第8話:第二陣の暴動

「御山所長、特異たちが地下道の方から進入してきたそうです」

「あら……午後四時を待たずにねえ。まあ想定内だわ。警備なんて突破されてしまうだろうから、上級特異を配置して。職員は最悪切り捨ててもいいわ。私たち研究員と研究資料が死守できれば」

 御山沙雪は白衣をきた男性に要件を告げると自身に割り振られた研究室に向かう。緊急事態と言えど彼女の足取りは軽い。

「うちの弟にできて私にできないことなんてない……そう思わない? 杏」

「……あなたの脳内が最悪だってことは分かるよ」

 今まで画面上でしか顔を合わせたことのない少女が目の前のベッドに縛り付けられている。それだけでも沙雪の中に何か熱いものがこみ上げるような気分になった。今更脳内を見られていたってどうでもいい。この少女は一時間後自分の思い通りの玩具になるのだ。

「私の弟、御山語は【洗脳の特異】でね、目を合わせた人を一瞬で思い通りにできる力の持ち主だった。いくつか制限があるけど……私はそれが羨ましくて仕方がなくて……弟を超える人間になるために研究者になったのよ」

「そしてその若さで脳科学の分野におけるトップに上り詰めた。で、私蛇穴杏と、ブレインと呼ばれる軽沢類を手に入れる」

「ええ。上々な報酬だと思っているわ。影が薄い子とか電撃の子とか、ましてやうちの愚弟はいらない。天才少女とあなたさえいれば私はこの企業を完全にのっとれる」

「その上で僕の思考が邪魔なわけだ。蒼井維吹との繋がりも」

「そういうこと」

 縛り付けられた蛇穴杏は沙雪から目を背ける。【王国】が動き始めたことは沙雪の頭から読むことができた。きっと彼らならある程度はOODを制圧することができるだろう。それは蒼井維吹との会話で聞いている。

 しかしいかんせんこの沙雪という女と画面越しでしか会話ができていなかったのは痛い。もっと早くに彼女に会っていれば……その思考を読んでいれば現在のOODの組織図を維吹に伝えることができたというのに。

 OODの動きが急に早くなったのは軽沢類が招かれたためではない。今自分を縛り付けているこのマッドサイエンティスト……そしてその弟こそが諸悪の根元だ。

「洗脳っていうのは? 科学的に証明できる仕組みで行うの?」

 苦し紛れに尋ねてみる。そうすれば、まず頭の中で答えてもらえる。次に言葉でも話してもらえるだろうがその前に杏は絶望することになる。

「【洗脳の特異】である私の弟がどんな仕組みで洗脳を行っているのかは分からない。ただ、私は海馬と前頭葉に介入するの。ロボトミーみたいに切断するわけじゃないけれど、ある種の電気を流すことによってそこを『初期化』する。他人と感覚を共有できる、特殊な脳を持つ【特異】を解剖して得た技術よ」

 実験のために殺されている【特異】がいる。それは知っているが、改めて聞くと随分とグロテスクに思えた。

「初期化して、あなたへ絶対の忠誠を誓うような単純な人格のみを植え付ける……と。それで僕をどうするつもり……って、なるほどね。自分に反抗的な心を持つ人間を排除することで独裁的な地位を獲得する。まあ僕があなたの操り人形になればできない話ではない」

 意思を持たず、都合よく他人の心の声だけ拾って口にする機械。それは、他者を牽制できる都合の良い武器に違いない。その機械が心も持たないのであれば、人を心を読んで傷つくようなこともない。いっそ自分の人格を手放しで沙雪の道具になってしまえば、それはそれで楽な生き方かもしれない、と杏は思った。

 けれどそうなった場合、打倒OODを掲げる子どもたちの道を今度こそ自分が阻む羽目になる。勿論今までも多くの【特異】の誘拐を手伝ってきた。その【特異】がどうなったかなんて恐ろしくて聞きたくはなかった。けれどやっとのことで巡ってきたチャンスを……自分の先輩が切り開いた道を自ら塞ぎたくはない。

「あ……」

 違う、と杏は気づく。

 自分が嫌なのは作戦を阻んでしまうことではない。もっと根本的なところだ。

 結局言えないまま置き去りにした気持ちを言えないまま終わらせてしまう。

 それが一番の心残りだった。

 そう考えている間にも何か注射が打たれ、意識が沈んでいくのが分かる。

 まだ、消えたくない。

 機械音を耳にしながら、ここから逃れる術を必死に考えた。

 意識が途切れる、その瞬間まで。



「たのもー!」

 そう言ってドアを軽々と蹴り上げた近衛はそのまま呆然と出てきたスタッフを殴り倒した。

「近衛、殺してはいけませんからね? 罪になります」

「分かってるって峰打ちだよ、多分」

 【王国】の第二陣。それは陽芽、近衛、維吹の三人が先陣を切る戦闘部隊だ。目的は簡単でOODの無力化。そのために壊せるものは壊し、倒せる人間は倒す。分かりやすい悪党だ。

 消防車のサイレンのようなけたたましい音が鳴り響くも気にしてはいられない。

「寧ろ今まで反乱が起きなかったのが不思議だよね」

「いえ……何度か起きてはいますわよ? 止められて処分されていただけで」

「あれ? 近衛ってOOD設立初期からいたんだよね?」

 近衛の発言に二人がつっこむ間にも彼らに向かってくる警備の攻撃が止まる訳ではない。ついに銃を持った人間が出てきた。

「こんなところで下手に銃なんて持ったら相打ちしちゃうけどいいの?」

 フードを払って色素の薄い紙をあらわにした維吹はサイレンに負けない程度に声を上げる。そうして周囲の注目を集めた。

「お互いを見て……そのまま発砲」

 維吹の言葉に従うように、廊下の左右にいた警備員たちが持った銃が仲間内で向き合う。そして彼が手を上げると同時に発砲音が鳴り響いた。

 いつも通り精神に干渉し、動きを操ったのだ。

「殺してませんか?」

「大丈夫、急所は外してるし死ぬことはないでしょ」

 落ち着いてさえいれば、維吹の前に銃は効かない。

「ひめちゃん!」

 悠々と通り過ぎようとした時、一番先頭を走る陽芽に誰かが暴発させた弾が飛んでくる。苦し紛れの渾身の一撃だったかもしれない。しかし陽芽には関係のないことだった。

「私に銃なんて効きませんわ」

 弾が貫いた肩からは血が流れるが、やがてそれも止まり、身体に入り込んだ弾は異物として外に出される。

 陽芽の特異は身体が再生するのみで痛みがないわけではない。しかし彼女は鉛が皮膚や神経を貫いた痛みさえも耐え切って不適に笑ってみせる。

「行こう、みんな」

 心配する近衛の背を押して、維吹は先へ進むことを促した。


「俺多分OOD自体は悪いやつらじゃないと思うんだよね」

「え?」

「記憶にないけど、最初のOODと今のOODって何か雰囲気違う気がする。うまくいえないけど」

 追加でやってきた警備員たちを蹴散らせながら近衛が呟く。

「そうですね。無法地帯の様子を見るに、最初は本当に私たちに安定した生活を与えようとでもしたのかもしれません。しかし今は違います」

 陽芽もナイフを使って接近してきたものをいなす。

「杏から聞いた話でも研究者がだいぶ権力握っているようだし内部で下克上でもあったのかもね」

 維吹の前にきた増援がその場で倒れ込んだ。全て彼の操心の力だ。

「いいな【操心の特異】って」

「楽じゃないよ。相手の精神に介入して身体制御を奪う。多数の人間に対して行うのはかなり頭使うし……本来相手の心に隙を持たせてからやりたいのにそうもいかない。下手したらそっちより疲れるかも」

 そういう割には維吹の顔は涼しげだ。

「俺だって身体使ってるんだから!」

 近衛は自分の目の前に来た敵だけではなく陽芽の前に来た相手も的確に倒していた。本人は峰打ちだというが本当に力のコントロールができているのかは定かでない。

 勿論後に続く【王国】のメンバーも相手の攻撃を跳ね返したり吹き飛ばしたりと順調だ。やはり第二陣の選出も完璧だった。ただ、それは相手が人間の武器である場合に限る。

「みなさーん、暴れるのはそこまでですよ!」

 上の階を目指す彼らの前に。ミニスカートを履いた今時の女子高生のような少女が現れる。

「ついに来ましたか……上級特異のみなさん」

 少女の後ろにも何人か子どもたちの姿がある。腕には白いナンバーリングが付いていた。それが、OODに忠誠を誓う上級特異の証だ。

 警備員と違って分かりやすい武器を持っていないため対策が練れないのが厄介だが、立ち止まってはここまで来た意味がない。

「手前の二人は私たちがやります。皆さんは先へ向かってください」

 陽芽は背後にいる仲間たちにそう指示すると姿勢を正して改めて二人で一セットと言わんばかりにくっついている目の前の敵を見つめる。

「お出迎えありがとうございます、上級特異さん」

「あなたにははじめまして、ですかね? 私は上級特異の起点活羅と申します。ああ、「かつら」ではなく「かっら」ですよ。ちなみに名前を逆から読むと「らっかんてき」。雨の日も風の日も楽観的に突き進む「らっかんてき子」なんてお呼びください。そして僭越ながらこちらはあなたのお名前を知っていますよ。菰野陽芽さん。【王国】の女王様です。いやあ、自ら女王を名乗るだなんてなかなか物好きな方ですよね」

 少女は長々とした自己紹介を一息で言い切った。まるで時間稼ぎにも見えるが一向に攻撃が来るわけでもない。

「まあ傷跡のつかない女王様でもビリビリを食らえばそのまま気絶しちゃいます。ってことで憂花さんお願いします!」

「話が長い」

 やっと活羅の話が終わったところで、背後に立つニット帽の少女が一歩前に出た。

「【消失の特異】の起点活羅と【電撃の特異】八代憂花。会うのは二度目だね」

 維吹は陽芽の隣に並ぶように立つ。彼女の攻撃は維吹の前で一度無効化されている。

「ふっふっふ、知ってますよ蒼井維吹さん。あなたは【操心の特異】。一度干渉されたらひとたまりもありません。では見えない相手の心は操れるのでしょうか」

 自慢げに言い放った活羅が憂花の手を握る。その瞬間、二人の姿が視界から消えた。

「操れるの? 維吹」

「あー……ちょっと難しい。俺の能力はテレビのリモコンみたいなものだから、テレビの位置が分からないと送信しようがな……つ」

 近衛の言葉に答えていた維吹がその場に崩れ落ちる。

「維吹さん!」

「電撃……?」

 どうやら憂花の電撃を喰らったらしいということは他の二人にも分かる。維吹が無力化されてしまえばいよいよこの二人の攻略は難しい。

「近衛、走りますわよ!」

「え?」

 陽芽は維吹の方を振り返ることなく走り出す。

 非常階段まではまだ100メートルほどの距離がある。近衛はともかく陽芽が逃げ切れるのかは体力差がはっきりしない限り断言できない。しかし彼女にはある自信があった。

「もし憂花さんが遠距離から確実に電撃を当てられるのであれば、わざわざ敵に接近してくることはありません。つまり彼女の電撃には距離制限があります」

 だから、立ち止まるよりは動いた方がいい。

「また、姿を消す活羅さんと常にペアを組んでいるということは、命中率も然程高くなく……近距離に落ち着いて立つ必要があるということ。逃げればその分追ってきます。そして」

「うわっ」

 陽芽たちの背後で活羅の声がする。彼女は消失を解いた状態でその場に転んでいた。同時に彼女と手を繋いでいた憂花もひきずられる。

「細い廊下で直線に走れば、おなじように真っ直ぐ追ってくるしかない。そうすれば、テレビのリモコンをどちらの向きに合わせればいいのかも分かるというものです」

 倒れた二人のさらに後ろに、膝をついた維吹の姿があった。

 電撃を受けたがあくまで痺れる程度で命に別状はない。大事な研究資料のことを、簡単に殺すような真似はしない……それは分かっていたことだ。

「とはいえもうちょっと距離があったら難しかった……ありがとう女王様」

 維吹は陽芽の逃げる方向と速度から活羅の位置を探り、見事足の動きを狂わせることに成功したのだ。とはいえ殆ど運頼りだったが。

「ひめちゃんってほんとハイリスクな道選ぶよねー」

「ええ。ハイリスクの方が面白くありませんか?」

 近衛は呆れながら活羅を押さえつけ、念のため持ってきていたロープ腕を縛って誰とも手を繋げられないようにする。

「くっ」

 また、近衛に手を伸ばした憂花のことは陽芽が押さえつけた。

「なん、で」

 そして憂花は目を丸くする。押さえつけられた際に流れで電流を流した。そのはずだった。それなのに陽芽は一切表情を崩さない。

「その程度の痛みが、私に聞くとでも?」

 陽芽は憂花の手を握ったまま離さない。

「私の推測ですが、あなたは接触する相手には然程の電気を流すことはできない。何故なら自分も感電してしまうから。任意の近場に電気を落とすならば維吹さんの時のように筋肉が硬直するレベルの電撃を流せるのでしょう。けれど今は驚かす程度の電流。離さなければいいだけの話です」

 陽芽の言葉に憂花が項垂れる。結局彼女の腕も縛られ、無力化されてしまった。


「ところで、あなたたちはどうして上級特異に選ばれたのでしょうか?」

 周囲に危機がないことを確認しつつ陽芽が尋ねる。

「そりゃあまあ……捕まった時にお願いしたんですよ。私はあなたたちの役に立てますよって。姿を消せる【特異】ってやっぱりほら、貴重じゃないですか。ものを運んだり諜報活動をしたり、応用し放題です。ただ私には戦闘力はなかった。そこで私を担当している研究者さんは言ったんです。この中から自分のペアとなる【特異】を選べ、なんて」

 相変わらず姿を消していない活羅はぺらぺらと喋る。いっそその差が不気味に思えるほどに。

「それでやっぱり私は同い年くらいの女の子がいいと思ったので憂花さんを選んで、そうしてこのビリビリ消失コンビが誕生したのです」

 活羅は胸を反らして満足げに言うが、憂花はどこか不満げだ。

 この二人は本当にコンビなのかと疑いたくなる。

「担当している研究者?」

 一方、陽芽は別のところでひっかかった。

「はい、上級特異って基本OODが契約している研究者や研究所単位で使役されているんですよ。勿論OODの仕事も請け負いますし横の関係もあったり臨機応変ですけど、一番のご主人は……私たちでいえば物理研究所の所長さんでして。臨床実験をしたり新たな被検体を捕まえてきたり、と、いろんなお仕事をやっています」

「では、今回侵入者対策をしようと指令を出したのは」

「多分研究者のトップですねえ。って、こんな情報敵に吐いちゃったら活羅ちゃん大ピンチなのでは!?」

 今更だ、と言わんばかりに憂花がため息を吐く。

「トップの研究者のお名前は分かりませんか?」

 陽芽に尋ねられ活羅は「いやーそれは言えませんねえ」とはぐらかそうとするが、近衛が肩を押さえつけると小さな悲鳴を漏らす。

「ゆ、憂花さん、ヘルプです」

「……脳科学を研究しているやつらが怪しい。あいつらはブレインを所有しているし蛇穴杏もあいつらの管轄。だからってあいつらのフロアはかなり上だし簡単に行けるとは思えない」

 平坦な声で答えた憂花はもう終わりとばかりに下を向く。彼女は彼女で上級特異の立ち位置を見つけるまでの経緯がありそうなものだが、とても聞き出せそうにはない。

「ご協力、ありがとうございます」

 陽芽は笑みを浮かべると近衛に合図をする。そのまま近衛が二人の足首に打撃を与えると二人は同時に悲鳴を上げて蹲った。

「多分ヒビくらいだと思うけど」

「それはよかったです」

 足首にヒビを入れてしまえば暫くは動けないだろう。笑いながら行う処遇ではないがこの二人に関してはずっと行ってきたことだ。

「ん?」

 そのまま先へ急ごうとすると活羅の姿が一瞬揺らいだ。

「その足で逃げるつもり?」

 維吹が問うと活羅は首を横にふる。

「いえ、私は喋って存在感を出しておかないと姿が消えちゃうんですよ。見つけてもらえないのは慣れているんでどうぞどうぞ先に行ってください……いたた」

 彼女がよく喋るのは【消失の特異】をコントロールするためらしい。

 憂花は縛られたまま身体を動かしなんとか活羅に近づく。

「大丈夫、私が活羅のことを見ているから」

「憂花さん……」

 二人が肩を寄せ合う。きっと少しでも運命が違えば彼女たちも仲間になっていたことだろう。

「さあ、上の階に行きましょう」

 陽芽は今度こそ彼女たちに背を向けると階段を目指す。

 彼女たちに同情しようと敵は敵。今は前に進むしかない。 

 もう仲間の姿も見えず、遅れをとった分を巻き返さなければならないのだ。

「維吹さん、行けますか?」

「うん、大分痛みも和らいだ。時間稼ぎもありがとう」

 【王国】年長者の三人が並ぶ。

 第二陣の暴動ははじまったばかりだ。



「お、ここ鍵空いてるよ」

 浮音はそう言って、また不用意に部屋の扉を開いた。

 派手に切り込んだがために最初こそ大量の警備に追われたが、浮音の障壁や朱実や青人の戦いによって殆どを撒くことができていた。

 青人は戦闘ができる【特異】ではないので腰に括り付けた木刀を使っていたが、それなりに様になっていた。とはいっても何か型があるわけではなく、どう見ても自己流だ。颯太が聞いたところ木刀はオーパークで売っていたということ。まさかそんなもの反乱の道具になるとは誰が思っただろう。ましてはこんなものに「龍院の剣」などという珍妙な名前が付けられるなど。

 騒ぎを聞いていると、別のところから侵入者が来たとのことなので、どうやら第二陣は無事に突入できたということなのだろう。実際颯太が連絡をとっていたグループメールにもどさくさに紛れて正面突破したという旨の連絡が入っていた。だとすれば第一陣の役目はひとまず終了。手近な空き部屋などに入って待機すると言うのが次の動きだ。

「お前、またうかつに開けるなよ!」

 と、浮音の行動に手実が焦るが、浮音はおそらく【障壁の特異】であるが故に中から攻撃されることを恐れていないのだろう。

 建物の曲がり角すぐにあった部屋の名前も何も書かれていない一室は、中から何者かの攻撃が飛んでくると言うことはなかった。最初は真っ暗で何も見えないが、青人の目が活躍してなんとか周囲が見渡せる。そしてそこは二段ベッドが並べられただけの手狭な部屋だということが分かった。さらに、ベッドの上には人がいる。

「だれ?」

 と、弱弱しい声が聞こえる。一瞬敵かと思ったがどうも様子がおかしい。颯太はなんとか電気らしいスイッチを見つけると押してみる。

 明かりがついたその部屋にいたのは……ベッドの上に縛り付けられている子どもたちだった。

「知夏……?」

 浮音は見知った顔を見てベッドに駆け寄る。そこにはOODに連れ去られた甘野知夏の弱々しい姿があった。浮音に拘束を解かれると、知夏は目に涙をためて浮音の胸に飛び込む。颯太は呆然とそれを見つめた後、慌てて他の者の拘束を解く作業に加わった。

「知夏、怖かったね……もう大丈夫だよ」

 念のため扉をしめて、電気も消す。下手に見つかりたくはないため仕方がない。

 浮音が知夏の頭を撫でていると、知夏は暫くすすり泣いた後、

「違うの、大丈夫じゃないの」

 と、呟いた。

「え?」

「凛子お姉ちゃんと……あと何人かが【洗脳の特異】に洗脳されて上級特異になっちゃった……どうしよう」

「洗脳?」

 ここまで順調に来れてしまったばかりに、想像もしなかった言葉に固まってしまう。

 洗脳とは……人間の考え方を一切合切変えてしまう……そういう認識でいいだろうか。

「そんなことできたら無限に仲間が増やせるじゃねえか」

 朱実も呆然と呟く。第一陣も、第二陣も、これからくる予定の第三陣も、それなりに戦闘能力を持った人間がいる。そこに【洗脳の特異】が現れでもしたら戦力が削られるどころか不利になってしまう。元に【王国】のメンバー含む数人が向こうに取られてしまったという。

「あと、その人が言うには【王国】の中にもスパイがいるって」

 浮音にすがるようにして知夏が言う。彼女にとって、ひとりぼっちでそれを聞いた時の絶望はどれほどだっただろう。まだ幼い少女には苦しい時間だっただろう。浮音は再び知夏を抱きしめた。

「厄介なことになった……」

 颯太は自分の幼なじみを思い出しながら目を瞑る。

 今彼らにできることは一体なんだろうか。

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