第12話 ダンプリング
「何でヴァレーニキがここにあるの?」
僕がフユコの袖を引っ張って訊くとフユコはメニューを眺めていた目をこちらに向けて笑った。
「さぁ、何ででしょう?」
さっきも言ったがヴァレーニキはひき肉と野菜を皮で包む料理のことだ。サワークリームソースで食べる。僕はお母さんの作るそれが本当に大好きだった。ヴァレーニキそのものも、お母さんが作る特製のサワークリームソースも。大好きだったから、とにかく大好きだったから、売店に並んでいたそれを見て、思わず泣いてしまった。するとそれに気づいたフユコがしゃがみ込んで僕の頬を拭ってくれた。
「どうしたの? 大丈夫?」
フユコがそっと、抱きしめてくれる。泣きじゃくり始めた僕はやっとのことで「ヴァレーニキ」とだけ伝えた。フユコが振り返って、売店を見た。
「あれがヴァレーニキだと思ったのね」
フユコの後ろに並んだヴァレーニキを見て、僕は頷く。
「だってヴァレーニキだもん」
「そう見えたのね」
「ヴァレーニキだもん」
フユコは僕の背中をさすってから、また僕の顔を覗き込んできた。僕が黙ってフユコを見つめていると、フユコはくすっと笑って僕の頭を撫でてきた。それから立ち上がり、サイフを取り出した。
「せっかくだし、これ食べようか! おじさん、ひとつちょうだい! ソースたっぷりで!」
フユコがヴァレーニキを指差してそう告げる。売店のおじさんは陽気に笑うとヴァレーニキをパックに詰め始めた。僕はおじさんの、大きくて毛だらけの腕がせわしなく動く様子を黙って見ていた。仕事をする男の手、という感じだった。
*
「ダンプリング、って言うんだよ」
売店のそばにあった、安っぽいテーブルの上で。
僕はヴァレーニキを頬張っていた。家のヴァレーニキと違って野菜のにおいがきついヴァレーニキだったが、肉がいいのかとても美味しかった。思わずバクバク食べた。この何日かで一番食べたかもしれない。パックについていたプラスチックフォークまでかじりそうな勢いだった。
そんな僕の食べっぷりを見て、フユコは満足そうに微笑んでいた。両手で頬杖をついて、僕の方を見ている。僕は食べながら訊く。
「何だよ」
「ううん、たくさん食べなね」
「フユコは食べないの?」
「じゃあ、もらおうかな」
フユコがフォークを動かしヴァレーニキを口にする。「美味しい」フユコはまた微笑んだ。
「ダンプリング、って言うんだよ」
僕は「ん?」と聞き返した。フユコはまた繰り返した。
「ダンプリングっていうの。その料理」
「これはヴァレーニキだよ」
僕はムッとして返す。
「ヴァレーニキ。僕のお母さんもよく作ってた」
「小麦粉の皮に、肉や野菜を詰めて焼いたり煮たりする料理でしょ?」
フユコの短いまとめに、僕は頷く。
「そう」
するとフユコは穏やかな表情のまま続けた。
「英語圏ではダンプリングって言うの。小麦粉と水を混ぜた生地を加工して作る料理の総称だよ。肉や野菜や包むほかにも、生地そのものを茹でたりすることがある」
「パスタとは違うの?」
「うーん、形とかが違うんじゃないかな。イタリアのニョッキとかもダンプリングって言うね。ソースが絡むかどうかも大事なのかも? 分からないけど」
「ふうん」
僕はまたヴァレーニキを食べる。確かに僕が食べているこれにはサワークリームソースがかかっている。このソースとヴァレーニキの生地がからむのが美味しいんだ。
フユコは僕の食べっぷりを眺めながら続けてくる。
「英語圏でも有名な料理だけど、特にユーラシア大陸ではいろんなダンプリングがあるの。ドイツではマウルタッシェ、ポーランドではピエロギ、チェコではクネドリーキ、ハンガリーではガルーシュカ、中国では餃子、そしてレーシの故郷、ウクライナでは……」
ヴァレーニキ。
「そんなにたくさんあるんだ……」
「どのダンプリングも小麦粉の皮を調理するという共通点があるね。日本にもあるよ。団子とか、ほうとうとか、蕎麦がきとか、すいとんとか……」
「日本にはそんなにたくさんあるの?」
「いろんな国の文化を吸収する国だからね。ダンプレンなんて、『ダンプリング』って言葉をそのまま日本語風に訛らせた名前の料理まである」
すごい……。
フユコが生まれた国、日本。不思議の国、神秘の国。ダンプリングがたくさんある国。いつか、行ってみたいな。
「ここはラトビアだから、ダンプリングもペリメニって名前に変わってるよ。サワークリームソースにかけるのが主流なのはウクライナと一緒だね。サイズはどう? ウクライナのと近い?」
「近い」
僕はヴァレーニキ……じゃなくてペリメニを眺めてみる。ちょっと小ぶりな雰囲気はあるけど、でも友達の家で作ったものだと思えば納得できる大きさだ。
「さて、腹拵えをしたら!」
フユコがすっくと立ち上がる。僕はサワークリームソースをフォークのふちですくって舐めていた。
「残りを回ろう!」
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