04話 小説を拾いました -3-

 私はこの小説バイブルで、人生最高ともいえる推しキャラたちを見つけたんだったわ!!



 シェイメェイ王国第4王子のラドゥス様!

 キュール公爵家令息三男のシュジュア様!

 ガラティア侯爵家令息次男のターナル様!



 この小説バイブルのいわゆる攻略対象外であるサブキャラクター。

 つまり非攻略キャラクターであるものの、それぞれ更なる権威を必要としていたであろう恋人役のお兄様たちのために、苦心しながら退場する不憫な方たち。


 攻略キャラクターほど、その内容についての詳細はそれほど書かれていない。

 けれども、限られた文章の中でこの方たちの苦悩を思うと、前世では何度も涙して泣いていたわ。


 元々シェイメェイ王国では、実力主義社会といった実態が主流で、必ずしも長男が嫡男ちゃくなんとして後目を継ぐ──ということはない。

 次男坊や三男坊であろうと、その実力さえ公式的に影響力を見せれば、王位や爵位を受け継ぐことが可能である。

 そんな世界の登場人物たちなのに、様々な感情がせめぎ合いながらも、各々のお兄様たちを思って最後まで甘んじて力を差し出すのが魅力なのよ。


 そして私、侯爵令嬢リーゼリットは、絶賛フリーな状態だったわ。

 次期王太子の婚約者候補の1人であるけれど、あくまでその候補の1人である。

 家柄の良さはあれど、今までの努力が足りずに肝心の能力がイマイチで、今年迎える予定のデビュタント時でもあまり期待されてなかったのよね。


 そんなこんなで中途半端に浮いている存在なので、お父様も呑気なものだから、婚約者候補の相手すらも実は全くといっていいほど決まっていない……。


 本来なら、攻略キャラクターとの接点はあるようで、全然関心が向けられない可哀想な残念キャラクターであるけれど……。


 そこが今の私にとっては、まさに最高の条件となっているのよ──!


 家柄だけは申し分ないし、ハリボテであれど教養を叩き込まれた経験があるわ。

 教師からも諦められている今ではなく、今まで王太子妃候補になる為にみっちりしごかれていた当時を思い出せばいいのよ。

 今からでも必死に勉学に励めば、もう先生方に飽きられることはないでしょう。


 幸いリーゼリットわたくしは、自堕落なところとポンコツが合わさって残念になっているだけで、礼儀作法や勉強の成果が身に入る素質は一応あるのよね。


 つ・ま・り、この私は今から教育を頑張れば、最低でも学園にいる間は自由に推しを眺めにいくことができるわ!!

 学業に専念しつつ、嫉妬しっとに駆られることもなく、推しを堪能たんのうしながら、この学園生活を大いに満喫するわよ!!




 …………でも、頑張るからにはやっぱり推し成分を得たいわ。

 その後も勉学を頑張ってはいたが、今までサボっていた分のツケはそれなりに多く、気が滅入りはじめていた。


 ああ、早く推しを眺めたい。

 遠目でいいから、そのお顔をひたすら見つめていたい。


 同じ王立学園1年生でも、この学園は成績順にクラス分けがされているのよ。

 同学年でも成績優秀者である推したちと、下から数えた方が遥かに早いリーゼリットは教室の場所が全然違うわ。

 勉学に勤しんでいると、隙間時間をみつけて観に行く暇もありはしないのよ……。


 ……とはいえ、言葉通り推しを眺めるといっても、ある程度はお近づきにはなりたいところね。

 推しを間近で鑑賞するには、少なくとも推しと関連ある者やものとの小さな接点ぐらいは持っておきたいわ。

 私だって、推しとはふれあいたいのは山々だけど。

 山々だけど……一定の距離を保った付き合いでその気持ちを押し殺すことができる、ファンの鏡なのよ。

 ──と、自分自身に言い聞かせつつ。




 ─────。

 はい、何も接点は得られませんでした……。


 筆頭侯爵家のノーマン侯爵お父様自身が動くのではなく、リーゼリットが持つコネってこれほどになかったんだわ。

 それならと、ノーマン侯爵家のお金を散財してやりたい放題しようにも……。

 昔から色々やらかしていたからか、一般的な貴族家系よりは多いけれど、あまり所持金を持たせて貰えなかったのよね。


 我が家の家宝であるものに、傷を付けるどころか、危うく喪失する寸前までいったり──。

 新調したはずのドレスを早速汚したり、さっき買いつけたばかりのアクセサリーを紛失したり──。


 ……やっぱり"ポンコツ令嬢"は、運という運がないというべきか。

 とにかく自分自身で、幸運を招く状況を作っていくしかないわね。


 だとしたら、まず一番巡り会いやすいのは──。



 *****



 一度きりしか詳細が書いていなかったけれど、探偵まがいの情報屋の事務所兼アジトといえば確かこの辺りだったはず。


「お嬢様、こんなところで待ち伏せして一体何をなさるおつもりですか?」


 学園休日のある日のこと、私は侯爵家要注意人物の行動監視要員として側についてきた侍女と共に、とある場所へ向かった。


「そんなことは良いから、ジェリーもこのオペラグラスを持ってあちらを確認なさい」

「お嬢様は相変わらず突飛な行動をして、また何かやらかそうとしていますね。かしこまりました、そんなあなた様でも私の仕えるべきお方ですから従います」

「言葉が多いわよ、ジェリー」


 侍女にもオペラグラスを渡して、向かいにあるお店の裏路地を眺めるように促す。

 横の貴婦人方がいぶかしげに見ていたが、すぐに自分たちの会話の世界に入り話し声が聞こえ始める。


「そういえば、また骨董こっとうや絵画などのコレクションが盗まれる事件が出たんですって~」


「ネックレスやピアスなどの宝石まで、何でもござれで盗難が頻発してるんですって~」


「いや~、怖いわね~~」


 横で行われている会話を適当に聞き流しながら、オペラグラスで眺める方に集中する。

 長々と喫茶店の野外に入り浸りながら、裏路地をそうしてずっと眺めていると──。


「さて、いったいどこを見ているのかな? お嬢さん方」


 いつの間にやら自分の顔のそのすぐ近くに相手の顔があり、ふと目線が合わさる。

 その瞬間、相手はニコッと愛想の良い微笑みを浮かべた。


(きゃあああああああ、推しの微笑~~~~~!!)



 目の前には、漆黒の黒髪の美形。

 私の隣にはいつの間にやら、キュール公爵家令息三男のシュジュアが立っていた。

 思わず私は心の中で、渾身こんしんの魂の絶叫をあげた。

 その澄んだ藍色の瞳に見つめられて、私はもう何も言えずに感無量になる。


(生! 生シュジュア様。直接会えないと思っていたけれど、こんな形でご尊顔を眺めることができるなんて。私、生きててよかった~~~!!)


「確か…、ノーマン侯爵家令嬢のリーゼリットだよね。この喫茶店で、ずっと同じところをオペラグラスまで使って眺めて、いったいどこを観て・・いたのかな??」


 愛想の良い微笑みを未だに浮かべ続ける男の周囲が、ふと不穏な空気に変わる。

 そこで、私はようやく気付く。


 あれ?

 私、推しのシュジュアに、完っ全に警戒されてます??

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