第17話 目的

「そういえばさ」

 ヘルシンキの街を歩きながら僕は訊ねた。

「フユコはどうして、フィンランドに来たかったの?」

 するとフユコはニコッと笑った。

「ないしょー」

「えー」

 僕はむくれる。

「教えてよー」

 ふふ、とフユコはまた笑った。

「レーシは最近、表情豊かになったよね!」

「そうかな」

 思えば、フユコと話すようになってから色々なことを知った。いいことも、悪いことも。温かいことも、冷たいことも。こういうの何て言うんだろうな。でも何だかとても救われた気がする。妖精の街で、フユコの思い出の中で、大きな市場で、道端で、色んなことを知った。

 でも肝心のフユコのことは、僕は何も知らない。

「フユコのこと教えてよー」

 僕がじゃれつくとフユコはくすぐったそうに、

「レーシ、女の人口説くようになったの?」

 と微笑んだ。僕は急に恥ずかしくなった。

「いや、口説くとか、そんなんじゃ……」

 フユコは小さく息を吐いた。

「図書館に行こうか。レーシのお父さんのこと分かるかも」

「うん」

 僕は元気に返事をする。


* 


「うわあ」

 目の前に出てきたすごくかっこいい建物を見て僕は思わず声を上げた。

「すっげえ」

「世界一の図書館らしいよ」

「ひええ」

「ゲーム機から3Dプリンターまであるみたい」

「うえええ」

 遊べるってこと? 

 ゲーム機、の言葉に胸が高鳴る。

「行ってみよっか」

 そういうわけで、フユコにつれられて、図書館の中へ。


 世界一の図書館は中もすごかった。

 何というか、オトナ! 白だったり黒だったり、何て言うんだ? 白黒? モノトーン? な感じで、カフェなんかもあったりして、すごく綺麗で整った空間だった。

 でもフユコは何にも目をとめないで真っ直ぐコンピューターのあるブースの方へと歩いていった。近くにあった空いてる席について、かたかたと操作する。

「シェウチューク、建築学」

 フユコが僕の知らない言葉でパソコンに文字を打ち込む。

「ねぇ」

 画面とにらめっこするフユコに僕は訊ねる。

「フユコはどのくらいの言葉が話せるの?」

「前にも訊いてきたよねそれ」

 かちゃかちゃと手元を動かすフユコ。それから答える。

「ちょっとたくさん。あいさつ程度なら両手に収まらないくらいにはしゃべれるかな」

「じゅっこいじょう」

 僕は驚く。

「すごい」

「挨拶程度だよ」

 フユコは続けた。

「『こんにちは』『さようなら』『美味しい』『ありがとう』この辺が言えたら大抵のことは何とかなるし、最低限のやり取りはできる」

 覚えておこう、と思った。いつかフユコみたいに、世界を旅した時のために。

「ねぇさ」

 僕は何度目かになる質問をした。

「フユコはどうしてフィンランドに来たかったの?」

 フユコは一瞬だけパソコンから目を離して、僕のことを見た。それからすぐパソコンに戻った。

「もう、そればっかり訊いてきて。女の子の秘密に踏み込むんじゃありません」

「そっかぁ」

 僕は少しムッとして黙り込む。何だよ、教えてくれたっていいじゃんか。



「あった!」

 フユコが画面を指す。

「スヴャートモール・シェウチュークさん」

 パパの名前だ。僕は飛び上がる。

「それ! その人!」

 パソコンの中にあった写真を見た。いや、目に飛び込んできたというか、目が吸い込まれたというか。

 そこにあったパパの顔を見て、僕は少し、泣きそうになった。

 いや実際、泣いていたと思う。

 だってフユコがハンカチを差し出してくれたから。

「この近くの大学にいるみたいね」

 フユコは椅子から立ち上がった。

「行ってみよっか」

「うん!」

 僕はフユコに、ついていく。


 大学、というところに初めて来た僕は、そのスマートさに思わず声を上げてしまった。ひええ、すっげぇ。

「すみません」

 フユコは門のところにいた守衛さんに訊く。この後のやりとりは僕には分からない言葉だったので何をどう言ったのかは知らないが、フユコはすぐに、

「二番館の五階にいるかも」

 とつぶやいて僕の手を引き先へと進んだ。僕はフユコに導かれるまま、だけどしっかりと辺りに目を走らせた。

 れんが造りの通路、緑豊かな植え込み、かっこいい建物。

 お父さんはこういうところで働いているんだ、と思うと何でかは分からないけど嬉しくなった。パパ、かっこいい。僕もパパみたいになりたいなぁ。

 フユコが「2」と書かれた建物の入り口に向かって歩いていく。僕もくっついて歩く。やがて辿り着いたエレベーターで、僕たちは五階へと向かった。この間、僕たちは何もしゃべらなかった。多分緊張していた、のかもしれない。

 やがて、エレベーターのドアが、開いた。

 建物の中は複雑な造りになっていた。四階から五階の廊下にかけて吹き抜けがあって、すごく自由を感じた。どういう意味でここを繋げたのか分からないが、正解だったと僕は思う。

「シェウチューク……シェウチューク……」

 フユコは壁にかけられた札を見ながら廊下をてくてく歩く。

「シェウチューク……シェウチューク……あっ!」

 フユコが声を上げた先。

 廊下の突き当たり。角部屋。

 そこに、あった札は……。

〈スヴャートモール・シェウチューク〉

 パパの、名前……!

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