2、図書室の人形

 久しぶりに紺色の就活スーツに身を包もうとしたらこの数年で太ってきつく、慌てて新しいものを購入するハプニングがあったものの無事に着任できた。


 最初の小学校は郊外の山裾にあり、桃やリンゴの果樹園に囲まれたのどかな場所だった。

 校舎は怪談とは無縁そうな、真新しい建物。

 白いコンクリートの2階建て、各教室を出るとすぐ目の前に多目的なオープンスペースがあるモダンな造りだ。


 オープンスペースは靴を脱いで上がる仕様で、ごろごろしてもぺたりと座ってもいいようにグレーとピンクのカーペット張りになっている。

 聞けばまだ築10年ほどで、私が小学生だった頃の何か出そうなぼろぼろの校舎とは雲泥の差だった。


 図書室もいかにも図書室というものではなく、教室が三つ分は入るオープンスペースの壁面にぐるりと腰の高さほどの本棚が並んでいた。

 本をいくらでも広げられるフリースペースはかなり魅力的だ。

 広々としていて読み聞かせにもちょうどいい。

 現代的で理想的な図書室だった。

 

 しかし、ひとつの本棚の上に奇妙なものがあった。

 ガラスケースに入った古びた人形。

 

 そういうと、日本人なら黒髪の日本人形を思い浮かべると思うが、そこに入っていたものは違っていた。


 ビスクドールのようなすすけた洋風の人形。

 くすんだ金の波打つ髪にやはりくすんだピンクのドレス。


 そして、青いガラス玉の目……。


 その目が、真っ直ぐに私を見ている。


 私はごくりと息をのむ。


 なんだか非常に嫌な予感。


「あの……。この人形は一体……?」


 私に校舎を案内している教頭先生に聞いてみた。

 すると教頭先生は、図書室に人形があることを少しも不思議にも思ってない様子でけろっと答える。


「ああ、これはマリーちゃん」

「マリーちゃん……?」


 教頭先生には見慣れた人形でしかないようで、説明は簡単なものだった。

 なんでも、第二次世界大戦前にアメリカから友好の使者として贈られた貴重な人形らしい。


 しかし、なぜそれを図書室に置く?

 疑問は疑問のまま、マリーちゃんに見張られながら私の仕事が始まった。


   *


 私は司書の資格はあるが教員免許を持っているわけではないので先生と呼ばれることに抵抗があったが、事務職員も給食職員もみんな学校にいる大人は先生だからと言われて、こそばゆい気持ちで『先生』と呼ばれるようになった。


 全校生徒が200人にも満たない小さな学校に新しく来た先生に子供たちは興味があるらしく、休み時間に生徒が絶えることはなかった。

 にこにこと笑顔の絶えない子供たちに囲まれての仕事は、心配していたほどの大きな問題はなくホッと胸をなでおろした。


 初めてのことばかりで目まぐるしかったが、緊張はすぐに解けた。

 本の貸し出しとレファレンス以外は、本の整備のための体力勝負だった。

 図書室自体は新しく綺麗ではあったが、蔵書は廃棄寸前の古くぼろぼろの本から、新刊まで混在し目録がほとんどなかった。

 子供が手に取りたくないと思うような状態の悪い本とそうでない本を分け、古くても諸事情で廃棄できない本を閉架書庫に移し、子供たちの利用する書棚を分類法で分類。パソコンのソフトで目録を作りはじめた。

 いくら派遣の仕事でデータ入力が得意とはいえ、重い本を運んでは戻しの繰り返しはなかなか大変だ。


 けれど、給食が美味しいから痩せない。

 私が小学生の頃の給食のコッペパンは、ぱさぱさしていてさほどおいしくはなかった。それが、同じ形状をしているのに今は味が全く違うのだ。

 そとはカリッとし中はしっとりで甘みがある。

 ソフト麺は以前からおいしかったが、もそもそ感がしなくなりよりおいしくなっていた。

 ソフト麺が楽しみすぎて小躍りしていると、生徒が次のソフト麺の時に何人も教えてくれて少しはしゃぎすぎたと反省した。


 昼休みは読み聞かせ、それ以外は本の整理と目録作り。

 子供たちもいい子ばかりで毎日が楽しかった。


 職員室でも他の先生方がとてもやさしく色々教えてくれて、馴染むのにそう時間はかからなかった。


 半年しかいられないなんて残念だなぁと、始まったばかりなのに別れを心配するほど、この学校が気に入ってしまった。

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