54話 学園祭に参戦します -3-

 私はヒロインのユリカとともに、ドレスに着替えてホールの方へ向かう。

 すると舞台袖には、なぜか推しの3人が待っていた。

 私は他の人の邪魔にならないように、なるべく小声で話す。


「あら皆様。出番があるわけでもないのに、どうして舞台袖にいらっしゃるんでしょうか?」

「あぁー……ちょっと厄介な用件が見つかったのでな。ここに来た次第だ」


 私の質問に、ラドゥス王子が少し言いづらそうに答えてくれる。


(厄介な用件? 何かあったのかしら?)


「あの、何かこちらであったのでしょ「リーゼリット様、もうすぐ出番ですよ!」わかりました! すぐに参りますわ」


 推しの3人に何があったかを深掘りして聞こうとしたところだったが、ユリカに出番が近づいていることを告げられる。

 一旦質問の内容は置いておいて、私は自分の出番に専念する。


 すると、シュジュアとターナルから声をかけられる。


「リーゼリット嬢、何があったとしても気にせずに歌いきれ。俺は君を応援している」

「リーゼリット殿、あなたはあなたらしく歌い続けてください。私もあなたを応援しています」


 まるで何かあることが前提なのが、どうしても気になってしまう。

 だがその言葉に裏はなく、応援されていることに変わりはない。


「シュジュア様、ターナル様、応援いただきありがとうございます。わかりました、私は私らしく歌いきってみせます」


 そう言ったあと、すぐに私の出番がきて私とユリカはホールの舞台上に向かった。



 いざホールの舞台上に立ってみると、かなり緊張する。

 今までさまざまな修羅場をくぐり抜けできたが、こんな緊張の仕方ははじめてだ。


 座席の方を見てみると、賓客席にゲネヴィア第1王太子妃がいて、ダリアン王子もその近くに座ってこちらを鑑賞していた。

 小説とは異なる展開ではあるが、母子関係が良さそうでつい嬉しくなる。


 私はユリカと、楽曲を弾いてくれる音楽家の人たちにアイコンタクトをとり、呼吸を整えて歌いだす。


 邸宅の私室でも、学園の昼休みの時間や放課後でも歌っていた歌だ。

 私はこの歌でのみ超絶"音痴"を披露したりはせずに音程をとれて、それなりに歌えるようにはなっていた。


 私とユリカの歌は軌道に乗って、ホールに響き渡っていた。

 問題なく歌えている自分に心の底でホッと安心しながら、私はユリカに合わせて歌い続けていた。


 すると、着ていたドレスに何かしらの違和感を感じるようになる。

 なぜなのか、ドレスがずり落ちてはだけそうな感覚に、なにやら嫌な予感がしてくる。


 もしかしたら、これは──。


(ヒロインのユリカではなくって、私が狙われてドレスに細工をされてしまったってこと!?)


 こんな白昼堂々と細工をしてくるなんて思わなかった私は、あきらかに動揺している。

 それでも、元々超絶"音痴"な私が不安定になると、音を外しやすくなるのは目に見えているので今は曲に集中する。


 だが、どうしてもドレスの方が気になってしまう。

 ホールまで歩いてきた間に、ドレスは既に限界を迎えていたのかもしれない。


 私はシュジュアやターナルが応援してくれたことを思い出して、なるべく動揺を隠したまま歌う。

 推しが私を応援してくれたのだ、ここは頑張らなければ。


 ドレスは今にもはだけそうでどうしようもない。

 歌がクライマックスに差し掛かったと同時に、ドレスがずり落ちる感覚がしたそのとき──。


 ドレスがもうはだけてしまったのだろうか、ずり落ちそうで重かった身体がふと軽く感じる。

 けれども、ドレスは今もきちんと着用したままのようだ。


 その変な違和感に疑問符を浮かべながら歌い続けていると、ユリカとのデュエットに複数の男性の声が入り交じっているのがわかる。

 この後ろから聴こえてくる声は、この数ヶ月ほどでいつの間にか聞き馴染んでしまった人たちの声音だ。


 私は後ろを振り向きたい衝動に駆られつつも、クライマックスを歌っている手前、曲に集中しなければならない。

 何が何やらでわけのわからなさに戸惑いながらも、私はヤケにならずにできる限り丁寧に歌唱する。


 そうして、歌に集中力を注いでいるうちに楽曲は終わりを迎えて、私とユカリはホールの観客に向けて礼をする。

 観客の人たちも、私の後ろで歌っていたメンバーに驚きつつも、惜しみない拍手を送ってくれる。

 私とユリカのデュエットから、クライマックスで突然の五重唱クインテットになったのは観客には良い驚きだったようだ。


 こうしてなんとか無事に、歌唱部門での歌の披露は終わった──。



 舞台袖を抜けて、控え室前まで来ると同時に、私は今でもドレスを支えてくれている推したちにお礼を言う。


「ラドゥス様、シュジュア様、ターナル様。この度は助力いただきありがとうございますわ。おかげさまで、出番中にドレスがはだけることなく歌いきることができました」

「まったく、リーゼリット。そなたという者は。まぁいい、説教は後からだ。先に着替えてくるといい。」

「その……リーゼリット嬢。ドレスの前側は問題ないのだが、後ろ側が透けていて俺には目の毒だ」

「私にもちょっと刺激が強すぎて、見ていられません。リーゼリット殿、早く着替えてきてください」


 私も私自身の失態は受け入れねばならないと思っていたので、ラドゥス王子の言い分はもっともだ。

 シュジュアとターナルの意見は、貴族令嬢の身としてはあまりにも恥ずかしすぎる。


「おっ、お恥ずかしいところを申し訳ございません。すぐに着替えてきますね。」


 私は急いで着替えようと、すぐさま控え室に入ろうとする。

 そのときに推したちの手が外れ、控え室前でドレスが完全にはだけてしまう。


「きっ、きゃあああぁぁ~~!? すみません、すみません!!」


 私はドレスが大きくはだけて肌があらわになりながらも、なんとか控え室に入っていく。


「「「役得だな(ですね)」」」


 推し3人が呟いた小さな言葉は、あえて聞かなかったことにした。



 控え室に戻ると、ユリカは既に制服に着替え終わっていた。


「リーゼリット様!? そんなあられもない姿で、ここまでやって来てしまったのですか?」

「いえ。控え室に入るときに、御三方の手が離れた途端に大きくはだけてしまいました……」


 リーゼリットがドレスを着替えるのを手伝ってくれながら、ユリカは気まずそうに話す。


「わたしがもっと強く止めておくべきでした。それに、もう少しわたしが早く来ていれば……」

「気にしないでちょうだい。私がうっかり、細工された方のドレスを着たのが悪いのよ。予備のドレスがあったのにね」

「予備のドレスがあって、いかにも怪しい返し方をされたドレスの方を着たのですか!?」


 ユリカは信じられないという目で私を見てくる。


「……リーゼリット様はもう少し、人を疑うべきかと思います」

「そうね、気をつけておくわ。親切にありがとう、ユリカさん」


 私の目を細めて微笑する姿に、ユリカは赤面した顔を隠してしまった。

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