第14話 神様

「あれはね……」

 フユコはもったいぶる顔をすると僕のことを覗き込んだ。

「神様のしるしなの」

「神様の?」

 僕は屋根のついた十字架を見る。

「じゃあやっぱり十字架なんだ」

 しかしフユコはまたふふふ、と笑った。

「ただの十字架か、と言われると違うかもね」

「そうなの?」

 僕はもう、あれが気になって仕方なくなっていた。

「ねぇねぇ、何で屋根があるの?」

「うーん、これは私みたいな日本人には馴染みある考え方なんだけど、レーシはどうかな」

 それかはフユコは、すっと遠くにある山を指差した。

「あれは?」

「山」

「どんな形してる?」

「三角形」

「そういうこと」

 ん? そういうこと? 

 つまりあれは、あの屋根のついた十字架は山の下に十字架があるっていうこと? 

 何だそれ。ますます分からなくなった。

「何で十字架と山をくっつけたの?」

 僕の問いにフユコは笑う。

「レーシ。さっきの話聞いてなかったな。私さっきからずっと『宗教』の話してたのに」

 そっか。さっきから話してた学校の先生みたいな話、あれに関係することなのか。

「ごめんなさい」

 素直に、謝る。さっきソーセージを食べてお腹が膨れていたのも素直になれた理由だ。

「もう一回話して」

 するとフユコは笑って僕の頭を撫でた。

「しょうがないなぁ。ちゃんと聞いててよ」

 まず、この国には他とは違う宗教があってね。

 早速僕は口をはさむ。

「宗教って、神様とかのことだよね」

「そう」

「他とは違う宗教って、他とは違う神様ってこと? 神様は一人じゃないの?」

「ふふ」

 フユコは笑った。

「キリスト教は一神教と言って、神様は一人だと考えてるよね。でも世界には多神教っていうのもあるんだ」

「何それ」

「『神様はいたるところにいる』っていう考え方をすることだよ」

 えっ、それって。

「それ変だよ」

 フユコは首を傾げる。

「どうして?」

「だってそんなに神様がたくさんいたら誰にお祈りしたらいいか分からないもん」

「簡単だよ」

「どこが?」

「おうちのことをお祈りしたかったらおうちの神様。天気のことをお祈りしたかったら空の神様。ね、簡単でしょ?」

 うーん、確かに。

「ここ、ラトビアには『ラトビア神道』っていう宗教があってね。周りの国の宗教、レーシたちの信じるキリスト教だね、とは少し違う考え方をしてるの。一番分かりやすいところが今言った『多神教』、『いろんな神様の信仰』だね」

「ふうん」

 僕は分かったような分からないような気持ちになって頷いた。

「それとそこの屋根のついた十字架とはどう関係あるの?」

「それは、ほら」

 フユコがまた遠くの山を指差す。

「いろんなところに神様がいるでしょ? もちろん、山にも」

 そこで僕はハッと気がついた。

「山の神様にお祈りしてるの?」

 フユコはまたふふふ、と笑った。

「正解。山の神様に『お元気ですか?』とか『今日もお綺麗ですね』とかメッセージを送ってるの。でもね、レーシ。十字架はどうしてでしょう?」

 ん? 十字架がどうして? 

「神様にお祈りするなら十字架は……」

 と、言いかけて、気づいた。

「そっか。そもそも神様が違うのか」

「その通り」フユコは満足そうに笑った。

「じゃああれ、二つの神様が合体してることになる!」

「そうだよ。どうしてそうなったのでしょう?」

 うーん、と僕は考える。少し悩んでいると、フユコがヒントをくれた。

「レーシの信じるキリスト教の神様は強いよね。信じてる人がたくさんいる」

「うん」

「もしかしたらこの辺にもその信じてる人が来たんじゃないかな」

「何しに?」

「キリスト教は立派ですよーって」

 なるほど。それはありそう。

「でさ、そういう人たちが増えていって、そのうち『まだキリスト教じゃないの?』みたいになったら、最初から山の神様を信じていた人たちは窮屈だよね?」

「……うん」

 分かる、気がした。その山の神様を信じていた人たちの気持ちが。

 だってそれは多分、すごい力を持った人が無理矢理「こっちに来い!」って言うのと似てる。つまり、そう。

 まるで僕たちみたいじゃないか……。

 そんなことを思っているとフユコがつぶやく。

「だからね、見た目上は『キリスト教さん、あなたたちとはお仲間です』と言いつつも、大事な山の神様信仰は手放してない、そんな意味があの十字架にはあるんじゃないかな」

 そっか……そっか、なるほど。

 僕が家族を信じているみたいに。

 この国の人たちも、信じてたんだ。

「じゃあ、大事な屋根だね」

 僕はフユコを見上げた。

「すごく大事な屋根」

 フユコは笑った。

「そうだね」

 僕は少し、考えた。あの十字架、博物館の芝生の上に刺さったあの不思議な十字架を見て、考えた。

「ねぇ、フユコ?」

「ん?」

「僕たち、迷惑だったかな」

「どうして?」

「もともと信じてる神様がいたのに、こっちの神様がいいですよー、なんて、余計なお世話だから」

「うーん、そうした側面も、あったかもしれないけどさ」

 フユコもすいっとあの屋根のついた十字架を見た。

「色々あったと思うよ。そりゃ、二つのものが隣り合って、混ざり合って、きっとたくさん難しいことがあったはず。でも少なくとも今は、仲良しなんじゃない?」

 屋根と、十字架。

 山と、神様。

 二つが混ざって、今は仲良しに。

 ふと、あの芋洗いみたいな場所ではぐれたお母さんのことを思う。

 お隣さんのせいで、僕たちはああなった、こうなった。

 でもいつか、あの十字架みたいに、なれるのかな。

「そうなれたらいいな」

 口からぽろっと言葉が漏れたけど、フユコには聞こえなかったみたいだった。

 僕たちはまた少し、歩くことにした。

「今日はいい天気だねぇ」

 空を見上げたフユコが嬉しそうにつぶやく。

「明日の空は何色だろうね」


――『あれは何なの?』了

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