「目、茶色いね」が「めっちゃエロいね」に聞こえたらしくて修羅場なう

@santakurousu

第1話

 「なぎさってさ、目茶色いね」


 渚は弁当を食べる時、なぜか後ろの席である俺の方を向いて食べる。

 コロナのせいで友達と集まって食べることができず、かと言って前の子の背中を見ながら食べるのも嫌なのだそうで、だから俺の机で食べているらしい。

 ぶっちゃけかなり気まずい。やめて欲しい。

 そんな初心な気持ちから、ネタ振りのつもりでそんなことを言ったのだ。


 「え?」


 なぜか渚は困惑したように眉を寄せ、こちらを見ながら静止した。

 それから顔を真っ赤にさせ、弁当を抱えて身をこわばらせた。


 「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 彼女の目は次第に冷ややかなものへと変わった。それは明らかにドン引きしている人のそれだった。

 ……まるで俺が何かデリカシーの無いことを言ったみたいじゃないか。


 「どうしたんだ?」


 俺は首をかしげ、素直な疑問を口にした。しかし怒ったように前を向いた彼女から、返事が戻ってくることは無かった。



 ⭐︎



 SHRが終わり、クラスメイトが次々と教室を出ていく。俺は体育委員なので、この後スポーツテストの片付けを手伝う仕事があった。同じく体育委員の渚にそれを伝言しようと声を掛けた。


 「あのさ、渚」


 「なに?」


 渚はカバンに荷物を詰める手を止め、少ししかめた顔でこちらを見る。いまだに理由は分からないが、取り敢えず用件を伝える。


 「美咲みさきがまだ残ってるスポーツテストあるから、それを体育委員が補助してあげてって、先生が言ってた。俺男だし渚に任せる」


 「……ん」


 美咲は俺の幼馴染だ。体育の途中でしんどくなり、長座体前屈と握力が終わっていなかったのだ。先生は補助を俺に頼んだようだが、さすがに幼馴染とはいえ同性に任せるべきだろう。


 「俺はコーンしまわなくちゃだし」


 最後にそう言い、カバンを肩にかけた。


 「え?」


 渚は、周りの音のせいか聞き取れなかったようだった。だが俺がコーンをしまうことは重要ではないため、補助の確認だけしておく。


「いや、何でもない。取り敢えず美咲の補助頼んだ」


「……分かった」


 不機嫌な渚に疑問を感じつつも、俺は教室を後にした。



 ⭐︎



 「ありえなくないっ!?」


 私は長座体前屈の測定器を美咲みーちゃんに合わせながら、愚痴をこぼしていた。


 「康介が、渚にめっちゃエロいって言ったの?」


 「……うん」


 「うわ、最低」


 「まだ男同士で言うなら分かるじゃん?でも私に向かって直接言うんだよ!?悪びれもなく」


 「……もう殴っていいよ。デリカシーのかけらも無いな、あいつ」

 

 私はこの出来事でかなり動揺していた。康介はあんなことを言うタイプではないと思っていた。もっと、なんかこう大人っぽくて、いつも落ち着きがあって……他の男子ならまだしも、康介が――。

 動揺はあの後、さらに大きくなった。

 SHRが終わり、康介が話しかけてきた時だ。


 「美咲がまだ残ってるスポーツテストあるから、それを体育委員が補助してあげてって、先生が言ってた。俺男だし渚に任せる」


 あんなことを言った後に、平然と話してくる康介。私の頭の中は、信じられないという思いで一杯だった。


 「……ん」


 康介は異性を、ああいう目で見ているんだ……。

 そう考えずにはいられなかった。


 「俺―興奮し―ちゃ―だし」


 周りのざわめきのせいで聞き取りにくかったが、今、康介は確かに「興奮」と口にした。

 ……みーちゃんの体力測定してる姿に興奮しちゃうってこと!?

 ――興奮というワードからは、そう結びつける以外に思いつかなかった。私の中で、康介の株は大暴落していった。

 けれど、嫌い……とまではならなかった自分にちょっぴり驚いた。


 「えっと、握力の記録は……40!?」


 細い体のくせして、みーちゃんの握力は女子の平均を軽く超えていた。


 「よし、結構いけた」


 「ゴリラじゃん」


 「ぶっ飛ばすよ」


 みーちゃんの測定が終わったので、測定器を定位置に片付けた。気分は最悪なままだった。



 ⭐︎



 自分のベッドに寝転がりながら、私は考えた。

 果たしてあいつ――康介は、女子に対して「エロい」

などとセクハラじみた発言をするだろうか?

 否、あいつにそんな勇気あるはずがない。

 あの人畜無害冷静沈着の康介だぞ?

 絶対に言わないと断言できる。


 では、聞き間違いの可能性は?


 おおいにある。

 なにせ渚は結構どんくさい。天然だし、アホだし、生粋のおっちょこちょいだ。

 ――うん、これは事情聴取が必要そうだ。

 スマホを取り出し、RINEを開く。先ほど『さいてー』と康介に送ったが、もう返信が来ていた。

 

 『なんのこと?ってか、渚なんか怒って無かった?』


 『激おこぷんぷん丸だった』


 『俺、なんかしたっけ』


 『自分の発言をよく思い返してくれたまえ』


 『ガチで記憶にない。髭男の新曲いいねとか、テストが近づいて来たねとか、全力で当たり障りのない会話にしてたはず』


 『他は?』


 『会話切れて気まずくなって目茶色いねって言ったくらい』


 ふむ……。

 目茶色いね、か。

 私はハッとし、文字を打ち込んでいく。


 『目茶色いね』


 『め、ちゃいろいね』


 『めっちゃいろいね』


 『めっちゃイロいね』


_人人 人人 人人 人人_

 >めっちゃエロいね <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄


 ……なるほど、そういうことか!

 謎は解けた。

 私はこの羅列を康介と渚両方に送ってやった。数秒後、2つの通知音がなった。

 私は思わず笑う。

 きっと今頃、2人とも顔を真っ赤にしていることだろう。

 


 ⭐︎



 今日は朝から、同じことを繰り返している。

 康介の方をチラリと見ては、目があって急いで逸らす。そんなことを、もう20回くらいやっている。心臓は音を立てっぱなしだ。

 それにしても、私はなんて盛大な勘違いをしてしまったのだろう。思い返すたびうずくまりたくなる。

 興奮って聞こえたのも、やらしいことで頭がいっぱいだった私がただ早とちりしていただけだろう。そういえば、康介は体育館でコーンの片付けをしていた。私はコーンを興奮と聞き間違えたのかもしれない。

 どんな聞き間違いだよ私っ!

 ああ、もう...。

 穴があったら入りたい。


 気付くと、4限目が終わっていた。お弁当の時間だ。癖になったのか、私は無意識に後ろを向いてしまった。目の前には康介がいる。しかし顔が火照るばかりで、喋り出す勇気は無かった。私はうつむくばかりで、気まずい沈黙が流れた。

 なんて話しかけたら良いんだろう。

 頭が上手く回らない。


 「あのさ」


 康介の声に、私は少しだけ顔を上げる。


 「渚の、茶色いよね」


 心臓が飛び跳ねる。

 なんだか、無性に嬉しかった。


 「……うん、よく言われる」


 やっぱり康介は大人っぽくて、そして優しかった。

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