50話 悪役に誘拐されました -7- ~ターナル視点有~
ガラティア侯爵令息次男のターナルは、ノーマン侯爵令嬢のリーゼリットを愛していることを確信してしまった。
はじめに会ったときは、なぜガラティア侯爵家の採掘事業の支援に申し出てきたのかが、本当に不思議で仕方なかった。
学業に努めはじめたと聞いたのは最近の話であったし、悪評多きリーゼリットが関心を向けそうな事業でもなかったからだ。
でも、職人達や領民達との関わり方を見ると、貴族意識の高い女性とは到底思えなかった。
悪評から考えていた貴族女性とは、全く正反対の印象だったのだ。
──そう思い至ってからのターナルは、少しずつリーゼリットのことが気になるようになっていった。
リーゼリットが学園のクラス替えで非難の目を浴びているときも、彼女に浅ましいものに負けてほしくないと思っていた。
そのうちにリーゼリットの能力が判明して、彼女の監視をすることになっても、その護衛を良しとするようになっていった。
──それもあって、建国記念祭でもダンスに誘ってしまっていた。
"天啓"の話を聞いたときは驚いたが、そういう巡り合わせもあるのかと納得してしまっていた。
リーゼリットとの思い出を振り返っていたら、彼女を魅力的な女性だと口に出している自分がいた。
恐らくはそのときには既に、ターナルはリーゼリットを護りたいと思うようになっていた。
──そんな最中に、今日の誘拐事件があった。
シュジュアから、誘拐の情報を聞いた際は頭が真っ白になってしまった。
ラドゥス王子が国王に進言し、騎士団によるロイズ公爵の家宅捜索に踏み切った際はいつの間にか手を挙げていた。
それからターナルは叔父の騎士団団長に必死に掛け合って、騎士団と共に私兵として同行した。
──だが、ターナルはリーゼリットを護るどころか、彼女に護られてしまった。
ロイズ公爵が"スモール"という名の魔法が込められた丸玉を投げつけてきたときも、ターナルはリーゼリットが走って行くのを、ただ声で呼び止めようとすることしかできなかった。
リーゼリットが能力者でなかったなら、危うく本当に彼女を喪ってしまうところだった。
そのときにはっきりと気づいたのが、リーゼリットへの恋慕だった──。
リーゼリットを絶対に見失いたくはない。
彼女がこんな形で亡くなるなんて、どうしても認められない。
もう二度とこんな思いはしたくなかった。
だから、今度こそはリーゼリットを護り遂げたい。
突っ走ってしまいがちな彼女の後を追いかけて、行く手を阻むものを取り除いてあげたい。
これを恋と呼ばずして、なんと呼ぶのだろうか。
ターナルは今日このときから、リーゼリットに強く恋い慕ってしまったのだった──。
*****
──誘拐事件後、お父様の多大なる心配により、一日大事をとって学園を休んだ。
その次の日の登校。
私は今日もちゃんと就寝することができずに、寝不足気味で登校することになってしまった。
夜中に
いつも通り学園前で馬車を降りると、なぜか門前にターナルがいた。
「ターナル様!? どうして、こんなところにいらっしゃるのですか?」
「あなたに、もしまた何かあればと思うとどうしても不安で……。それならばと、門前で待つことにしました」
「そんな……。私はもう大丈夫ですわ。お気になさらないでくださいまし」
「そういうわけにはいきません。私に護衛させてください」
ターナルは護衛と言った通りに、私をエスコートしようとする。
「がっ、学園内でエスコートなんて恥ずかしいです! おやめくださいな」
「これは私の決意なのです。リーゼリット殿、受け入れてもらえませんでしょうか?」
そう言われると、推しに弱い私は受け入れざるを得なかった。
私は恥ずかしがりながらも、ターナルにエスコートされて学園に登校してしまった。
このときはまだ、私が誘拐されたことによる、ターナルの一時的な不安によるものだと思っていた。
これが登下校時に毎日続くとは、私は全く想像もしていなかった──。
「リーゼリット嬢! 無事でよかった……!!」
クラスの教室に入室すると、シュジュアが私を目にした途端に駆け寄ってきた。
「シュジュア様、ご心配をおかけしまして申し訳ありません」
「ロイズ公爵が怪しげな動きをみせている兆候はあったんだが、登校時にリーゼリット嬢を誘拐するとは……! 何もできずにすまない……」
「シュジュア様の情報のおかげで、すぐにロイズ公爵の犯行だと突き止めることができたと聞いておりますわ。お調べいただきありがとうございます」
「いや、君のためなら……」
私の渾身の笑顔に、シュジュアは顔を赤らめている。
「リーゼリット、無事であって何よりだ」
ラドゥス王子も私を見かけると、こちらへと近づいてくる。
「ラドゥス様もありがとうございます。ラドゥス様のおかげで、騎士団が大規模な家宅捜索に踏み切れたと聞いております」
「まったく、そなたという者は面倒事に巻き込まれおって……。僕とて
ラドゥス王子はそう言いながらも、安堵した表情を浮かべている。
私も誘拐事件が解決して、こうして再び推しと過ごせることができるのが何よりも嬉しい。
──今日の昼休みの時間。
伝記漫画執筆作業も、ただいまラストスパートをかけていた。
私は推し3人に指示を出しつつ、製本に向けて作業をおこなっていた。
そんな慌ただしくしている中で、美術室にノック音が響く。
「……入りたまえ!」
忙しいせいか、声が若干荒立っているラドゥス王子の返事で入ってきたのは、キュール公爵令息長男のマリウスと、ガラティア侯爵令息長男のザネリだった。
「兄貴、また来たのか!?」
「兄さん!? なぜここに……」
マリウスの弟のシュジュアと、ザネリの弟のターナルは、ほぼ同時に驚いてほとんど声が被ってしまっている。
「いや、忙しいときにお邪魔するつもりはなかったんだけれどね。慌ただしいところにすまないけれど、ザネリが一人では行きたくないと言うのでね」
「一人で行きたくないわけではありません。行く必要がなかっただけです」
マリウスは私たちに困り顔を向けているが、ザネリは突っぱねている。
「ザネリ、ユリカ嬢にも言われただろう?『もう少し、素直になってみてもいいのではないでしょうか?』と。今がそのときだよ」
マリウスにそう言われて、ザネリは観念したような表情で私の方を向く。
以前と同じような冷たい目で話しかけてくるが、前よりだいぶ緩和している気がしないでもない。
「リーゼリット殿。この度の一件でお変わりありませんか?」
「えっ? ええ。まだ身体に痛みこそありますが、健康に問題はありません」
「そうですか、それは何よりです。あのときは、弟のターナルが急に押しかけてきて驚いたでしょう?」
「驚きはしましたが、おかげさまでこうして元気にしておりますわ」
ザネリはなおも私の方を向いて、少し言いづらそうに話しかけてくる。
「……弟の誓いの件については、承諾いただきありがとうございました」
「それは、ターナル様がお決めになったことですわ。私はそれを後押しするだけです」
「……今まで私は、リーゼリット殿を憎きノーマン侯爵家の一員としか見てきませんでした。ですが、今後はそれを改めなければいけないようです」
ザネリは私に向けて、とても丁寧な仕草で礼をしてくる。
「リーゼリット殿。我がガラティア侯爵家を気にかけていただき感謝します。いまさらとなってはしまいましたが、私はようやく前に進むことができそうです。──どうか、弟のターナルをよろしく頼みます」
それだけ言って、ザネリは顔を上げてスタスタと美術室から出ていった。
「ザネリが素直でなくて申し訳ないね、リーゼリット嬢。前にも言った通り、うちの弟のシュジュアもよろしく頼むよ」
そう言って、ザネリのあとを追いかけるように、マリウスも美術室を退出していった。
私たち4人は、忙しく動かしていた手をすっかり停止して、マリウスとザネリが出ていった美術室のドアをしばらく眺めていた──。
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