48話 悪役に誘拐されました -5-

 聖ワドルディは、ロイズ公爵を見下ろしつつ地面へと着地する。


「ようやく我を思い出したか」

「はい! 聖ワドルディ様!!」


(聖ワドルディ様がどうしてここに? なんのために現れたのかしら?)


 そもそも、小説バイブルの状況と今の状況は全く違ってきているのだ。


 ダリアン王子ルートでは、"魔法使い"のヒロインのユリカがロイズ公爵に狙われる。

 ダリアン王子は"スモール"による攻撃に耐え、ユリカの魔法でロイズ公爵は窮地に追い込まれる。

 その結果、ロイズ公爵は窓から飛び降りるも、死体は見つからないまま事件は終了する。


 ザネリルートの方では、こちらも"魔法使い"のユリカがロイズ公爵に狙われる。

 それを叔父である団長と共にザネリが騎士団を率いて、"スモール"に苦戦しつつもロイズ公爵をなんとか捕まえる。

 しかし一度は捕まえたものの、何処いずこへ行方をくらまされて事件は終了する。


 どちらも、後味の悪いまま終わる話だ。


 その後、ロイズ公爵家の"ホープ"は、聖ワドルディの衰弱によって効力を失う。



 だがしかし、今の状況は──。


(今をも"ホープ"は願いを叶えている最中。一度願ったものは取り消せないはずよ。聖ワドルディ様は、どうするつもりなのかしら?)


 ロイズ公爵は先程とは打って変わって、媚びへつらった態度で聖ワドルディを迎えている。


「聖ワドルディ様の"ホープ"のお陰で、こうして富を得ております。誠にありがとうございます」

「"ホープ"のお陰……か。愚かな男よ、我がそれを本当に望んでいると思うのか? 」

「……どういうことでしょうか?」


 ロイズ公爵はきょとんとした顔で、聖ワドルディを見返している。


「我はな、そのくだらない望みを捨てさせに来たのだ」


 そう言って、聖ワドルディは大広間の中心にある"ホープ"に近づく。

 その言動に伴った行動に、慌ててロイズ公爵は懺悔ざんげする。


「申し訳ございません、聖ワドルディ様! お気を悪くするようなことをしてしまったのならお許しください。せめて"ホープ"だけはそのままに!」

「そういうわけにもいかんのだ。愚かな男、お前の望みは他の人間が巻き添えを食らう。それを見過ごしていては、我の沽券こけんにも関わる」


 そして、聖ワドルディは"ホープ"を手に取る。


「お許しください! お許しください! お許しを!!」


 もはや、ロイズ公爵は同じ言葉ばかりを繰り返すロボットのようになってしまった。

 聖ワドルディはそれを意にも介さず、"ホープ"から手を離そうとしない。


 そのうち、どんどん"ホープ"から輝きがなくなっていき、色を失っていく。

 それと同時に、ロイズ公爵は一気に老けていき、頬も痩せこけていく。


 "ホープ"が完全に色を失った頃には、ロイズ公爵は痩身の白髪の老夫になっていた。


「"ホープ"に一度唱えた願いは他の者には取り消せないが、全ては我の魔法であったことを忘れておったようだな。愚かな男、お前には過ぎた願いだったようだ」


 聖ワドルディがロイズ公爵に憐憫れんびんの目を向けているのを茫然と見ていると、バタバタとした大きな音が近づいてくる。


「ロイズ公爵!! ようやく見つけた………ぞ。これはいったい──」


 どうやらバタバタした音は、騎士団の皆が隠し扉に気づいてやって来たからのようだった。

 騎士団団長が今の光景に、まるっきり困惑している。


「なぜロイズ公爵は、こんなに一気に老けこんで……──!! そこにいらっしゃるあなた様は、もしや聖ワドルディ様でしょうか!?」

「いかにも。この愚かな男は、"ホープ"にろくでもない願いを唱えてしまっていたからな。灸を据えてやったまでのことだ」


 騎士団団長は今のこの状況を上手く飲み込めなかったようだが、それでも指示を出していく。


「──ひとまずロイズ公爵を捕らえろ! ……また、そこにいる二人の"魔法使い"とノーマン侯爵令嬢を保護しろ」


「「「はいっ!!」」」


 最初から最後まで慌ただしかったが、私の誘拐事件はこのように終わりを告げた──。



 *****



「それで、"聖なる乙女"よ。息災か?」

「ここまで来るのに乱暴に扱われたのか、身体中が痛いうえに、先程全力疾走をしたのでボロボロです」

「リーゼリット殿は、聖ワドルディ様とお知り合いなんですか!? それで、"聖なる乙女"とは!?」


 私と聖ワドルディが知り合いであることに、ターナルは心底驚いている。


「聖ワドルディ様とは、えーと……たまたま知り合ったのです。」

「我がその娘の馬車に乗り込んだのだ」


 バラしてしまっていいのかと思ったが、私は別に悪くないので何も言わないことにする。


「それで、"聖なる乙女"とは……ほらなんだ、娘には"聖石"に似通った能力があるだろう? それにちなんで、我が付けた名だ」

「なっ、なるほど……?」


 ターナルは目が点になっている。

 きっと、それまでにいろいろと気になるところがありすぎて、そこまで判断が及ばないのだろう。


「うむ。やるべきことは終えた故、ここを去りたいところであるのと……そろそろ我の姿をおおやけにした方が良さげだな。それでは我は、今代の王に会いに行くとするか!」

「お待ちください!! いくら聖ワドルディ様とも言えども、国王陛下とご会談なさるには日時を取り決めていただかないと…………ああ、行ってしまわれた」


 騎士団団長も、ほぼ丸一日振り回されて大変そうだ。

 かく言う私たちも、今日は翻弄される一日だった。


「お疲れ様です、ターナル様。ノラとカイ君も今日はありがとう」

「私一人では力及ばず……不甲斐なくて申し訳ありません」

「10年間も奴隷生活を強いられてきたのに……あっけなく終わっちまったな」

「ぼくもようやく解放されたはずなのに……なんだか信じられないです」


 最初はどうなることかと思ったのに、聖ワドルディの登場で何もかも展開が変わってしまった。

 ともあれ、後味が悪かったはずの展開が、良い方向に進んだのは間違いない。



 ノラとカイは奴隷という立場上、一時的に騎士団預かりになった。

 サロメという"魔法使い"の女性は、気づけばいつの間にかいなくなっていたので、引き続き捜索中だ。


 私は一旦保護されたものの、ターナルの護衛によりそのまま帰宅することとなった。

 それで迎えの馬車に、ターナルと2人きりで帰路につくことになった。


「リーゼリット殿、今日は危ない目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」

「ターナル様が私を害したわけではありませんし、気にしないでくださいまし」

「いいえ、気にします。私はあなたを護ることができませんでした……」

「ターナル様……」


 推しの1人にこんな思いをさせてしまうなんて、私も申し訳ないばかりだ。

 ターナルは大層落ち込んでいるようだ。


「ターナル様、気を病まないでください。私はほら、大丈夫ですから」

「そうではないのです。リーゼリット殿が誘拐されたことや、もう少しであなたをうしなってしまうかと思うと私はとても怖くなってしまって……」


 そっと私の片手を取ったターナルは、ぎゅっと彼の両手で握りしめてきた。


「あなたが今、ここにこうして無事に生きていらっしゃるだけでホッとしてしまっている私がいるのです」


 ターナルは私を真摯しんしな眼差しで見つめてきて、懸命に訴えかけてくる。


「今なら断言できます。──私、ターナルはリーゼリット殿をお慕い申しています」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る