【第1章】 出会い

05話 依頼に同行します -1-

 シュジュアは、終始笑顔で有無を言わさず、私とその侍女を喫茶店の反対側の建物の2階まで連れていった。

 建物の2階は談話室のような形で、テーブルを真ん中にして、ソファーが向かい合わせに並んでいた。

 そのソファーに半ば強引に座らされる。



 キュール公爵家令息の三男、シュジュア。

 私と同学年の王立学園1年生。

 一見軽薄そうにみえるが、弱き者にも手を差し伸べる情に弱い一面もある。

 私の推しキャラクター(不憫枠ふびんわく+非攻略キャラ)の1人である。


「それでお嬢さん方は、オペラグラスまで使って、一体あそこで何を観ようとしていたのか教えてくれないか?」


(推しの笑顔でお怒りの状態をこんな向かい合わせの状態で見れるなんて~~!! ……じゃなかったわ、これはどう言い訳をしたらいいのかしら?)


 そうして思案している内に、シーン…とした時間が長らく続いていると不意にシュジュアの方から沈黙を破る。


「うちの情報屋を監視するなら、まずはこの2階の窓を見るはずだ。なのにお嬢さん方は、店裏の路地の方ばかりを見ていた。一体何を知って・・・・・いて、あの場所を見ようとしていたんだ?」

「え? だって、2階の窓からは完全には見れない・・・・・・・・ようになっているのではないですか?」


 思わず口を滑らせてしまって、しまった! と後から反省しても遅い。

 そう、この2階の窓は特殊加工のガラスが使われているので、外からは見れないようになっているのだ。


 ──というのを「小説バイブルに書いてあって、実は知っていました~」なんて、言葉に出して言えるわけがない。

 まぁそんなわけで、小説で知った隠された位置にある、実際の関係者出入り口である方の裏路地を眺めていたのだが。


「何故2階の窓は、完全には見れないことを知っている? (……この窓は特注品な上、こんな特殊製であることは珍しくてたとえ貴族の中でも知られていないのに)」


 そういえば、この世界でマジックミラーというものは"まだ量販されていない"んだったと今になって思い出す。

 この世界でのマジックミラーは、とある"魔法使い"によって開発され、後々になってその技術が活かされて加工量産されるようになるのだ。


(……ということは、今それを知っている私は、余計におかしいと思われる状況なのでは?)


 実際シュジュアの口調は、連れてこられたころよりさらに荒くなっている気がする。

 そう思いを巡らせながらも、今考えた言い分をひとまず話すことにする。


「そっその! こちらの情報屋を頼りにしようと思っておりましたの! この窓を製作した方を教えていただきたくて。でもいざ依頼をしようとすると、怖気付いてしまって……。……それで、こっそりお伺いする機会を狙っていましたわ」


(あら? なんだか、余計に怪訝けげんな表情をなされたような気がするわ。)


 自分でも結構苦しい言い訳だとは思うが、こんなのしか思い浮かばなかったのだからしょうがない。

 慌てて話題をらすことにする。


「今日はいい天気ですわね~~」

「下手な話題の逸らしは結構。いつかはボロを出してくれそうだが、俺も暇ではないのでね。事務所に招いていてなんだが、話さないのならこのままお帰り願おう」

「そっ、そんな、ちょっと待ってくださいまし!」


 これは心底困った状況になってしまった。

 本来はここまで関わりを持ちたい訳ではなかったが、ここで帰らされると今度はもう覗き見すらさせてくれない予感がする。

 とにかく、急いで打開案を考えなければ!


「裏路地を見ていたのはなぜかということにはお応えできませんが、窓を製作している方にお会いしたいというのは本当ですわ。必要ならお代も出しますし、ご依頼をお手伝いすることだって可能です。雑務でもなんでもこなしてみせます」

「……あれだけ第1王子にくっ付いていたご令嬢が、最近妙に勉学に精を出し始めたというのは噂に聞いているが、今度は何に手を出そうとしているのか」


 どうやら、最近勉強を頑張っているのはシュジュア様にも知れ渡っているらしい。

 推しに頑張りを知られているというのは、こんなにも嬉しいということなのか。

 場違いにも、私自身のことを知っていてくれていた嬉しさで顔が真っ赤になる。


「──! 私はノーマン侯爵家の令嬢ですわ。きっと何かのお役に立つと思います」

「俺はキュール公爵家の令息だぞ。ご令嬢に頼らなければならないほど、落ちぶれてなどいない。(……まぁ、あのノーマン侯爵家に一度、借りを作るのも悪くはないか……)」



 キュール公爵家はロイズ公爵家と並び、200年前の建国時から続く二大公爵家で、王家以外で筆頭侯爵家であるノーマン侯爵家が珍しく頭が上がらない家系である。

 私の言葉がシュジュアの琴線に触れるのも無理はない。

 最後に極々小さな声でシュジュアに何かを呟かれたのが気にはなるが、雰囲気にそぐわずに推しの一挙一動に嬉しがっている私は気づかないふりをする。


「なぜ先の会話で、ずっと顔を赤らめているのかは全く見当がつかないが。……まぁ、いいだろう。そのご依頼、条件次第ではあるけれど受けても構わないよ」

「えっっ! 本当でしょうか!?」


 思わず、喜びで私の顔が綻ぶ。


「ああ、その代わりにとある調査を俺と一緒に手伝ってほしいんだ──」




 その調査とは、とある少年の動向を探ってほしいとのことだった。

 そして、情報をまとめた複数の書類を出される。


「少年の名はジオ。貴族ではないが、裕福な商家の息子で現在13歳。性格は温厚で、人付き合いも悪くはない。素行も問題ない少年だったが──」


 そこで、シュジュアは一区切り置く。


「最近『遊びに行ってくる』と家族に言って、どこかふらりと出かけたと思えば夜遅くまで帰ってこない。彼は遊びに出掛けた・・・・・・・とは言っているものの、両親の顔見知りや友だちと遊んだ形跡はない。その上、近頃はなんだか塞ぎこんできているようにみえるらしい」


 シュジュアは私に向けて、人好きのする微笑みを浮かべる。


「──というわけであって、彼がどこに遊びに出掛けている・・・・・・・・・のかを一緒に調査してほしいのだが」

「えっと!? そんな本格的な調査を私が手伝ってしまってもよろしいのでしょうか?てっきり犬猫でも、一緒に探してほしいとかかと……」


 私がシュジュアのその微笑みに一瞬ドキッとしながらも言い淀むと、更に念を押される。


「この調査以外で、ノーマン侯爵家のリーゼリット嬢であっても、お願いは受けることはできないよ。ああ、先程みたいなろくでもない言い訳は通用しないのはわかるね。……さぁ、お客様がお帰りのようだ。イルゾ、案内してあげてくれ」


「わっ、わかりました!! ……わかりました。やります。やらせてください、よろしくお願いいたしますわ」


 私が慌ててそう言うと、シュジュアはまた人好きのする微笑みを浮かべてきて──。


「では今回の件、よろしくお願いするよ」


 と言った後、不意に真剣な顔になった。

 私はその真剣な表情が……何度も何度も読んでいた小説バイブルで書かれていた顔と、そっくりであることを思い出した──。

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