52話 学園祭に参戦します -1-
ついに、はじまった学園祭。
人によっては待ちに待った行事であるかもしれないが、私──リーゼリットにとっては一種の戦いの場である。
学園祭での私の予定は、午前中はラドゥス王子の描いた伝記漫画の頒布。
午後からは、ヒロインのユリカとともにデュエットで歌唱部門への出場。
この二つが、主な今日の日程だ──。
──午前の部。
伝記漫画はなんとか製本まで仕上げることができた。
漫画の原本が無事に完成したときは、私も推したち3人も魂が抜けたような状態になっていた。
あとの複製本については、印刷機までラニと頭の中で共有して想像するのはなかなか難しいのと、あまり斬新的なものを作るのは私自身もどうかと思い活版印刷を採用した。
凸版部分だけを"物作りの達人"のラニに急いで作ってもらい、あとは王国でも有数の印刷工場に持ち込んで刷ってもらった。
さすがに、まだまだ試作段階の漫画を国庫からというわけにはいかないので、私の推し活金から印刷をお願いした。
ラドゥス王子はかなり複雑な感情であったようだが、私は推しを支援できてホクホクである。
そんなこんなで、完成した作品を教室の一室を借りて頒布をおこなっていた。
肝心のラドゥス王子は学園祭開催の挨拶でいないため、私、シュジュア、ターナルで漫画の頒布をしていた。
「ありがとうございますわ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
思っていたよりも話題になっていたのか、頒布会場の教室は長蛇の列になっていた。
学園の生徒だけでなく、卒業生などの来賓客まで並んでくれているようだ。
伝記漫画の内容の関係上、男性が多いかと思われたが女性も結構列に並んでいた。
推しがかなりのイケメンなのもあって、直接手渡ししてもらえる距離感が嬉しくて並んでいる女性も多そうだ。
その関連で
私の列に並びにくる人は、2人の行列の長さを気にしてしまったりして、とにかく漫画だけがほしい人が大半だった。
その圧倒的な差に、私自身の人気のなさを嫌でも思い知らされてしまう。
「やっぱり私って、今でもこんなに人気がないのですね……」
一旦挟んだ休憩中に、私自身も無意識のうちについ弱音を吐いてしまった。
言葉に出してしまってから、自分の声に気づいてハッと驚く。
「いや、君は十分に魅力的な女性だ。何も卑下することはない。俺が保証するから、他人の目など気にするな」
突然のシュジュアの口説き文句に、私はついドキッとしてしまう。
ドキドキしてしまっている私すら、シュジュアは好ましく思っているようで微笑みがとても眩しい。
「シュジュア殿、今リーゼリット殿を口説くのはやめていただきたい。それに……この件に関しましては、その……私たちが目を光らせすぎて、あなたに近寄りがたくなっているのはあると思いますよ」
それをターナルが、横から制してくれる。
なるほど、私の護衛という名のポンコツ防止の監視のせいでもあるのか。
ラドゥス王子が以前に、私にとにかく暴走しないようにおっしゃっていたし、誘拐事件もあって推したちが余計に目を光らせているのかもしれない。
どうりで、私が目を合わせようとした瞬間に、どの人にも目線を逸らされるのだろうとショックを受けていたところだ。
「そういうことなんですね……。私が目を合わせようとした途端に、皆さん目線を逸らして逃げるように去っていきますの。それが一度ではなく何度もだったので、余計に落ち込んでおりました」
「リーゼリット嬢が落ち込むほどの事柄ではない。それくらいで去っていくような相手など、気にしない方がいい」
「シュジュア殿……! リーゼリット殿をお護りするためであったとはいえ、失念していましたね。あなたがそう落ち込んでしまうと、私も参ってしまいます」
シュジュアは落ち込むほどの事柄ではないと言うが、私は学園の生徒たちとはできる限り仲良くしたいのだ。
いまさら、新しい友だちがほしいとまでは思わないが、せめて普通に喋れる相手はほしい。
そう思い悩んでいた矢先に、休憩中の貼り紙を貼っている教室のドアが開く。
「悪いな、遅くなった。ん……? どうした、リーゼリット?」
教室に入ってきたのは、ラドゥス王子だった。
どうやら私は、相当落ち込んだ顔をしているらしい。
「漫画自体は大盛況なのですが、私の頒布する列にはあまり並んでくれないのです。しかも、並んでいてくれた方も、本を受け取ると同時に颯爽と去っていくのです」
「あぁ~~……。そういうことか、わかった。そこの2人が原因だな」
ラドゥス王子はそう言って、シュジュアとターナルの方に歩き寄る。
「シュジュアもターナルも、他人をあまり威嚇しすぎるな。いくらリーゼリットに信用されるべきなのは僕たちと言えども、隔離してしまえば余計に浮いてしまうだけだ」
「だが、ラドゥス。もし、リーゼリット嬢に何かあれば、今以上に容赦がなくなる自信がある。今のうちに、警戒しておくべきだ」
「ラドゥス殿下、私もそう思います。リーゼリット殿の悩みは今後の課題ですが、周囲の監視を怠って以前のようなことがあっては私は耐えられません」
シュジュアとターナルの意見に、ラドゥス王子は深いため息を吐いている。
どうやらラドゥス王子にも、今の状況はどうにもできないようだ。
(あら? つまり、私個人の監視ではなくて、学園生徒や関係者の皆様の監視ってこと? 護衛の方法も、いつの間にか変わっていたのかしら?)
いろいろと考えることがありながらも、休憩時間は終わったので再び頒布会がはじまった。
やはり、推し3人と私の列の長さは歴然の差だ。
これは現実というものを受け入れていくしかないのだろうかと思っていた、そのときだった。
私の列に並んでくれていた一人の男子生徒に、伝記漫画を渡そうとしたときに急に私の両手を握られてしまう。
「リーゼリット様! あなた様もこの伝記漫画? なるものに、関わっていらっしゃるとお聞きしましたが間違いないでしょうか?」
「──!? えっ、ええ、そうですわ。この伝記漫画は合作によるものですの」
急に手を握られたことにびっくりしてしまったが、私も伝記漫画を書いていたのは事実なのでその通り話す。
「素晴らしいです! やっぱりあなた様は、すごい才能をお持ちですよ。これからも、陰ながら応援していますね!」
「はっ、はぁ。ありがとうございますわ」
そのあとも、私の両手は握られたままにブンブンと手を上下すると、言いたかったことを言い終えて満足したのか、伝記漫画を1部手に取って男子生徒は去っていった。
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