交換日記
西しまこ
第1話
「ねえ、交換日記のノート、買ってくれた?」
美紅ちゃんが言う。
ああ、言われちゃった。どうしよう。
「うん、ごめんね、買うの忘れちゃって。明日持ってくる」
「分かった」
美紅ちゃんとの交換日記はもう一年近くになる。ノートは交替で買う約束だった。交換日記には、毎日好きなことを書く。好きなひとのことや学校では話せないこと、それからイラストなんかを描く。美紅ちゃんは絵がとても上手で、いつも羨ましいなあって思っている。美紅ちゃんとの交換日記は大好きで、書くのも読むのも、楽しいことの少ない学校の数少ない楽しみの一つだった。
「ただいま」
家に帰り、ランドセルを置く。ああ、言わなくちゃ。ノートを買うお金をくださいって。
「おかえり」
お母さんが言う。
「うん、ただいま。お母さん、あのね、ノート買うお金が欲しいの」
「ノートなら、そこにあるでしょう」
お母さんはどこかでもらったかわいくもない、しかも会社名が書いてあるようなノートを指さす。
「そういうのじゃなくて、かわいいのがいいの」
「勉強にかわいいのは要らないでしょ」
「……交換日記のノートなの」
「交換日記? 誰と?」
「……美紅ちゃんと。この前からずっと欲しいって言っていたよ」
「そうだっけ? 交換日記なんてどうしてしているの? 美紅ちゃんはあんまり頭のいい子じゃないでしょう。もっと頭のいい子とつきあいなさい。柴田さんとか」
「……でも、美紅ちゃん、絵が上手なんだよ」
「はあ。どうしてそうなの。それよりお手伝いしてくれる? あなたはどうして何もしないの」
「ねえ、ノートのお金」
「ノートはそこにあるって言ったでしょ! 早くお手伝いして‼」
わたしは泣き出したいのを我慢して、台所に向かった。
どうしよう、今日もノート、買えなかった。
翌日、学校に行くと美紅ちゃんが水色に虹の柄が入った、かわいいノートを差し出してきた。
「我慢出来なくて、買っちゃった。今度はこのノートにしよう!」
――毎日、よく書くことがあったよなと思う。
わたしは文房具売り場で手にした、かわいいノートをそっと元の場所に戻した。
交換日記 西しまこ @nishi-shima
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