第7話:第一陣の快走

「うう……眠い……」

「おいしっかりしろよリーダーだろお前」

「目を覚ますのだ我が主人よ」

 欠伸をしてフラフラと歩く馬見塚浮音を両側から二人の少年が支えている。

 丈の短い浴衣に草履という時代の流れに背くような格好をした浮音は、支えられている現状に何も思うことがないのか、もう一度大きく欠伸をした。

 颯太は彼女を支える少年のうち、一人のことは知っていた。南沼上朱実。文句を言いつつなんだかんだ浮音の側にいるお目付役だ。ただ、それ以上の情報は知らない。

 一方、もう一人の男は初見だった。昨日の夕食の席にはいたが話す機会はなかったのだ。妙に遠回しな言い方を好む彼は一体何者だ。

「それにしてもびっくりだよね。まさか学校の中に隠し通路があるだなんて」 

 浮音は目の上に手を翳し、やっと見えてきた白い建物を眺める。壁面の上方に時計がついたその建物は、確かに子供たちが通うことのできる学校だった。

 学校、といっても外のように先生がいて集団で授業を受けるような仕組みがあるわけはない。子どもたちはそれぞれの年齢に合わせたビデオを見て、テストを受けるだけだ。それで外の世界と同じ卒業単位を得ることができる。OODが作る中でも随分と凝ったシステムだった。

「OODの社員にも二種類いるのかもな」

 颯太はそう呟く。

「二種類?」

「ああ。片方は【特異】を実験道具にしようと目論むやつら。もう片方はここを本気で楽園街にしようとしていたやつら」

 オーパークや他のチェーン店、スポーツジムなどの施設だって作りとしてはかなり凝っている。否、内容もかなり充実している。ただ【特異】を匿っておく牢獄であればここまでする必要はないだろう。そうであればOODの中にも事情を知らず快適な街づくりだけを行おうとしている人間もいるのかもしれない。だとしたらその人間は可哀想なものだが。

「流石だな俺はそんな考えには至らなかった」

「我が主人が認めた人間だけある」

 ふたりの少年に褒められ、颯太は苦い笑いを浮かべた。思いつきで言ったことが褒められても恥ずかしいような申し訳ないような気持ちになる。そもそも颯太は浮音に認められた記憶はない。

「というか、俺お前とは初対面だよな?」

 朱実の反対側にあるこの少年は誰だ。尋ねると少年は、

「ふっ我の名前は作島さくしま青人あおと……我が主人に認められ主人の片腕となる剣士で……」

 と高らかに名乗りを上げ始めた。

「ああ、えっとこの子は青人。私の後輩だよ!」

 と浮音が止めなければいつまで続いていたか分からない。

 様子はおかしいが、彼も朱実と同じく浮音の後輩らしい。

 そんな会話をしている間に学校にたどり着き、昇降口を潜る。

 浮音と二人の少年、颯太、他数名の子どもたちは秘密の抜け穴から敵のアジトへ突入する第一陣としてここまでやってきた。何故この道が分かったかといえばそれは一時間前の出来事に戻る。


 予定通り午前5時、オーパークに資材を運んだ起点活羅のことを追跡した空、恩、歩の三人は彼女が学校の掃除道具置き場から地下にある抜け道らしきところに入っていくのを確認した。勿論カメラに写せたというわけではなく、その証拠があるわけではないが、もう【王国】と【トランプ】の交渉は成立しているのだから疑っても意味がない。

 彼女たちの報告を受けてこの第一陣の潜入が始まったというわけだ。第一陣の目的は突破口を切り開くこと。その後に近衛を含む攻撃に特化した第二陣が入ることになっている。


「そもそも私たちが最初に入ってきたゲートから入るのは無理なの?」

 ふと、浮音がそんな疑問を口にする。確かにここにいるものは皆、OODの地下にある、カラオケの受付のようなカウンターが設置されたゲートから入ってきた。

 まるでテーマパークの入り口を思わせるかのような階段を上り、この一見普通に見える街にたどり着いたのだ。

「維吹さんの話では蛇穴杏はそのゲートを行き来しているらしいし、他にも上級特異がそこから堂々と無法地帯に出入りしているという目撃証言がある。だからOODに入ることは可能だと思うけど、流石に入ってすぐ職員がいるような場所に突入するのは危険すぎる……って菰野さんも言っていなかった?」

「あれ……そうだっけ?」

 その頃浮音は夢中で唐揚げを食べていたはずなので仕方がないだろう。

 隣で朱実にため息を吐かれている。

「加えて起点活羅は店舗商材という大量の荷物をどこからか運んでくる。それはあのゲートだときっと無理だし……もっと業務用みたいな出入り口があると空さんたちは考えた。長い間情報収集をした上で、ね」

 リーダーの空なんてとても真っ当な人間には見えないけれど、それでもここまで情報を集めてOODに近づいたのだ。おそらく自身が求める「普通の生活」に戻りたくて、彼女なりに必死になってきたのだろう。それはオンラインゲームがしたい歩も少女のスカートをめくりたいという柚も変わらない。恩も彼女たちの本心を知っているからこそ、あれだけ悪態をついても一緒にやっていけるのだろう。

 少しずつ日が昇り始めたようで周囲の見晴らしも良くなってきている。今日の夕方にOODの動きがあるというから時間はたっぷりあるが、できれば相手の虚をつきたいところだ。特に地下道が一本道になっているなら尚更……早めに進んでしまいたい。

「にしても……これだけパソコンがあれば外の世界にSOSを出せたりしないのかねえ」

 浮音が教室の中を覗いて呟く。学習のためのビデオを見るためのパソコンは、個人のナンバーリングをかざすことで直前までの学習の履歴を表示し、そのまま学習を続けたりテストを受けることができる。

「無理だろ、そういうシステムは入っていない」

「しかし我が主人の発想は素晴らしいものだぞ朱実」

「猿の浅知恵だろ」

 相変わらず知夏の両側にいる少年二人は仲がいいのか悪いのか分からない。

 後ろをついていく颯太は背後にいる子どもたちを眺めた。彼らにとってもこの光景は日常茶飯事なのだろうか。そして……誰一人として緊張感の欠片はないが大丈夫なのだろうか。

「ここかな」

 校舎の端にある「掃除用具」と書かれた札がつけられた部屋。空は透視でここを覗いただけなのでまだ入って中を確認してはいない。

 不用意に入れば、各々がつけているナンバーリングにセンサーが反応して何かしらの連絡がOODに行く可能性はある。そもそも扉が開くかも分からない。

「それ」

 しかし、浮音は皆が緊張感を持つなか扉を横に引く。

 結果、扉は難なくガラリと開いてしまった。

「お前、何かあったらどうする!」

「えー、だって小さい子が気になって開けちゃう可能性はあるでしょ? 開くってことはここまでは安全ってことだし、開かなかったら開かなかったで頑張るしかないってこと」

 浮音の言葉に朱実が黙る。確かにそれは正論だった。

 ここまでは偶々開けてしまいました、ということで済む。ではどこからがダメなのだろう。

「確か入ったらいけないところに入っちゃった場合警戒音を鳴らして知らせる……って言われたし、鳴るまでは向こうもこっちの行動を把握していないってことでいいと思う」

「では……遠慮なく散策させてもらおう」

 青人はそう言って部屋に入る。他の者も彼に続いた。

 颯太は念のため入り口や部屋の内部を写真におさめてメールグループに流す。勿論これは第二陣以降がスムーズに潜入できるようにするためだ。

 室内は本当に掃除道具置き場そのものだった。ほうき、モップ、バケツ、掃除機、トイレ掃除用具から、PCの手入れ用具、また廃棄する予定の壊れた机なども置いてあり、おそらく本当に名前通りの用途としても使われていたというのが伺える。窓は何故か厚いカーテンが閉められ部屋中が薄暗く、立てかけられたモップがやけに不気味に見える。この状態で秘密の扉探しなどできるのだろうか。

 ふと何かが光っているような気がしてそちらを見れば……青人の目が光っており、颯太は一瞬変な声を出しそうになった。

「お前……それは」

「ふっ、我は【眼光の特異】作島青人。漆黒の闇夜を切り裂く一筋の閃光を創造する黒の剣士だ」

 暗いところで目が光る……そんな【特異】らしい。

 確かにここに来てから特殊な特異ばかりを目にしていたため忘れていたが、外にいた時はこのように常時無害な【特異】も多くいたはずだ。それでも【特異】は【特異】として等しくOODに連れ去られるのだが。

 剣士と言われて気が付いたが、青人は何故か腰に木刀のようなものを身につけていた。まさか、これで戦うつもりなのだろうか。

「青人の実力をなめたらだめだよお兄さん」

 いつのまにか捜索の手を止めていた浮音が何故か自慢げに胸をそらす。

「なにせこの私が稽古をつけたんだからね。青人も朱実も他のみんなも」

「え……」

 颯太は、先ほどの違和感の意味をやっと理解した。浮音がどのように稽古をつけたかは分からない。ただ……今ここにいるメンバーが妙にリラックスをしているのは、自分に稽古をつけた当の本人がこのようにヘラヘラとしているからだろう。

「で、どんな訓練をしたんだ?」

「それは……戦闘を見てのお楽しみかな?」

 そんな話をしているうちに、青人の目の光によって、その周辺だけ妙に掃除道具が避けられているようなスペースが発見される。

 颯太はそこを用心深く観察し、そして側に置かれた壊れた棚の内部も一段だけ妙に埃がついていないことを発見する。一度範囲が区切られてしまえば、こうして些細な違いを発見するのは颯太の得意分野といってもいい。

「多分どこかがスイッチに……あった」

 青人の目に協力してもらいつつ、でっぱりのようなものを探す。それを押すと機械音がして、正方形の床板九マス分程度の床がゆっくりと上昇し始めた。

「エレベーター?」

 と、誰かが呟く。現れたのは」駅のホームにでも設置されていそうなエレベーターだ。上部にロープが付いているわけではなく普通のエレベーターとは仕組みは違うのだろうが、扉があり、内には大きめな台車を入れてもまだ余裕があるような空間が存在する。

「今度こそ警戒音がなるかもな」

 颯太は忘れずにエレベーターの写真をとる。第一陣が乗り込んだ時点でこのエレベーターが止められてしまっては厄介だが、ここに穴があると分かった以上、きっと第二陣がなんとかしてくれるとは思った。メンバーの【特異】は把握していないが、一陣よりは火力特化だというから信じたい。

 では、この第一陣は何ができるのだろうか。

 颯太はあくまで周囲の観察要因で、おかしいと思った箇所を逐一送信するのが主な役目だ。本当は幼なじみの類の元へ駆けつけたいが、そう簡単に出会えるとは思っていない。

「大丈夫、私がいるんだから簡単にはやられないよ」

「……まあそうだな」

 浮音の言葉に珍しく朱実が同意する。そのまま総勢八名でエレベーターに乗り込んだ。そして……完全にエレベーターが下りきって降りた瞬間に……消防車のサイレンのようなけたたましい音が鳴り出した。

 エレベーターの扉は閉まり、中の電気も消えてしまって動く気配はない。そして……目の前にあるのは随分と縦に長い道。

「やっぱり距離も遠すぎると思ったし……ベルトコンベアはあるみたいだな」

 人が横に六人は並べる広さがあり、目の前には二台のベルトコンベアがある。

 おそらく、行き帰りで別方向に動くのだろう。位置関係からすると4キロはある道のり。流石に自力で歩く必要はないように作られている。しかし、招かれざる客を前にしてスムーズに動いてくれるのだろうか。

 考えている間にもサイレンはけたたましく鳴り響く。

「悩んでいてもしかたねえな。お前ら、乗れ」

 朱実がそういうと、その場に白色の粘土のような物体が浮き上がる。そしてそれは……大型の犬のような形になった。

「これは……」

「朱実は犬を作り出す【幻犬の特異】だよ。まあ実際は念動力で空間に生み出した歪みらしいんだけど何度やってもそれが犬の形にしかならないから幻犬。朱実の念力で動かすこともできるし、乗ることもできる。昔は小さな小型犬一匹を作るだけだったのに……成長したねえ、朱実」

「うっせえ! そういうのはいいから乗れって」

 朱実の言葉で颯太も幻の犬に乗ってみる。犬のような質感はないが、それでも不思議な力によって身体が浮かされていることは分かった。

「悪ぶってるのに生み出せるのは小型犬だけっていうあの時の手実も可愛かったのお」

「だからその話はいいだろ!」

 それに比べて今は八匹の大型犬を生み出し操れるというのだからかなりの成長を遂げたのだろう。本人は恥ずかしがっているがこれは助かった。

 大型犬というより狼のような速度で走り出した犬に身を任せサイレンが鳴り響く地下道を駆け抜ける。すると、目の前に何かが待ち構えているのが見えてきた。【特異】か……と思ったが違う。そこにいたのは全て大人だったからだ。

 ヘルメットを被り、防護服などで完全武装した数人の男たちが拳銃を構えている。

「拳銃か。じゃあ都合がいいね。朱実そのまま突破でよろしく」

「おう」

 高らかに指令を出した浮音は目の前に拳銃があろうと一切気にする様子もなく走り抜けようとする。そして周囲もまたこの状況を危険だとは思っていないようだ。

 おそらく何か策があるようだが一向にスピードを緩めないのは事情のいらない颯太には恐ろしいもので。サイレンに混じって発砲音がなった時は流石に目を瞑る。しかし……一つも悲鳴が聞こえるようなことはなかった。勿論、自身にも痛みはない。

「はっはっは、この馬見塚浮音に攻撃を当てようなんて百年はやーい」 

「流石は我が主人」

 浮音の高笑いにすかさず青人が褒め言葉を入れる。

 銃弾は、颯太たちに当たる前に、何か見えない壁によって弾かれていた。

「お前の能力は……」

「私は【障壁の特異】だよ。空気中の分子? の動きを止めることによって壁を作り出しているとかなんとか。この能力でみんなの攻撃の特訓をしたんだから」

 自らに壁を張って攻撃を防ぐことで、仲間の練習の壁役になっていた……それが浮音の特訓の内容だろうか。それくらいなら慕われる理由になるのか分からないが、彼女の明るい人柄もまた特訓を受けるものの気持ちを和らげたのかもしれない。

「主人は我が何の役にも立たない【特異】で嘆いていた時この龍院の剣を授けた。それにより我は暗黒の剣士としての能力に目覚め……」

 それは剣ではなく木刀なうえに、目覚めさせてはいけない性格も目覚めさせてしまっているような気がするが、あえて言葉にしない。彼は学校に通っていたならば中学二年生くらいだろう。多少は格好つけたい年頃なのかもしれない。

 浮音の全方位シールドによって銃弾は全て弾かれ拳銃を持った大人たちを撒くことに成功した。

「多分この時間にすぐ動けたのが24時間警備体制の奴らなんだろう。もう7時になるし……どんどん他の奴らも……上級特異も動き出すはず」

「是非ともゆっくり朝ごはんを食べていてもらいたいね」

 話している間にやっと壁が見えてきた。その前にはやはり……エレベーターだ。

 朱実の犬が消え、他の者がエレベーターを調べる。

「動くみたいです」

「でも上がった先に何が待っているかは分からない、と」

「まあ私の力さえあれば余裕だけどね」

 確かに、目の前に敵が待ち構えていようと浮音の壁があれば一発目の攻撃は防げるだろう。

「いいか、俺たちの目的は進入したらどこか見つからない部屋とかに入って待機すること。深追いをしないで引くのが仕事だ」

 激しい戦闘に持ち堪えられる戦力は第二陣に割いたと言っていた。であればその到着を待っておきたい。

「分かってるよ、私も伊達に数年【王国】やってないからね。女王様や維吹先輩の戦略は全部信じてる」

 全員でエレベーターに乗り込む。とにかく、潜入の一歩手前まできた。それだけでも大きな前進であることは間違いない。

 颯太は目の前の光景をもう一度撮ると、メールグループに送った。



「颯太たちは無事にOODに乗り込めたみたいだね」

 オーモバイルで颯太から送られてきた画像を見ながら維吹が呟く。

「ええ、うまいこと混乱状態に持っていければいいのですが」

「そのための人選でしょ?」

 葵の間。長机にもたれかかりながら、近衛は陽芽の方を見つめた。

「浮音の障壁は簡単には破れない。それを恐れて戦力や意識はそちらに向くはず……そこを加味して第一陣を組んだ。青人の派手な戦い方や朱実の犬も目立つ。他の子たちの能力も力よりかは演出が重視されるようなもの」

 よくそんな布陣が組めたね、と維吹は呟く。陽芽の手元には彼女が書きためたオリジナルの【王国】のカルテがあった。彼女が一人一人を把握しているからこそ組めた布陣だ。

「でも俺たちこの長い道のり突っ走るの? 俺たちは加速に特化していないうえに、かなりのタイムラグ? が生じる気がするよ」

 近衛も慣れない手つきでオーモバイルを開く。学校の掃除道具置き場、エスカレーター、長い廊下……これをまともに突破していたらOOD側に万全の準備を整えられてしまいそうだ。

「ええ、ですから正面突破しましょう」

 陽芽はカルテから顔を上げ微笑む。

「え……正面突破?」

「はい、OODの意識はあちらに向いていますし、潔く私たちがかつてここへ入ってきた無法地帯の正面口から入ります」

「でも、リスクが……」

 低リスクを見越して裏口を見つけた。いくら職員たちの気をひけているからといって、急に正面突破を目指すのはハイリスクすぎないだろうか。維吹が慌てるも陽芽は気にしない様子だ。

「ハイリスク、結構ですわ。私たち第二陣の目的はOOD司令塔の無効化。単なる受付嬢に怯えているようでは何もできません」

 菰野陽芽はお姫様とは程遠い、人を束ねる女王様。

 油断しているととんでも無いことを言い出す強かな女性だ。

「そうだね、ひめちゃんがそう言うならそれしかない」

「まあ、女王様の仰せのままにって感じか」

 そして彼女の忠実な配下は、どうしたって彼女に逆らうことなどできない。

「よろしくお願いします」

 女王、騎士、参謀。

 【王国】年長者の三人が葵の間から出る。

 そして、いよいよ本格的なOOD攻略が始まるのだ。

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