第二章:二十一話

 俺は今になってようやく、あの日、蛍琉が傷ついた顔で笑った理由を理解した。きっと蛍琉は、俺が言った”他と違う”という言葉の意味を勘違いしている。


橋田は蛍琉に「いいよな。才能に恵まれて」と言った。才能があるから誰よりも上手くピアノが弾けて、作り出す曲は名曲ばかりなのだ、と。


それは蛍琉の努力を、彼がこれまで抱えてきた苦しみを、痛みを、否定する言葉だった。喜びも、悲しみも、一人の人間として音楽と向き合い、生きてきたその一切を踏み躙る言葉だった。


そして俺も、、と。あの日、俺の言葉を彼は、そう解釈したのだろう。


けれど、もちろんそんなつもりではなかった。

そんな意味で発した言葉では、なかった。



 蛍琉の音楽には心が宿っている。俺は常々そう思っていた。彼の心が音になって、溢れ、それが彼の手によって紡がれ、一つの音楽になるのだ、と。


だから、彼が作り上げる音楽は、奏でる旋律は、誰とも同じにはならない。


なぜなら、心はみんな違うから。人はそれぞれ、その心に抱える想いも、願いも、祈りも、何もかもがみんな違う。


そんな人の心をその身に宿した音楽は、二つとして同じにはならない。例え誰かが同じ曲を奏でようとも、蛍琉から生まれる音は、蛍琉だけのものだ。


心だけではない。蛍琉自身のこともそう。俺が大切に思っている雪加蛍琉は、彼、ただ一人だけだ。他の誰も、代わることはできない。


俺の言う他とは違う、は


蛍琉が俺にとって


代えのきかない特別な存在


唯一の存在であると


そういう意味だった。


何より、俺は彼が、迷いも脆さも抱えた、俺たちと同じただの人間であることを知っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る