53話 学園祭に参戦します -2-
私は先程の男子生徒の勢いに呑まれて唖然としていたら、横で頒布していた推し3人も何やら茫然としていた。
それでも、まだまだ列に並んでいる人がいるので、引き続き頒布をおこなおうとするとなぜか私は裏方に回された。
いくら私の列に並ぶ人は少数とはいえ、戦力外にされるのはあんまりである。
休憩後も変わらず行列であるうえ、裏方でもやる作業は多いので、そんなことを考える暇もすぐになくなってしまったが。
忙しく裏方として動き回っているうちに、あらかじめ刷っていた分の複製本はなくなり、午前中のうちに頒布会は終了してしまった。
まさかここまで人気になるとは思わず、合作して描いた私も万々歳だ。
「お疲れ様です。ラドゥス様、シュジュア様、ターナル様」
私は推し3人に労いの言葉を言う。
「ああ。まさか、ここまで大盛況になるとは思わなかったな。手間をかけて、描いた甲斐があったものだ」
「お疲れ様。まぁ、ラドゥスの描いた絵が、今までとはまた打って変わって称賛されるのなら何よりだ」
「お疲れ様です。成果がこうしてわかると、苦労して完成させたのもあって喜ばしいことです。……それで、リーゼリット殿」
ターナルはどうやら、私に聞きたいことがあるようだ。
「はい、なんでしょうか?」
「先程のやたら距離の近かった男子生徒とは、お知り合いなんですか?」
まさか、そのお話をされるとは思わなかった私はキョトンとしてしまった。
「いいえ。初対面の方なので、いきなり手をもたれてびっくりいたしましたわ。でも、私を称えてくださっていました。もしかしたら、私にもファンがいらっしゃったのかしら?」
私がそう言うと、何やら推し3人だけで会話をしはじめた。
「シュジュア、先程の生徒は知っているか? 僕は同じ1年生で、違うクラスの生徒であることだけはわかったが。」
「ああ。たしか、男爵令息でユリカ嬢と同じクラスだな。……そういえばジオが、俺と同じ学園の生徒で年上の仲のいい友人がいると言っていたから、その生徒の可能性があるな」
「なるほど。ジオ殿からリーゼリット殿のお話を聞いていれば、何かしら興味を持たれている場合もあるかもしれませんね」
ラドゥス王子も、シュジュアも、ターナルも、私を除け者にして話に夢中である。
「別にいいじゃないですか、私のファンのお一人くらい。ラドゥス様やシュジュア様やターナル様にも、ファンはたくさんいらっしゃるでしょう?」
「……そういう、リーゼリット嬢はどうなんだ?」
「それは、どういった意味でしょうか? シュジュア様」
「君はファン相手に馴れ馴れしくしている俺たちを見て、なんとも思わないのか?」
先程の男子生徒との間に馴れ馴れしさなど欠片もなかったのに、唐突に変わった質問が飛んできた。
今までイケメンの推しに人気があるのは当然だと思っていたので、恋人ならともかく、ファン相手にグダグダ言ってしまうのも器が小さく思われそうだ。
「さすがに私もなんとも思わないわけではありませんが……学園生活で友好関係を築く以上は、仕方のない部分があると思っています」
「「「……………」」」
推し3人はさっきまでの会話をやめて、途端に無言になってしまった。
(なんで!? 私、知らぬうちに失礼なことを言ってしまったのかしら?)
「まさか、こうも意識されていないとはな……」
「いざ現実を知ると、つらいものがありますね……」
「シュジュアも、ターナルも、見事に玉砕だな。そういう僕も、かなり傷ついたが……」
(御三方とも、見事に傷ついていらっしゃるわ!? 私、いったいどんな地雷を踏んでしまったの?)
3人とも急に気力をなくしたかのように、
私は詳細を聞こうにも聞けずに、ただ推し3人の周辺でおろおろしていた。
*****
──午後の部。
結局気まずい雰囲気を残したまま、私は歌唱部門の会場であるホールの控え室にたどり着いてしまった。
だが、ぐだぐだと悩んでいる暇はない。
ヒロインのユリカが、さらに落ち込んでしまうようなイベントが、今ここで起きるかもしれないのだ。
控え室に侵入した悪役令嬢たちがユリカのドレスに細工をして、ユリカの出番の際ホールで歌っている最中にドレスがはだけようとしてしまう。
幸い舞台袖に駆けつけていたダリアン王子がそれに気づき、急遽ホールに出てユリカと一緒にデュエットをしつつ、こっそりドレスのはだけを整える。
そんな形で大盛況のまま、歌を歌い終えるイベントだ。
本当なら駆けつけてくれたダリアン王子にドキドキするイベントかもしれないが、今の傷心中のユリカにはあまり負担をかけたくない。
ただでさえ、ダリアン王子に頼ってばかりなことを気にしているのに、さらに気を遣わせてしまっては可哀想だ。
そういったわけで、私は控え室でユリカのドレスが狙われないよう注視していた。
そうしていると、ノックもなしに控え室に見知らぬ令嬢たちが入ってくる。
その令嬢たちは、私の顔を見てギョッとしている。
間を置いて令嬢たちでコソコソ話をしたあとに、私に相談を持ちかけてきた。
「あの~……ノーマン侯爵令嬢のリーゼリット様とお見受けしますが」
「そうですが、いったいなんの御用でしょうか?」
「よろしければ、持ち合わせのドレスを忘れてきてしまって、その……出番前までドレスを貸していただけませんか?」
いくら私でも、知り合いでもない令嬢にドレスを貸したくはない。
申し訳ないと思いながらも、丁重にお断りをする。
「ごめんなさい。知らないお方にドレスをお貸しするのはちょっと……申し訳ありませんが、他をあたってくださいまし」
「お願いです! リーゼリット様しかいないんです! ほんのちょっと、少しの間だけでいいので……」
やけに食い下がってくるのは気になるが、ここまで言われて貸さないのも逆に悪い気がしてくる。
「はぁ……わかりました。出番までには必ず返してくださいね」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
そう言って、令嬢たちは私のドレスを借りて行ってしまった。
その令嬢たちとすれ違いざまに、ユリカが控え室に入ってくる。
「リーゼリット様、先程の方々はどちら様ですか? どうして、リーゼリット様が着る予定のドレスを持っていたのでしょうか?」
「それが、知らない方々だったのだけれど、ドレスを貸してほしいと頼みこんできて……。あまりにも頼み込んでくるので、つい貸してしまったのよ」
「それは……貸さない方がよかったのではないでしょうか? あとあと、何かしらあっても遅いのではありませんか?」
たしかに、ユリカの言う通りだ。
とはいえ、もし何かあれば一応予備のドレスも持ってきているし、筆頭侯爵家の令嬢に喧嘩を売ってくる相手はそうそういないだろう。
しばらくすると、先程の令嬢たちがドレスをすごすごと返しにやってきた。
着た形跡がなかったのはやけにおかしかったが、これならば予備のドレスでなくともよさそうだ。
私は令嬢たちに貸していたドレスの方を着て、いざ出番の待つホールへと向かうことにした。
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