51話 閑話 -4- ~ターナル視点~

 ──ある日の放課後。


 私──ターナルは、子爵令嬢のユリカと魔法の練習をしている、侯爵令嬢のリーゼリットを待っていた。

 ときどきではあるが、放課後にこうしてリーゼリットはユリカと交流を重ねていた。


「ターナル様!? また私をお待ちくださっていたのですか? そんなに心配なさらなくても、私は一人で帰れますわ」

「リーゼリット殿、気にしないでください。これは私がしたくてしていることなので」


 ユリカとの会話が終わったのか、リーゼリットはこちらに向かって駆けてくる。

 私に気を遣っているのか、彼女は未だに登下校時の護衛に遠慮をしてくる。


 ロイズ侯爵の犯行による誘拐事件がきっかけとはいえ、私が彼女を護りたくてしていることに代わりはないのに。


「そっ、その、せめてこの毎回のエスコートだけは恥ずかしいのでやめていただけませんか? わっ、私は一人で歩けますので」

「そんな邪険にしないでください。こうして、あなたにふれることができるのでつい喜んでしまいますが、エスコート自体は真剣ですので」


 私はここ毎日、登下校時にリーゼリットをエスコートしている。

 彼女はそれが恥ずかしくて仕方がないようだが、これがあのとき護れなかった自分の贖罪しょくざい行為でもあるのだ。


「邪険になんて!? 私はターナル様をそのように思ったことはありませんわ」

「リーゼリット殿がそのような方でないのは、私もわかっておりますよ。ただ毎回断ろうとされてしまえば、さすがに私も少し傷ついてしまいます」

「もっ、申し訳ありません。私が恥ずかしがってしまっていたばかりに」


 リーゼリットは、実直な女性だ。

 顔を少しばかりうつむかせながらも、私に向けて謝ってくれている。


「では、登下校時のこのエスコートだけは受け入れてもらえると嬉しいです。もともとエスコートが、護衛を意味するのはあなたも知っているでしょう?」

「……わかりましたわ。すぐに慣れることは難しいと思いますが、これがターナル様の騎士道の一歩へとなるのなら少しずつ受け入れます」


 騎士を目指すのはリーゼリットのためではあるが、彼女をエスコートするのに騎士道うんぬんは私の信念とは少々異なってくる。

 彼女以外ならば役割でもないのに、学園内でここまで常に目を光らせて周囲を警戒しようとまではしない。


 訂正してしまうと、せっかくエスコートを受け入れてくれたリーゼリットに拒否をされても困るのでしないが。


「今日はユリカさんと歌唱の練習もしていたので、遅くなってしまいましたわ。ターナル様はいくら寮生とはいえ、ずっとお待ちになっていて寒かったのではありませんか?」


 月日はもうすぐ、11月半ばになる。

 そろそろ寒さを感じる季節になってきたので、リーゼリットの心配もありがたく思う。


「これくらいの寒さくらい、なんてことありませんよ。それでどうでしたか、ユリカ殿との練習は?」

「練習の甲斐がありまして、ようやくこの楽曲だけは音程を外さないようになりましたの! ユリカさんも、やっと胸を撫で下ろしてくれましたわ」

「それは何よりです」


 リーゼリットは漫画を描いている時間も暇があれば練習していたので、成果が実ったようで私も嬉しく思う。




 そうこう話しているうちに、学園の校門付近に停まっている馬車まで着いた。


「それでは、ターナル様。今日もお見送りいただき本当にありがとうございました」

「ええ、リーゼリット殿。それではまた、学園でお会いしましょう」


 リーゼリットを馬車まで送ると、私たちはそこで別れた。

 あれから、ノーマン侯爵も学園の行き来を警戒するようになって、彼女の護衛が馬車に同行するようになった。

 彼女の侍女ジェリーよりもさらに凄腕のようなので、私よりも力が長けているに違いない。


 私も早く、告白時に宣言したくらいに彼女の騎士としてふさわしい力を手に入れなければ。


 リーゼリットには話していないが、私が寮生で都合がいいのもあって、誘拐事件前から遠目で登下校時の護衛をしていた。

 シュジュアやラドゥス王子がすぐに行動に移せたのは、私が登校時に彼女の誘拐現場を発見したからだ。


 遠目からなのが仇であったのと、突然の事件発覚に出遅れてしまったのが私の落ち度だ。

 だから、今度こそはリーゼリットを護り抜いてみせる。



 私──ターナルはそう決意して、寮の方角へと戻った。

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