49話 悪役に誘拐されました -6-

(えっ? ターナル様は今なんと? 私をお慕いしている……?)


 お慕い──。

 お慕い───。

 お慕いしているぅぅうう~~~!?


「どうしてそこまで、私を……?」

「気づけば、あなたをずっと目で追いかけていました。全てはあなたと会ったあの日から、この思いは少しずつつのっていったのでしょう」


 ターナルは今もなお、私の片手をギュッと握りしめている。


「今から少しばかり、自分語りをしてもよろしいでしょうか?」

「……ええ。どうぞ」


 私が聞き出したわけでもなく、ターナルの方から打ち明けてくれる。


「以前に兄に私の説得が通じず、どうするべきか悩みを打ち明けたことがあったでしょう? どうやら兄は私に対して、いつか出し抜かれるかもしれないという焦燥感しょうそうかんが常にあったようなのです。私はただ次男として、兄の補佐をしなければと思っていただけだったのですが……」


 憂いた目でターナルは続きを話していく。


「兄の為にと今までやってきたことが裏目に出ているなんて、思いもしておりませんでした。ここまで勉学や武技の研鑽を積み重ねてきたのは、全てはガラティア侯爵家の復興のためでした。でもこのままでは、私の存在が兄の可能性を潰してしまう」


 私はただただ、無言で相槌を打っている。


「……あなたと出会う前の私であったなら、ガラティア侯爵家を去ることぐらいでしか方法はないと思っていたでしょう。それくらい、私自身も追い詰められていたでしょうから。──ですが、今は違います」


 先程の憂いていた様子とは打って変わって、ターナルは私に向けて決意表明をする。


「私は騎士になります。全てはリーゼリット殿、あなたという存在を護りきるための力を得るために。いずれは叔父と同じように騎士団団長として、兄とは違う形でガラティア侯爵家の名を轟かせようと思います」


(なんだかすごい決意表明をされてしまったわ!? たしかに、ガラティア侯爵家は騎士の家系でもあるけれど、小説バイブルとは全く違う独自ルートを開拓させてしまったようね!)


「わかりました。それがターナル様のお考えなら、私は異存ございませんわ」

「ありがとうございます。私は兄ほど剣の才能はないと言われてきましたが、今までは兄に遠慮してきたからもあります。まずは、その名誉を挽回してみせましょう」


 私とターナルが緊張感ある会話をしているうちに、馬車はノーマン侯爵邸に着いた。


 ターナルはそっと私の手を離し「それではまた、学園でお会いしましょう」と、私が無事に馬車を降りてノーマン侯爵邸に帰るまで見送ってくれた。




 ノーマン侯爵邸に帰宅すると、お父様とお母様にものすごく心配された。

 お父様はなんだか鬱陶しいぐらい、私の無事を確かめてきた。

 お母様もよほど心配したのか、目の下に涙のあとがあった。


 あの私に厳しい侍女のジェリーでさえ、今日は非常に優しかった。

 優しすぎて、逆に恐ろしかった。

 それを言うと、いつもより厳しさの増した侍女に戻りそうで口には出さなかったが。


 ノーマン侯爵家の皆が皆心配をしてくれて、私は改めて自分自身がリーゼリットであることを自覚する。

 記憶が戻ってすぐは混乱していて、リーゼリットの体をただ借りているだけのつもりだったが、リーゼリットわたくしはもう完全に"私"なのだ。


 私はいつも通り食事と入浴を済ませて、私室のベッドの中で考えに入り浸る──。



 *****



 小説バイブルの中でも、悪役貴族として名高いロイズ公爵の捕縛──。


 ロイズ公爵の件はいずれどうにかしなければと思っていたが、まさかのあちら側から仕掛けてきた。

 しかも狙ってきたのは、原作のヒロインである"魔法使い"のユリカではなく、私──リーゼリットだった。


 誘拐という手段を選ばれるとは思わなかったが、そのお陰で内部潜入に成功できて、ノラとカイを救出することができた。

 小説バイブルにもほとんど詳細の書かれていなかった2人の少年少女の"魔法使い"は、10年間もの奴隷生活を強いられていた。

 ロイズ公爵の失踪と共に、囚われていた者が脱走・・・・・・・・・・したことぐらいしか書かれていなかった小説バイブルの内容では、ここまでとは予想していなかった。


 "スモール"に込められていた魔法が、ノラとカイ2人の爆発魔法と流水魔法であることも、今回の事件で発覚した。

 そもそも私は、あの小さな丸玉が小説バイブルに書いてあった"スモール"という兵器と合致していなかった。

 そのせいで、今回の事件は私もかなり翻弄されてしまった。


 原作者である前世の姉には、文句の一つでも言いたいものだ。


 私の能力が思ったよりも万能であったことと、聖ワドルディ自らロイズ公爵を裁いてくれたからこそなんとかなった。

 どれか一つでもたがえていたら、もっと大事になっていた。


 いつも行き当たりばったりになっている気がしないでもないが、今回は特に運に感謝しなければならない。


 聖ワドルディの登場は予想外だったが、ロイズ公爵の捕縛の功労者だ。

 老いが加速したロイズ公爵はもう逃げる気力すらなく、なすがままに騎士団に連れていかれた。

 今の状態のロイズ公爵から事件の供述が聞けるかはわからないが、少なくとも失踪できるような思考力は既に喪失してしまっているだろう。



 そして、ターナルからの告白──。


 原作通りなら長兄であるザネリと喧嘩別れするはずだったターナルが、騎士を目指すことを私に伝えてきた。


 ザネリの件は、鉱山見学のときには完全には改善することができずに悩んでいた。

 だから私はヒロインのユリカを頼ることにしたが、今回の一件でターナル自身にも変化が生じた。

 今後の兄弟仲は、徐々にでも改善していくことだろう。


 だから、私は2つ目の原作改変ができたことを喜ぶべきだ──。



 それにしても、ターナル様の『お慕いしています』が、今でも忘れられないわ~~~!!


 なんでなのかしら?


 私は今日はただ、ロイズ公爵に誘拐されただけなのに!?

 その後もほとんど、ノラとカイの魔法でなんとかしただけなのに!?

 最終的には、聖ワドルディ様が決着をつけてくださったから大事にならなかったのに!?


 でも、私が無事だっただけでホッとしたとおっしゃっていたわ!


 じゃあ、その前からってこと!?

 その前って、いったいどの前から!?


 もう、わけがわからないわ!

 私は能力が使えるだけで、ただの侯爵令嬢なはずなのに~~~!!



 私は今日も寝不足になりそうな危機を感じながら、強引に就寝することにした。

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