第13話 あれは何なの?

 リガ中央市場を歩き回って、食べ物なんかをたくさん買い込んだ僕とフユコは、フラフラと街中に歩き出した。市場で売っていたソーセージをかじりながら、青空の下のリガの、いろんなところを歩いて回った。

「ラトビアはちょっと変わった国でね」

 フユコが、歩きながら僕に教えてくれる。

「ラトビアを含めた近隣三国は、バルト三国、なんて言い方をされるの。バルト海に面した国々のことね」

「うん」

 僕はソーセージにがぶっと噛みつきながら頷いた。肉汁が溢れて指をつたったが、気にしない。僕はもう一口かじってからフユコを見上げる。

「そのバルト三国は仲良しなの?」

「仲が悪くはないんじゃないな。よくは知らないけど」

 フユコは首を傾げた。

「旧ソ連、ロシアのことね、それがこのバルト三国を支配していたことがあったの。それが三国手を組んで支配から脱するためにいろいろ動いたりしたから、多分戦友くらいには思ってるんじゃないかな。でもね、このラトビアと他のバルト諸国……エストニアとリトアニアとには、決定的な違いがあるんだよ」

「違い?」

 ソーセージを食べ終わった。口の中の肉をごくんと飲み込むと、ジュースが欲しくなった。でも贅沢は言ってられない。僕は静かにフユコを見上げる。フユコが、言葉を続ける。

「レーシは、困った時や助けてほしい時、誰にお祈りする?」

「神様」

 僕は胸の前で十字を切った。

「食べ物や安全をくれるのはいつも主たるイエス・キリスト、それと神様だって教わった。まぁ、このところ仕事してないみたいだけど……あ、でも今日は仕事したのかな。ソーセージ、美味しかったもん!」

 するとフユコはふふふ、と笑ってから続けた。

「そうだね。キリストや神様はみんなのことを見守ってくれている。それはこのバルト三国の人たちも同じことを思ってるよ。エストニアと、リトアニアの人たちはね」

 ん? 僕は首を傾げる。

「ここの人たちは……ラトビアの人たちはそうは思ってないってこと?」

 フユコは「んー」と言葉の端を滲ませた。僕は立て続けに訊いた。

「え、もしかしてここの人たち悪い人?」

 キリストの教えに背くなんて悪魔ぐらいのものだ。もしかしてここにいる人たちはみんな悪魔なのかな。そう思うと、さっき食べたソーセージが何だか不気味なものに思えてきた。あれ、何のお肉だったんだろう……。

「違う、違うよ。ラトビアの人たちだっていい人たち。ただね、レーシ。世の中にはいろんな宗教があるの」

「しゅうきょう?」

 僕はまた首を傾げる。

「何それ」

「困った時や迷った時に頼りにするアイディアのことかな。神様っていうのはひとつ分かりやすい例だよね」

「ふうん」

 神様以外に助けてくれる存在がいるんだ、と僕は変な気持ちになる。まぁでも、フユコとの旅で分かった。世の中いろんなものがある。

 フユコは続けた。

「で、ここ、ラトビアはちょっと変わった宗教を大事にしてるの……」

 と、学校の先生みたいにしゃべり始めたフユコのことを、僕は大して気に止めるわけでもなくフラフラ一緒に歩いた。旧ソ連……ロシアのことだっけ。あの国いつも色んな国にいじわるしてたのか。困った奴らだ。まぁ、話してみればいい奴だったりすることもあるけど……それに、みんながみんな悪い人ってわけじゃないんだろうけど、そのことは頭では分かっているんだけど、でも、憎らしくなる。嫌いになる。なってしまう。人に対してこんな気持ちは向けちゃいけないはずなのに、向けてしまう。そのことな悔しくて、悲しかった。だから僕はフユコの話もそこそこに、ひたすらポツポツ歩いていた。

 それに気づいたのは、妙に大きな建物の前に来た時のことだった。パッと見看板を読むことはできなかったが、「博物館」というニュアンスのある単語が使われていることは確かだった……つづりが似てる。

 ただ、そこの庭にあるものが何だか変だった。十字架……? なのは間違いなさそうな見た目をしていたが、その上に屋根みたいな三角帽子がちょこんと乗っていた。何だろうあれ。雨が降っても大丈夫なようにしているのかな。

 ふと、それが気になった僕は握られていたフユコの手をぐいぐいと引っ張って、それを示した。三角屋根のついた十字架。地面に刺さったそれ。そもそもここは教会でもないのに、どうして十字架があるのだろう。そしてそれがどうして地面に刺さっているのだろう。訊きたいことは山ほどあった。フユコはふと、それまでずっと続けていた「しゅうきょう」とやらに関する話をやめて僕の示した先を見た。

「あれは何なの?」

 僕は訊ねた。するとフユコが、あの地面に刺さった三角屋根の十字架を見て、ニコッと笑った。僕はムッとしてフユコを見た。

「あれはね、レーシ。簡単だよ」

 フユコの言葉に僕はもじもじする。簡単、って言われても。フユコは大抵、僕が全く想像もできないこと、考えつきもしないことを平然と話すのだから。

「さっき私が話していたことを考慮してごらん」

 そう、言われる。

 僕は少しの間考えるふりをしたが、しかしすぐに頭が回らなくなったので(まぁ、ほとんど聞いちゃいなかったから当然なんだけど)、素直に訊いた。

「あれは何なの?」

 するとフユコは、笑って続けた。

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