第三章:八話
*** ***
翌日。俺は今、脳神経科学研究センターの第八研究室に戻って来ていた。これからもう一度、彼の記憶の中に入るために。
「これがラストチャンスだよ、夏川くん」
「はい。桜海先輩、許可を貰ってきていただき、ありがとうございました」
「いーえ。もう私にはこれくらいしかできないからね」
「……もう?」
桜海先輩の言葉に、どこか違和感を覚えて聞き返す。しかし先輩は俺に向かって微笑むだけで、それ以上何も言わなかった。
「さ、準備して行ってきて。成功を祈ってるよ」
「はい。必ず彼を連れて戻ります」
*** ***
そうして俺はもう一度、彼の記憶の中に入った。入る地点は前回と同じ。
まず、俺はもう一度蛍琉が吉村にウォークマンを貸すこと自体を止めようと試みた。しかし、やはり不審がられた末に、彼から肯定の返事はもらえなかった。更に言えば、こちらが言葉を変えても前回と同じ内容の会話が繰り返される結果となった。
そこから先の展開も同じで、春野さんに会い、話を聞いた。会話の中の言葉を変えても展開は同じになるらしい。
それを確認したあと、俺は次にアクションを変えることにした。前回は橋田が蛍琉のウォークマンを盗む現場でそれを阻止したが、今回はもう少し、橋田との接触を先延ばしにすることにしたのだ。
具体的には橋田がウォークマンを盗み、学習ブースで音の書き出しに移るところまで泳がせた。そして吉村が橋田のことを蛍琉に伝える前に、俺が先に、橋田もとへと向かった。
彼と、少しでいいから直接話がしたかった。俺は彼が実際に作業に移ったところ、つまり、盗作の現場を押さえ、その事実を公表しないことと引き換えに、彼から話を聞きだそうと思ったのだ。
「それ、蛍琉のだよな?」
学習ブースで俺が声をかけた時、橋田は前回同様固まった。俺は彼にスマホを向け、動画を撮っていた。そこに橋田の姿、蛍琉のウォークマン、作業用パソコン、卒業制作の清書用五線譜を順におさめていく。五線譜には既にボールペンでびっしりと書き込みがされていた。これで証拠は充分だろう。
「……お前、確か蛍琉とよく一緒にいる」
「夏川蒼馬です」
「あぁ。お前が夏川か。あいつ、よくお前のこと喋ってるよ」
「その紙、卒業制作の清書用紙だよな」
「……」
「ちょっと外で話がしたい」
「拒否権はないんだろ」
俺が何をしようとしているのか察したのだろう。橋田は、観念したのか大人しくついてきた。俺が無言で手を出すと、大人しく蛍琉のウォークマンと五線譜を渡してくる。
「これだろ。返すよ。ウォークマンはお前から蛍琉に渡してくれ」
「分かった」
俺たちは学習ブースの外に出て、近くに設置されたベンチに腰かけた。
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