3、学校の怪談
生徒たちと親しくなるにつれて、避けては通れない話題があった。
怪談だ。子供と親しくなるためには怪談は非常に有効だ。
しかし、こんな新校舎に怪談なんてあるわけがないと思ったが、期待を違えず怪談は存在していた。
私が子供の頃と何ら変わりはなかった。
夜な夜な音楽室のピアノが鳴り、理科室の人体模型が動き、登りと下りで増えたり減ったりする階段。
そして、この学校には特別な怪談があった。
―― そう、例の人形にまつわるものだ。
放課後になると人形の目が光り、歌ったり飛び回ったりするという……。
まあ、ああいう古いビスクドールがあれば必然的にそういう話になるだろう。
むしろ、それ以外に考えられない。
ガラスケースの人形をチラッとのぞき見れば、青い目がジーッと私を見ている。
明るい時間だし、
怪談は時と場所と相手を選ぶ。少なくとも、霊感が皆無の怖がりの私は大丈夫だ。
「せんせー、マリーちゃんうごくの見た?」
怪談話が出る度に、期待の眼差しで子供たちに確認される。
マリーちゃんはまだ、動いていない。
彼女が私を見ているだけで、私は怖くてマリーちゃんを見てはいないからだ。
ちらとは見る。けれど本当に動いたら怖いのでなるべく見ないようにしていた。
小学校の放課後は15時くらいだ。
私の終業も16時だから、まだまだ明るい。お化けなど出てたまるものか。
しかし、ここは盛り上げるため、生徒たちの期待通りに『動いている』と言った方がいいのだろうか?
いやいや、嘘はいけない。楽しい噓であっても信用を落とす。たとえ子供であっても、いや子供相手だからこそ嘘はいけない。
「うーん。まだ動いてないよ。動いたら教えるね」
と、答えた。我ながらいい答えだ。
そうして、毎日子供たちの相手や図書目録作りをしている間にあっという間に夏休みになった。
生徒が夏休みでも、教職員には休みはない。
もっとも夏休みをとれと言われたら、時給制の私は収入が減るので大変困る。
夏休みでも働けることを有難く思いながら、事務室で書類仕事を手伝ったり、誰もいない図書室の整備に明け暮れた。
子供たちでにぎわっていた図書室には、今は静かに昼寝をする本たちしかいない。
窓の外はギラギラと日差しが照っていて、エアコンもなく暑かった。
それでも山沿いのこともあり、風が吹けば緑の香りがする空気が入り、汗をぬぐいながらする仕事も心地良かった。
お化けの出る気配など全くなかった。
その日も図書室の目録を作ろうとせっせとパソコンにデータ入力をしていた。
誰もいない図書室に、カタカタと私のパソコンの音だけが響く。
すると、誰もいないはずなのに突然、パタッと本が倒れた。
ブックエンドの数が足りないせいだろうと思いすぐに元に戻したが、しばらくするとまた別の本が倒れ私はびくっと跳ねた。
実は、そうそう倒れるわけがないのだ。
私はこの図書室を任されてから、はたき掛けを欠かしたことがなく、その時に必ず本の並びを確認していたからだ。
しかし、目録を作るために頻繁に本の出し入れもしている。
本が倒れたのは、きっとそのせいだ。
そうに違いない。
と、自分に言い聞かせたが、本が私を呼ぶのはこれが初めてではなかった。
着任したころから、この現象はあった。
ただ、それは生徒たちの笑い声や走る音でかき消され、深く追求するまでもないこととしていた。原因は子供たちの起こす振動か何かだろと理由をつければ納得もでる。
カーテンが風でふわっと膨らむのを慌てて抑えに行くと、本棚の上のマリーちゃんと目が合った。
自分をだますことはもう難しかった。
―― マリー人形が見ている。
第二次世界大戦前に作られたというアンティークの人形。
この青い目は、何をどれだけうつしてきたのか、私に何か伝えたいのだろうか?
ゆっくりと息を吐くと私は後ずさりをした。
しかし、怪現象はこれだけでなかった。
図書室の向かい側にある誰もいない教室からも時折、音がするのだ。
イスを引くズズーッという音やガタガタとする音。
起立礼をするときに出るイスの音がはっきり聞こえる。
さすがに、幻聴だと思ったが実際に聞こえるのだからどうしようもない。
現象には原因があるはず。
大人なのだから人形のせいだとは言っていられないと思い、原因を突き止めようと、怖いながらも誰もいない教室を何度か確認しに行った。
しかし、メダカの水槽がぶくぶくと泡を吐いているだけで、誰もいないし何もなかった。
―― やっぱり霊的なものがいるのだろうか?
いやいや、私には霊感はない。
それまで二十数年生きてきて見たこともないし聞いたこともない。
怖がりだからこそ、なにか理由を見つけたく、あちこち校舎を見て回ったがついぞ原因らしきものを特定できなかった。
なので、折を見て教頭先生に聞いてみた。
案外あっさりと原因が分かるかもしれないからだ。
「教室から時々、物音が聞こえるんですけど、ここは下階の音が響く構造か何ですか?」
「少しは響くけど、今日は下の階も使ってないですよ」
「でも、プールの子とか来たんですよね?」
私が見ていないだけで、下の階の教室に誰かいたのかもしれない。そうであってほしい。
「今日はプールはお休みですし。誰もいないですよ」
祈る気持ちは全く届かず、怪現象の証拠だけが出てきた。
絶望で青くなっていると、教頭先生はマリーちゃんの話をした時と同じように当たり前のことのように私に言った。
「イスの音、聞こえました?」
どうして、イスの音だと知っているのだろう?
うんうんと大きく頭を振って答えると教頭先生は、最初に伝えなかったことを詫びてきた。
「ごめんね。あの音みんな聞いているんで、物理的な原因がありそうなんだけど、まだわからないんですよ。
まあ、音だけでなにか悪さをするわけじゃないからあまり気にしないでね」
自分だけに聞こえたわけではないと知りかなりホッとした。
けれどすぐさま、誰でも聞こえるほどの霊障ならばまずいのではないか? とますます不安にもなった。
学校の怪談なんて大嫌いだ!
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