佳くんの手を握った。

「でも……じゃあ、もう大丈夫だね。だって知夏たちみんな【特異】だもん。住佳くんのこと化け物なんて思わないよ。それに、もし住佳くんが間違って相手を怪我させちゃったら知夏が【治癒の特異】で治してあげる」

 だから自分のことも、仲間を作ることも、どうか怖がらないで欲しい。

「……変な奴」 

 住佳くんはそっぽを向いてしまったけど、何故か耳は赤くなっている。何でだろう。

 でも、これで住佳くんとの距離ももっと近づいたようだし、嬉しいな。これからもっと【王国】の住処の方にも顔を出してもらえるとさらに嬉しいんだけど……それはもうちょっと先かな。

「って、そろそろ学校に戻らないと」

 まだ、受ける予定の授業が終わっていない。

「行くよ、鈴波、雪々、住佳くん」

「え、お、俺も!?」

 三人を連れて走り出す。

 

 外に住んでいたら給食を食べて、掃除の時間があって、それから五時間目の授業で……って時間割があったんだろうけど、もうこの無法地帯にはそういうのがない。ランドセルも上履きもお気に入りのリコーダーも使う機会がないけど……でも。

 こうして仲間が出来て日々新しい発見があるから、だから知夏は幸せだよ。 

 これからもずっとずっとこんな日常が続きますように。そう願わずにはいられないな。

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特異の子どもたち 無月彩葉 @naduki_iroha

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